6-1.礼羅
陰陽頭が結界を解いた途端、覗き見する者が増えたらしい。四方で囲まれてるし少し怖い。
「……全く、近衛が聞いて呆れるわい」
いや結界を解いたのあなたでしょう。するとどこからか晴明の人型の紙の式神が飛んできた。
『兄者、無事に終わったようですね』
くるくると部屋を飛んで周りながら様子を眺めているようだ。
「嵐山殿が済ませて下さった。正式に陰陽寮に欲しいくらいよ」
その口ぶりでは陽光は陰陽寮に所属していないのだろうか。そういえばさっきの手紙野郎が官位がないと言っていた気がする。
「陛下の方は」
『いつも通りです』
「そうか、なら良かった」
『そろそろそちらに着く頃かと』
「それを先に言わんか!!お主はどこに居る!?」
陰陽頭の声が大きくて一瞬驚く。今大事なことを言ったような気がするのだけれど。
『陛下の車のお傍におります』
帝がこちらに来るの!?
「まだ雨乞いの浄化が済んでおらん!瘴気が消え切ってないことはお主も分かっておろうが!何故止めない!?」
『車の中なら私の結界がありますからね。それと近衛の者が殿下のことを口にしたのです』
陰陽頭が両手で頭を抱えだした。
帝がこちらに来る。盗み見ていた人たちが一斉にその場から逃げる足音も気にならないくらい私の中で色んな事柄がぐちゃぐちゃに散らばっている。
何か引っかかることがあるはずなのに上手く拾えない。
「み、帝が……内裏の外に……?」
椿が困惑している。帝と対面することなんて中々無いらしいし緊張するのも分かるけれど。
「陰陽頭、場所を移動しましょう。礼羅、椿の君、二人は車で先に屋敷に戻れ」
よかった陽光は冷静だった。椿も落ち着いてきた。
「……分かった。晴明、引き返してもらえ。殿下と共に内裏に参ると伝えろ」
『陰陽頭。そうせずともいい。娘二人も帰るな』
式神から聞こえてくる声が変わる。
「陛下……!?」
陰陽頭がその場で膝を付かんばかりの勢いだ。
『だが、近衛府より人が少ない方が良いのは確か。皆も帰ったろうし図書寮が丁度いいか』
「陛下、こちらにも心構えが必要なのです。そんな急に来いと言われたら女子らが怯えるではないではないですか」
もっと言ってやって主様!
『陽光もよく言うようになったな。だが生憎急を要する事で心構えなど言っておられんのだ。其方等に来てもらわなければならない。そこの狐も、呼び寄せの巫女も』
びくりと椿が震える。
「椿さん?」
小声で椿さんに話しかける。手首を触れると緊張のせいか体がとても冷たく感じる。
「少し楽な姿勢で座りましょう。落ち着いて呼吸して……」
先ほど陽光にやったように私は椿を座らせて背中を擦り、呼吸と一緒に気を流す。
血も足りてなさそうだからせめて血流を促して体温を上げさせる。だけど椿さんはやたら気の入りが良い。本来はどんなに体調が悪くても他者の気は馴染む前に必ず反発されるはずなのに。
私は陽光を見て念を送る。事情は知らないけどせめてこの子だけでも帰してあげたい。
「分かりました」
肯定と捉えないでよ馬鹿!
『一先ず人払いはしておこう。晴明』
『御意。兄者も頼みます』
「……あいわかった」
殿方らだけで話が進み陰陽頭が頷けば人型の式神は煙と共に消えてしまった。
椿の手が左手で私の肩を叩いた。
「ありがとうございます。夜半の君……もう大丈夫です」
まだ顔色が悪いのに立ち上がろうとするので私は手を取って一緒に立つ。帝相手でもこんなに怯えるなんて相当なのに。
「どうして今から帝と会わないといけないのよ」
どいつもこいつも帝帝帝。そこまで帝が偉いか!
「夜半の君おやめください」
「悪魔が複数いるとか色々大変なのはわかるけど、話の趣旨を伝えないまま向こうが勝手に進めるなんて、帝はとんだ我儘なお方ね?」
「おい礼羅」
「陰陽頭もおっしゃっていたわよね。瘴気がまだ消えてないって。私達はその瘴気の中にいたのよ?どうして一番瘴気に触れてはいけない人が突然会えっていうのよ。大体、椿さんも瘴気に当てられてるし、先ほどからこんなに顔が真っ青じゃない!」
ばっと覆面を外せば椿の顔が青い。椿は私が取り上げた覆面に手を伸ばすけど取らせない。
「おやめください……!」
「いいえ、やめません!それに陽光もさっきまで大量に魔力を流し込んで居たじゃない!さっきも背中に触れたけどもう気の均衡が滅茶苦茶!気が逸れて感情が乱れていたという程度の波じゃないわ!
本調子じゃないのに強い術を使って!二人共どうしてそんなに無理をするの!?どうせその覆面も青くなってるんでしょう!?」
私は立ち上がって陽光の覆面に手を伸ばした。
「よさんか!」
陰陽頭の声が部屋に響く。
「椿の君が魔物に目を付けらるなぞいつものことじゃろう。一々怯えて逃げていたら切りがないから躱す手段を晴明の元で学んでいたのにその程度で腰を抜かすでない」
椿は抱えるように弓を握りしめる。帝に怯えていたんじゃないの?椿って【憑代】体質だったの?
「殿下は何やらご自分の力を疑っているようじゃが、貴方様は正真正銘あの方の御子、貴方様が人と違う御業を使えること自体なんら不思議ではない」
陽光は無言で自分の手にある十字架を見ている。陽光の親は一体何者なの?
陰陽頭は私に目を向けた。
「夜半の君も主の機敏を察することは従者として必要なこと。しかしその度に休ませるなぞそれはただの甘やかしじゃ」
「甘やかし……?」
「守るだけじゃなく導くことも従者の務めよ」
甘やかしって、抱き締めたり、可愛がったりする事だと思っていた。
「ほれ、早くせんと帝を待たせるな」
小さいはずの陰陽頭の背中が今だけは大きく見える。
呆然としてると椿が私たちの前で頭を下げた。
「二人とも、御心配おかけしました」
「大丈夫なのか?」
「目を付けられたと言っても誠の名も顔も見せてませんから、何ら影響はございません」
そういう問題なのだろうか。
「そうか」
陽光はそれだけ言って会話を終わらせる。私は体調の方が心配だ。
「私もごめんなさい。無理矢理はぎとって」
「……いいえ。私が未熟だったのです」
椿さんの覆面を返す。椿さんの顔がなんだか複雑そうだった。




