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6-2.礼羅


 悪魔にとり憑かれて縛られていた人たちを解放してあげていたら時間がかかった。


 図書(ずしょ)寮は右近衛府を出てすぐの場所にあり、書物を保管したり紙や筆、墨を制作し管理をする場所なのだそうだ。

 建物の前には帝が乗るにしては質素な牛車があった。近くには御者と共に晴明が立っていた。


「遅かったですね」


 陽光が柱に縛られている人たちの介抱を誰がするかで少し揉めたのだ。結局人を呼んで終わったのだけれど。


「後始末があろう。晴明、陛下はなぜ突然……」

「さぁ、私にもそれは分かりかねます。ですが殿下が祓を行っていた最中【鬼の間】にいたようなので」

「何かお聡しになられたか……」


 陽光が術を使っていた時に何かあったのだろうか。

 私が知らないことばかりが出てくるけど、帝と対面するのだ。粗相をしてしまったら今度こそ首を切られかねない。

 気を引き締めて図書寮に入ると墨の匂いが香る。机が並ぶのは写本する場所だからだろうか、その周囲には巻物や書物が積んだ棚もあった。


 しばらく歩くとぼんやりと灯りが灯っているのが見える。部屋を区切る御簾を潜るとその几帳の向こうには人の気配があった。

 陽光はいつの間にか覆面を取っていて、眉間に皺が寄っている。

 御簾を潜る前に陰陽頭に続いてその場に座って頭を下げる。


「陰陽頭、賀茂安憲が陽光殿下をお連れいたしました」


 陰陽頭ってそんな名前だったのか。晴明と(うじ)が全く違う。


「入れ、そこの巫女と式神も」


 式神越しに聞いたばかりの声が御簾の向こうから聞こえる。椿の君はすぐに立ち上がっては御簾を上げてくれたので陽光に続いて入った。

 膝立ちになって御簾を潜ると視線を上げないまま後ろで頭を下げる。


「面を上げよ」


 顔を上げると黄土色の直衣(のうし)を着た男が座っていた。絹だからか灯りに照らされているところが黄金色に輝いているように見える。

 彼の後ろにも従者だろうか控えている者がいた。晴明の北の方と同じくらいだ。思っていたよりも若いけれど、人気のない古い社の境内に踏み入った時と似た感覚がするのは何故だろう。

 それとどこかその顔に見覚えがある。誰だろう。


「先ほどはご苦労だった、陽光」

「恐れ入ります」


 帝は陰陽頭に目もくれず陽光に話しかける。


「休みだったのにすまないな。其方にしか祓えない魔物だったとは」

「いいえ、魔物が悪いのです。お気になさらず」


 帝の方はやけに親し気なのに陽光は逆によそよそしいのが気になる。

 帝も同じように感じていたのか「世間話は止めよう」と自分の扇子で手の平をとんと叩いた。


「今からする話は(まつりごと)だが確定ではない。今から言う私からの命令は勅ではないことをあらかじめ伝えておく」

「……畏まりました」


 陰陽頭が頭を下げる。どこからか唾を飲む音が聞こえた。


「椿と言ったな。巫女よ、其方が陽光の使った技を話して欲しい」

「はい」


 椿は先ほど話したことを話す。私が自分の実父が誰かと問うたこと、悪魔が複数にいること、陽光が使った技のこと、そしてその技を椿は『天の御子』の技だと確信したこと。


「陰陽頭、それらに相違はないか?」

「……ございません。ですが私は『折り紙』や『諱抜き』など殿下が私共が考えもしないやり方で技を編み出しておられるのを見ているため、その力については私には判断つきませんでした。椿の君が判別できたのは、今日初めて殿下と言葉を交わしその技を見たからということもございましょう」

