5-6.陽光
放っておけなかったからその場の勢いで宮中に向かったものの、右近衛府で早速礼羅に文を送った奴が来たとは思わなかった。
以前残月が戯言混じりに話していたことを思い出すが、右近衛府の長官の父親が右大臣だったはずだ。
長官の血縁上は俺の伯父にあたるが元服の際に顔を合わせた時は向こうも俺に関心があるようには見えなかった。
だが右近衛府の長官が天文博士の屋敷に文を送るなんて不作法をする彼らを咎めないなんてあるだろうか。
いや、敢えてそんなくだらない噂を流したのだとしたら。
まさか晴明殿はそれを察して礼羅に養子にする提案をした?
「……無知は罪だな」
「わたくしが無知だとおっしゃりたいのでしょうか?」
「自分に言ったんだ。お前じゃない」
この地獄耳め。
「こちらになります」
案内人が扉を開ける。牢屋ではないのかと思ったが、そうでない理由がすぐに分かった。
「これは酷い……」
大勢の官人が御簾を全て取っ払った部屋の各柱に複数人縛り付けられていた。
各所に灯りが置いてあるが即席で置いた行燈だ。もし暴れたらそれが倒れて火事になりかねない。
(まさか火事で全員を殺す気か!?)
いや火事になる前に先に酸欠で死にそうだ。先ほどまで護摩も焚いていたのだろうか臭いも強い。
礼羅が前に出ようとするが陰陽頭が手で止めた。
「様子を見よう。汝等はそこで待っておれ」
「いやここは私が」
「ほっほ。老い耄れの出番を取ってくれるな」
陰陽頭は部屋の中央まで行くと結界を張っては縛られている者達の状態をみる。
やっていることは晴明殿と変わらないのにこの違いはなんだろう。
「晴明と全然違う……」
そして礼羅はその口を慎め。
「陰陽頭、結界を張ったら戸を全て開けましょう。空気が淀んで息が出来なくなります」
「殿下はお優しいですな……かしこまりました」
案内人にも頼んで四方の妻戸を全て開ける。御簾もあるから直に覗かない限り中を見ることは出来ないだろう。
その中礼羅が手を突っ込んだようで手だけが結界から出られなくなったようだ。先に中に入ってろと伝える。
「暴れる者の中には食らう勢いで噛み付いて来た者もおりました。これでは本当に鬼のようだ」
案内人が自分のそっと腕に手を寄せる。まさか噛みつかれたのだろうか。
「……椿の君」
「かしこまりました」
雑用を任せて申し訳ない。
案内人の男が腕を差し出すと血の滲んだ赤が暗闇でもはっきりと視界にとらえ、思わず俺は口を手で覆ってしまう。
椿の君が浄化をする最中、未だ鼻の奥に染み付いた血の匂いがこびりついて離れなかった。
「いかがなされましたか?」
先に部屋に入った礼羅が遠目に俺のことを見る。
「いいや……大丈夫だ」
式神に弱みを悟られるわけにはいかない。
「何かあれば魔力は存分に使え」
「それは構いませんが……」
魔力が吸われたからだろうか。礼羅と契約してから落ち着いていたと思っていたのに。ここで失態を犯す訳にはいかない。
「むしろお前は平気なのか?」
「化かす必要がなければ問題ごさいませんわ」
誤魔化しにもならないが、俺は聖水で手を濡らして手袋をはめる。そのあと首から下げていた十字架を両手で握った。
(主よ、憐れみ給え)
そんな言葉を唱えたところで俺の状況が変わる訳じゃないし、むしろ悪化する一方だ。
状況が悪くなった途端に神に祈るなんて都合が良すぎる。俺はクリスチャンじゃないのに。
すると先に様子を見に行っていた陰陽頭が戻ってきた。
「普通の憑き物とは少し違うの」
悪魔は魔力を吸い取るから分かるんだったか。生憎俺は魔力を抑え込むばかりでコントロールしようとは思ったことが無かった。
「夜半。見てみろ」
「……かしこまりました」
礼羅は一番近くにいた者に歩み寄る。俺も結界の中に入ってその様子を伺う。
「西の魔物で間違いありません」
礼羅がその場で答えれば事情を知る陰陽頭も頷く。
「嵐山殿。お願いできますか」
「やってみます」
俺は首から下げていた十字架を手首に巻く。その間に椿の君と陰陽頭も入ってきた。
「全員の口を解いて後ろに下がれ。椿の君は弓の準備を」
「えぇ」
「かしこまりました」
礼羅は縛られていた者たちの口の布を解いていく。
陰陽頭は俺たちが入った妻戸の前に立つ。案内していた者は外で待機だ。
『■■■■■■―――!!』
再度魔力を出すとそれを求めんとこちらに向かって吠えるように体をよじる。
礼羅が俺の後ろに立つのを確認すると椿の君が弓を指で弾く。
「――掛けまくも畏き伊邪那岐大神」
祓詞を歌うように唱える。今まで夜に聞いていた歌がそこにあった。晴明殿が見込んだ弓遣いなだけある。
俺は胸の前で十字を切り、相手の額に振れた。
すると自然と魔力が吸われている感覚を覚える。礼羅を式神にした時と同じ感覚だ。
「――筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に」
――らうだて どみなん もんねす じゃーて らうだて えう おうみすぽり
頭の中で他の歌と混ざって別の歌が上書きされて頭痛がする。
しかしこの状況で休んでいる暇はない。
「御禊祓へ給ひし時に生り坐せる祓戸の大神等――」
――くおにゃ こふらまて えすと するぱ のす みぜりこーでりあ えいごーりあ えと べりたす
聞きたくない『ウタ』が後ろから迫る。




