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6-3.陽光


 帝は色々話をした後人払いをして俺と二人きりで話をしようと提案してきた。俺を帰らす気がないのではなかろうか。

 礼羅は心配そうな顔でこちらを見ていたので念のため結界を張っておく。仮にも実の親との会話を盗み聞きされたくない。


「結界か。本当に術師顔負けだな」

「天文博士殿の教えのおかげです」


 対面する形で座り直すと帝は何か言いあぐねて頭を搔く。


「あのな、陽光」

「なんでしょう」

「先程からその顔はなんだ」


 突然顔を指摘された。


「亡霊のようだと仰りたいなら治すことはできません。生まれつきなので」

「違う、そのしかめた面だ!」


 帝は懐から瓢箪を取り出し栓を抜いては一口飲むとこちらに差し出した。


「残月から酒が好きだと聞いた。盃が無いのは許せ半分やる」

「……」


 無言で瓢箪を受け取る。残月も本当に俺の事色々喋るんだな。

 この時代の酒は未来のと比べて蒸留の技術がない分アルコール度数が低く甘くはない。辛口が好きなのでこちらとしては好都合だけど少し物足りない。


「……息子と酒を飲むのは陽輝(はるてる)で二人目だ。奴も恵子(けいこ)が嫁ぐと共に源氏に降りてしまった。双子は似るというが二人は文字を覚える時も初めて歌を書いた日も同じだった。恵子が伊勢に行って大分経つというのに二人は歌の癖も変わらずよく似ていた」


 腹違いの兄姉の話をする。二人は双子の男女だった故に成人した後家臣に下ったらしい。


「二人共、面識がありません故」

「一度だけ中宮に内緒でお前の顔を見せた事がある。子供は恐れを知らないな。陽輝は恐る恐るお前を抱き抱えていたのに恵子はお前の頬を摘んで泣かせていた」


 母親からも聞かされなかったから敢えて言わなかったのだろうか。

 帝に瓢箪を返すと寝そべってはまた一口飲み始めた。盃なら分かるけど瓢箪では飲みにくくないのだろうか。


「くつろぎすぎだと言いたげだな」

「滅相もゴザイマセン」

「口が白々しいな……まぁこれくらいが丁度いいか」


 その声は喜色を帯びていた。

 ここは後涼殿じゃないのにここまで無防備になっていいのだろうか。


「お前が元服した際に、添臥(そいぶし)で相手に指一本触れなかったと聞いたから女人に興味がないと思っていた。だからお前があの娘を式神をしたと聞いた時は少し安心したんだ」

「礼羅とはそういったことは一度も」

「いい、いい。お前が女に興味があると分かればそれで……」


 悪かったな成人してもまだ童貞で。

 礼羅といると調子が狂う。それに。


「……もし、彼女の育ての親を意図せず殺めてしまっていたことを知られたらどうしますか」

「先日の狐か?」

「確証はありません。……本人から聞いた話と一致しているところがあるので」

「それほど手放したくないのか?」


 からかわれている。


「……出来ることなら」

「そうか……恨まれると分かっていて囲うなんてお前も強欲よな」

「……」


 帝は「これも運命(さだめ)というものよ」と言って己の持論を話した。


「……そのお立場でそんなことを言うのですか」

「それくらいの気概でいろということだ。相手も本気で私に死んで欲しいなんて思ってないだろう」


 この帝政治だけじゃなく女関係でも相当恨まれてそうだな。


「彼女の顔を見て誰と重ねたのでしょうか」

「……さぁてな、昔の話だ。どうせ他人の空似だろう」


 ちゃぽちゃぽと瓢箪を揺らしながら「万が一あっても私は手を出してないから安心しろ」と言う。あったらあったで大問題だろ。


「私は、本来帝になるはずではなかった。私は腹芸は得意ではない。他にも兄はいたというのに、中宮だった母は私を推した。よほど国母になりたかったのだろうな。まぁ私が即位する前に死んだが」

「……はぁ」


 あ、この話の流れはまずい。


「陽光、東宮になれ」


 夜の帳を染める大火の赤と母を求めて泣きじゃくる幼い妹の姿が頭に過る。


「お断りします」

「だろうな」


 さっきの会話で踏みとどまってくれたと思ったのに帝は意思を変えなかったか。


「臣籍に移っていない息子らも陽光以外全員まだ幼い。お前にとっては不本意かもしれないが後ろ盾も固い。私に何かあった時に即位できる者は陽光だけだ」

「なら陽輝様を臣籍から戻せばいいでしょう」

「奴は恵子への執着が強い。同母の妹とちぎるのが無理ならとその娘を妻にしようと狙っている。まだ二歳の赤子をだ。アレでは他の妃を蔑ろにしかねない」


 異母兄のシスコン話なんて聞きたくなかった。あとまだ見たことない姪が可哀想に思う。


「……双子を忌むなら私もそうでしょう。火事になる前に死ねばよかった」

「おい――」

「父上」


 怒鳴る前に畳みかける。

 北の方は本当なら「いい加減覚悟を決めて内裏に戻れ」と言いたかったのかもしれない。他の女がダメなら礼羅を養子にして妃にすれば世継ぎが出来ると期待していたかもしれない。

 でも俺は他人の祈祷で気が乱れる程の未熟者だ。そんな弱みを抱えたままあの場所にいたくない。


「貴方があの頃の母上のように私を庇わなかった理由、今なら理解できます。

 ですが様々な厄災を私のせいにした者達がいる中で帝になれだなんて、虫のいい話ではありませんか……!」


 まだ東宮だった当時の帝には三人の妃がいた。帝にもなっていないのに三人も娶る程その頃からこの男は好色だった。

 だが好色でもちゃんと身分相応の相手は選んではいたのだ。

 俺の母もその一人だ。だから俺だけを庇えば他の皇子を蔑ろにされていると思われる。

 女を一晩抱くだけで政治が絡む世界だ。だから母親ごとこの人は俺を庇うことはなかった。


「それに私の後ろ盾になるならあの右大臣だ。あの狸爺。さっさと出家するなりして引退すればいい」


 生んだのが男だと喜んだのも束の間、俺が白子だと知るとすぐに母上ごと見捨てたのだと内裏にいた頃散々耳にしていた。次に生まれた子供も妹だったから尚更。

 だけど兄弟が幼いまま次々と亡くなっていき、一番上の兄が臣籍降下した途端俺に愛想良くなったので気味が悪い。


「言うようになったなぁお前も!」


 ゲラゲラと腹を抱える様はまるで年相応のおっさんだ。呆れながら俺は彼の持っていた瓢箪を奪い取っては立ち上がり中身を全部飲み干す。帝は手を伸ばし悲壮感漂わせた顔で俺が酒を飲み干す様を見ていた。ざまあない。


「酒が……」

「陛下、私に父と思われたいならせめて私が尊敬できる陛下でいてください」


 教育に悪い。


「…………はい」


長き世を、結ぶべかりき我が妹よ、下弦攫はれ いかであらむや

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