5-2.礼羅
晴明の屋敷は大内裏までそう遠くない。だけど大内裏の中が広いため牛車での移動となった。
だけど男女四人で牛車に載ると少し狭い。
「あの、姫君……その面は……?」
「顔を隠すための苦肉の策です……」
「はぁ……」
かくいう椿も白い布で顔を覆って、背中には弓がありまさしく武装状態である。でも矢が無い。
ちなみに陽光は白銀で出来た十字を首から下げ、黒い布で顔を覆っていた。
私は強面の狐面を付けているのに二人とも狡くないか。
そして晴明は顔を隠すつもりがないようで、堂々としている。
「礼羅、その名は諱ですよね」
「えぇ。それがどうしましたか?」
扇がない代わりに袖口で口元を覆う椿を見る。
「外ではなんと呼べばいいでしょう?姫君と呼ぶと他の貴人と区別が付きませんし、狐は分かりやすいですが呼ぶのも不躾でしょう」
貴人は人前で本当の名で呼び合うことはない。椿のそれもあだ名や通り名のようなものだし、北の方も本来なら奥さんとか誰かの妻への呼び方だ。
とはいえ色んな名前があるのも面倒だ。ややこしい。
「夜でいいだろ」
陽光が外を眺めながら答える。その黒い布に覆われているのに見えているのだろうか。
「主様、流石に安易すぎませんこと?」
「なら月夜」
「月は私よりもあなたでしょう」
「お前だって瞳が月の色だ」
「ん"ん"っ!」
突然椿が咳払いして挙動不審になる。
「椿さん……?」
「い、いいえ……お気になさらず」
今度は手で仰ぎ始める。確かにまだ夏だから夜でも暑いけれど。
陽光はどうしても私を夜に当てたいようだ。
「別に良いわよ夜でもなんでも。でも月はあなたなのは譲らない」
「なら夜半の君でいいだろう。嵐山殿は君と会った頃が亥の刻、真夜中だったはずだ」
「夜半……」
晴明の言葉に私は御簾越しに空を見る。まだ日が沈んで一刻半を過ぎたころ。夜半の時までまだ遠い。月が昇らない代わりに星が輝いていた。
「瘴気が見えないわね」
「薄っすらだからね」
それでよく瘴気が分かったものだ。
「また大元が分かりませんか」
「行ってみないと分からないね……しかし、新月まで待てないとは」
月がある時は妖が。月のない日は悪霊が蔓延る。
大きな門の前で一度止まると従者と門番の話し声が聞こえる。しばらくすると大きな音を立てて扉が開いた。
「内裏に入ったのですよね?まだ外に出ないのですか」
「ここは大内裏。内裏は隣の壁の向こうだ。まずは陰陽寮に向かうよ」
しばらくすると牛車が右に曲がり止まる。
「ここが中務省。中に陰陽寮がある」
宮中の組織は知らない。今度北の方に教えてもらおう。
従者の案内で部屋に入ると灯りの前で何やら待っている者がいた。
「おや、兄者早いですね」
「近く屋敷の宴に呼ばれていたからの。瘴気の騒ぎを聞いた途端皆一斉に帰って行ったわい」
晴明に兄者と呼ばれた者は背の低い老人だった。兄弟なのだろうか。随分と歳が離れているように見えるけど。
「陰陽頭だ」
陽光の紹介に一瞬体がこわばる。お婆を祓った術師かもしれない人。
でも晴明に慣れてしまったせいだろうかあまり強い術師には見えない。それに半妖ではないではないか。
「これはこれは、わざわざお休み中にご足労申し訳ない。そこの……面の君が殿下の式神かの?」
殿下?
「私の式神です」
「お初にお目にかかります」
陽光の紹介なのでとりあえず黙って頭を下げる。
その間二人は視線を合わせて首を振ったりとやり取りしていた。
「ほっほ。仕方ないが揃って顔を隠すのはもったいない。……椿の君も、久しいの。半年ぶりか。少し早い再会となってしまったが……」
「ご機嫌麗しゅうございます。六月は別の者が立つでしょうから今お会いできてよかったかもしれません」
「そうかえ……そうかもしれんの」
椿は顔見知りだったらしい。六月に何があるのだろう。
「それで兄者説明を」
「おぉ、それが貴人らが帰る頃、門番の近衛がある者に声をかけたことがきっかけじゃった」
その者は顔色も悪く挙動不審だったそうで声をかけると頭を抱えて暴れだしたので捕らえたのだという。
「それで持ち物を検めたらこれが出た。既に浄化は済ませているがこれから瘴気が出ていたそうじゃ。金で出来たものじゃろうがこんな細かいものを作る技はこの国にはない」
鼻の高い人の横顔が模られた円形の穴の開いていない貨幣のようなものだった。
「今は瘴気がないがそれから瘴気が滲み出ていての。その後次々と暴れる者が出てきた。近衛ではてんやわんやよ」
「全員にその金目の物が出たのでしょうか」
陽光の言葉に陰陽頭も頷く。
「それを調べております故。しかし瘴気のせいか体調を崩したものが多くて全てを検めることが出来ずにいるようです。薬典寮も病人の対処に追われているそうじゃ。じゃが嵐山殿のおっしゃる通りじゃろうな。晴明の時もあっただろう?」
「……お見通しですか」
晴明は懐から巾着を取り出すとコロンと金色のそれを出してきた。陰陽頭が持っていたものと全く同じ。
「わたくしは聞いてませんが?」
「君の怒りを引き出すには人の骨の方が良いと思っただけだよ」
こいつ人の毛を逆撫でる前提でそれを見せたのか。
「夜半、落ち着け」
「でも!」
「これは顔立ちから唐国よりも西のモノだ。お前の実の父親が誰なのか知る手がかりが増えた。違うか?」
「……」
仕方なく引き下がる。
「晴明は清涼殿へ。この二人が来ていることはくれぐれも伝えぬように」
「分かりました」
晴明もその場から去る。陽光が安堵しているように見えた。
「陰陽頭、それで今回わたくしは……」
「儂と共に嵐山殿の周囲を鳴らせ」
「……かしこまりました」
椿は弓を構える。弓を鳴らすということだろうか。
「それで、嵐山殿はどうなさいますか」
「捕らえた者はどこに?」
「右近衛府に行くといいでしょう。案内しましょう」




