5-5.礼羅
「――恐み恐み白す――」
椿の祝詞も終わる。この場にあるのは弓の音だけ。
陽光は前に向き直すと十字架を前にかざした。
「汝の名を示せ」
一度目は反発して誰も答えない。
「主の名のもとに汝の名を示せ!」
今度は一斉に歯をカチカチと鳴らしはじめる。まだ生者であるはずなのに動く髑髏のようだ。
『ケヒヒッ、美味い魔力だと思ったら同胞がいるなんて思わなかったナァ』
喋った――!?しかも聞いたことのない訛りだ!
『思ってもない癖に、十字架だけで祓えると思ったかァ?俺様を見くびっているのか……ギャッ!?』
陽光は竹筒の中の聖水をぶちまけていた。
というか『俺様』ってどんな横柄な人でも中々言わないわよ。
『なんだこの水はァッ!?』
「ならさっさと名を示し立ち去れ」
『ケヒッ。どうしてやるかねェ?――ッて水をかけるナァ!』
私の主本当に容赦ない。
「汝の名を示せ」
『なら、そこの弓の娘を寄越セェ。面白い体質をしてるナァ?』
そう言って椿さんを見るが、椿さんはずっと場の浄化のために弓を鳴らしながら歌っている。集中しているのかこちらの声が聞こえていないようだ。
私は狐面を取ると椿さんが見えないよう視界を遮り、悪魔の前にしゃがみ込む。
「アンタに魔力を与えた代わりに私の父親が誰なのか教えなさい」
「おいおま――」
『ケヒッ半魔がいたのカァ!っグァッ!?なンだ……コレハ……!?』
「こら引っ込んでろ!」
「嫌よ!アンタがやると話が進まないの!喋れるくらいの魔力を上げるからさっさと答えろこの安本丹!」
陽光に任せてたら埒が明かない。
だけど悪魔は先程から浮かべていた気味の悪い笑みを解いている。
『どんなものを寄越されても、俺様みてェな下っ端じゃア、あの御方の名を話すことは出来ネェ……』
「ちょっとどどういう事!?」
こんな機会二度と無いのに!
『俺様達は序列を守る。魔王様はどんなヤツにも厳しいからナァ。その代わり良いことを教えてやるヨォ。魔力を貰った代わりだァ。したら俺様は地獄に戻るとするかネェ?
ここは手前ら以外美味い魔力がねェからナァ……』
気味の悪い笑みを向ける。あっけに取られていると陽光が私の衣の襟を引いて距離を取った。
「おい、俺は金貨に触れた者にお前が憑依していると思っていたが、そういう【縛り】なのか?」
縛りというのは破ったら罰則が起こる約束事のようなものだ。場合によっては死ぬ。
『縛リだァ?ヒヒッ。実体が保てないから望みを聞く代わりに体を借りただけダァ。俺様達はそれを【契約】と呼ぶのさァ。
この場にいる全員みィんな金が欲しいって分かりやすい欲を持った奴らだったナァ』
金貨をあげる代わりに体を乗っ取ったということだろうか。ならどうして身体を乗っ取る必要があったのだろう。
『じゃあナ。お前の魔力は美味かったゼェ。この場にいる奴らの魂は貰わないでやるヨォ。
あぁ、そうだそうダ。言い忘れるところだったァ。この地に昇った悪魔は俺様だけじゃねェ』
「「!?」」
『ヒヒッ、どこの誰かが扉を開けたのさァ。扉はさっさと閉じないとナァ!』
ケヒヒと笑い声が響く中、陽光が十字架をかざす。
「っ天主の御力によりて地獄に閉込め給え!」
白銀の十字架が光ると悪魔の笑い声が悲鳴に変わり、口から黒い霧が出ては途端に霧散した。
「きえ、た……?」
「まだだ」
脚が竦んでその場に尻もちをついてしまう。だけど陽光は私を置いて部屋の中央に出た。
「『天主の彼治め給わんことを伏して願い奉る。
天軍の総帥、霊魂をそこなわんとてこの世を徘徊する悪魔を、天主の御力によりて地獄に閉込め給え。アーメン』」
すると他の柱に縛られていた者達からも黒い靄が出ては消えていく。これが本当の悪魔祓いだろうか。
陽光が柱に縛られている相手の首元にそっと手をやった。
「脈がある……」
「……去ったのよね?」
「多分……」
陽光も確証が無いようだ。手を握ったり開いたりしては十字架を確認している。
「流石殿下。全員祓われましたぞ」
「陰陽頭」
今にも小躍りしそうな足取りで陰陽頭が陽光に寄ってくる。
「嵐山殿」
いつの間にか椿さんも歌を止めて陽光の前にいた。そして彼女は陽光の前に傅き頭を下げる。
「椿さん!?」
「貴方様には確かに天の御子としての御力があります。今まで疑心になっていた非礼をお許しください」
「椿の君それは誠か!?」
陰陽頭が驚く。
天の御子?まさか陽光はーー。
「頭を上げろ!椿の君、貴女とは今日初めて話した仲だろ……?無礼も何も……それに俺はそこまで言われるほどじゃないって……」
「いいえ。わたくしは慣例を言い訳に貴方のことを避けておりました。お察しかと存じますが、わたくしは旦那様だけでなく、吉平様や昌平様にも兄弟同然に顔を見せております」
先ほど椿の君が几帳の内側に隠れていたことを思い出す。
貴族って同じ家に住んでいても異性と顔を合わせてはいけないの?
「なのに同じようにお二人を兄弟と扱う貴方様をわたくしは――」
「あーもー!気にしたところで仕方ないじゃない!主様も許しているんだからこの話は終わり!椿さんも顔を上げて頂戴」
同じ屋敷にいたのに話すどころか顔すら合わせたことがないというのは驚きだけどそこまで謝っても仕方ない。
だけど顔を上げて私を見た椿さんが途端に声を上げた。
「夜半の君!なぜ面を外しているのです!?」
「気にしなくても今は俺たちしかいないだろう」
陽光の言う通り今この場には四人しかいない。陰陽頭には顔を見せてしまったが晴明の兄だし別に問題ないだろう。
「すまなんだ。結界を解いてしまった」
覆面を外した陰陽頭がそっと視線を向けると御簾が上がった妻戸の前で右中将の部下が気まずそうに立っていた。
「終わったとお声が聞こえたので……」
その隙間には怖いもの見たさに来たのか何人かの野次馬が様子をうかがっていたのだった。