「そうか……」


 諱抜きは契約の時にしていた術だろう。折り紙というのは私が見た蝶の式神のことだろうか。

 帝の顔が暗がりでも満足気な顔をしているのが分かる。


「陛下、皆も勘違いしておられますが、違います」

「……え?」

「椿の君に恥をかかすような真似をして悪いとは思うが、これは違う」

「ですがあの力は、神を除いてあなた以外見た事がございません……!」


 だろうな。この国で使えるのは私と陽光しかいないだろう。でも椿は神を見た事があるのだろうか。


「これは魔力という。そこの私の式神にも同じ力がある」

「え……」


 私と陽光を見て椿は困惑した表情をする。


「魔力は悪魔にとって食事にもなるらしい。私はその魔力を与える条件で彼女と契約している」


 椿がこちらを見てくるので私は肯定の意味で頷いた。本当は普通のごはんも貰う約束なんだけど。


「その魔力とやらが、神の力に等しいモノとは思わないのか?」

「ありえません。それならこの娘が魔力を持っている理由がございませんし、神の血を引いている者が授かるのなら陛下や貴人にも多かれ少なかれ魔力を持っているはずです。なのに悪魔は多くの貴人に憑依しておいて持っていないとおっしゃいました」


 帝の視線は陰陽頭にいく。老人は小さく、しかししっかりと肯定するのを確認すると溜息を吐く。


「陽光、お前は誰が何と言おうと私と由良(ゆら)の子だ」


 ――生憎やんごとなき家の生まれでもこの見た目なんでね。幼い頃から寺で育った。家も都の外にある。


 あまりにもさも当然のように言うから理解するのに遅れてしまった。

 陽光は帝の子供だった。今までの会話の違和感も腑に落ちる。それに帝も陽光とどこか顔が似ているのだ。肌の色が判別付きにくい暗闇なら猶更。


 だけど晴明と次男の会話と対照的だ。高貴な親子ほどここまで距離が遠ざかるものなのだろうか。


「……俺、いや私は臣籍に降りた上で仏の道に入りたい。以前からそうずっと考えておりました」


 まるで陽光は今の立場から逃げたいと思っているように見えた。


「お前は己の立場を放棄するのか」


 帝も同じように考えたようだ。その拳が震えているのは怒りを抑えているからだろうか。


「立場?そんなの、認める家臣が内裏、いやこの国の何処にいるというのです?」

「私が認めている」


 陽光の手がだんと床を叩いて立ち上がろうとする。陰陽頭が彼の腕を掴んで止めた。


「殿下落ち着いてくだされ」


 陰陽頭が宥めると陽光は深く息を吐く。

 帝の方はどこか寂しげな顔をしていた。

 陽光は父親を嫌っている。だけど父親のほうは何だろう、私は似た表情を知っている気がするのに思い出せない。


「……陽光、お前に品位を与えようと思っている」

「お断りいたします」


 陽光には官位がないと誰かが言っていたっけ。だけど品位は皇族のみに与えられる階級だとお婆が言っていた。

 陽光は幼い頃には寺に入っていたと言っていたし階級がないのは仕方がないか。年齢からして元服したのもつい最近だろう。

 貰えるものは貰っておいて損はないだろうに、何を気にしているのだろう。


「何故だ」

「この騒ぎも私のせいだとのたまう者がいることは私も聞いているのですよ。それで褒章を貰えばますます疑われる」

「お前の手柄として見せるためだ。それでもか」

「だからです」

「後ろ指を指すのは別にお前だからではない。昇進を妬む者だっている。それはどの者も受けることだ。そんなことで駄々をこねるな」

「……」

「受け取れ。命令だ」


 陽光はしぶしぶと頭を下げた。ここまで見るとまるで陽光はわざと自分から卑下しているように思う。というか責任を負いたくない子供みたいだ。

 帝も帝だ。息子相手ならもっと褒めてやってもいいと思う。お婆は私が術を極めるたびに抱っこしては頭を撫でながら褒めてくれた。


「してそこの狐の娘よ」


 帝に指名されて私はすぐに頭を下げる。


「はい……」

「顔を上げよ。其方、半妖と言ったな。母に覚えはないか?どこかで見た顔だ」


 私の実母を知っている?いやでも私の顔は父親に似てるとお婆に言われてた。


「いいえ。赤子の頃に育ての親に引き取られました故、存じません」


 つとめて淡々と答える。気になるけれど確信のない事実が権力抗争の火種になるのはごめんだ。


「……そうか」


 向こうは確信めいた顔をするけど、この状況で顔も知らない実母の話を上げられるのはあまり気分が良くなかった。


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