4-11.礼羅
これで祓う方法を確認できて話は終わったかと思ったら、晴明は私に向き直って扇子を出した。
「礼羅、私の養子にならないか?」
「養子!?」
突然何を言い出すの!
「晴明殿、彼女は私の――」
「式神なのは分かってるよ。けどこれ程文が届くとうちの者らも仕事どころではなくてね」
そう言って扇子をひらりとあおげば、ポンと煙と共に私の前にどさどさと文が出てくる。
文から漂う色んな匂いが混ざって広がって鼻が歪みそうだ。
「なんですかこれ……」
「これ全部君への恋文ね」
顔も見た事がない相手に文を送る。お婆から話は聞いていたけど本当だった。
「晴明殿わざわざ見せずとも」
「必要だよ。この娘は色恋に疎いようだし、実感を持たせないと」
別に疎いわけじゃない。わからないだけだ。
いくつか中身を読んでみると会ったことの無い相手に対して「あなたを思うと胸が張り裂けそう!」みたいな内容の歌が綴られており、私は「お上手ですね」という感想しか抱けない。
全部読んでやろうかと思ったら陽光が無言で取り上げた。
「それで、どうしてそんなことになったのです?」
狐が誑かすことはあってもその逆はないと思うんだけど。
「帝が大臣らに君のことを話したんだよ『陽光が囲った式神は可愛らしい娘だと』」
「……」
そんな噂ひとつで人に言い寄られるのは気味が悪い。
晴明が養子にと言った理由も理解出来なくはない。育ての親もいない今の私は実質孤児だ。
古今東西、どこの国の貴族には後ろ盾が存在するとお婆が言っていた。陽光がどういう身分なのかは分からないが晴明が私を庇護下に入れておきたいのだろう。
だけど私は晴明を父として敬いたいとは思えない。
「礼羅、君は尊いお方の血を連なる者だとはっきりと言える証拠はあるかい?」
聞きたいのは私が貴族の隠し子ではないかということだろ。
陽光がこちらを睨むのは分からないけど。
「実の親の話は育ての親からあまり話を聞いておりません。ですが父親は人でないということは聞いております」
「西の悪魔か」
晴明に素直に頷く。
「えぇ。だけど母親は存じません。私が狐であることから、母親は妖狐だったのではと、育ての親は思っていたそうですが私に人の血が流れている理由が分からないのです」
「母親か……」
陽光も眉を顰める。さっきから陽光は険しい顔を浮かべたままだ。
「確かに三代も続けて妖狐を受け継ぐことはない。私の倅たちも妖力は受け継いでも妖狐は受け継がなかったからね」
子供いたのか。いや北の方がいるしいてもおかしくないけど、想像できない。
にしても晴明も半妖でありながら四尾もあるなんて、もしかして思っていたよりも年寄りなのではなかろうか。
「お婆……育ての親は母に会ったことも無いらしいですし、父からはほとんど聞いてないそうです。日ノ本で生まれ育ったらしいとしか」
「その育ての親が母親という線は?」
陽光が指摘する。
私もそうだったらと思った時期もあった。
「有り得ません。お婆は唐国で生まれた生粋の仙狐です。それに父を『人を見下すいけ好かない奴』だと酷評してます」
お婆の実父に対する評価は散々だった。
私を預かるに伴って何か取り引きをしたとだけ聞いているけどその内容も聞かされた事はなかった。
「だから私にとって親はお婆だけ。誰の養子にも入りたくありません」
「こりゃ残念」
晴明はあっさりと引き下がった。残念そうに見えないのだけど。
「しかしどうしたものか。君は半妖だから擬態は出来ても実体を完全に消すことは出来ないだろう」
「気にしてることこうもはっきりと……」
お婆から叩き込まれた妖術の中で半妖だからという理由で習得出来なかった術の一つだ。
「それと養子が何と関係あるというのです」
そういえばそうだった。
「陽光、また帝に呼ばれただろう。礼羅も連れてこいと言って」
「私まで!?」
聞いてないと見れば陽光はそっと視線を逸らす。この主私に黙っていたな。
「君の容姿は人を選ぶけど帝からのお墨付きだからね」
「人を選ぶってどういう意味ですか!」
私の顔は誰もが認める天女の如く美しさでしょうが。お婆から莫迦っぽいからやめろと言われたから言わないけど。
「ですが、そこまでお近付きになりたい方が私の前に来るものでしょうか?というか本当に内裏に行かないといけませんの?」
寄って集ってくるのも品がないと思うし、何とかして行けないだろうか。
「そんなのとっくに俺が断りを入れている」
「それでも来いってこと?」
そんな事ならいっそ帝に抗議してやろうか。
「養子は念の為だよ。……かつてそれで面倒事に巻き込まれたとある娘がいてね。寝込みを襲われたのを恥じて出家までした」
「そんなの寝込みを襲った奴が悪いじゃない!」
互いの同意がなければ意味が無いではないか。陽光も顔を顰めている。
「相手は避けられない身分だったんだろうね。後ろ盾も居ないから守ってくれる者もいなかった。しかもその後に子供も出来てしまったのに相手は責任を取ることはなかったそうだ」
「酷い……」
酷い話だ。こんなの泣き寝入りではないか。
「もう一度聞くけど、君は私の養子になるつもりはないんだね?」
「ありません」
正直この狐を「父上」と呼びたくない。だけど内裏がそんな恐ろしい場所であるなんて想像もしなかった。
それにここ数日北の方から与えられた着物で過ごしてみて分かったけど、こんな重い衣で走れるかと言われたら無理だ。袴も踏んで歩かないといけないし。こんな格好が普通なら脱がない限り逃げられない。
「お前なら大丈夫だろ」
「私を危険に晒したいの?」
まったく無責任な主だ。
「狐に化ければいい。それも狐そのものに」
手の平をポンと打つ。虎の威を借りる狐ならぬ狐の威を借りるのか。流石人離れした容姿を持った者の意見は違う。
「それはどういうことかな」
「そのままの意味です。擬態を解いても礼羅の耳が見えない者もいるようで、晴明殿が半妖であるということも信じておられない者もいるそうです」
見えない?ならどうしてお婆は擬態を真っ先に教えたのだろう。
「それは残念だね……でもそうか。なら辞めた方がいい」
「というと……?」
「擬態というのは誤魔化して見せるという意味合いもあるが、姿を変えることで本来の力を封じるという意味合いもある。礼羅の場合、西の悪魔の血が交じっているのなら、獣になった途端その力が漏れ出て内裏を穢しかねない」
ならそれを口実に内裏に入ることは断れるのでは――?
「でも帝からの勅だからね」
勅令、勅令、勅令。帝の命令だからってこの男は……!
「もう!なんで私達がわざわざ行かないといけない訳!?それならいっそ帝が内裏から出ればいいのに!!」
「晴明殿、この通りです。正直私も連れて行きたくありません」
「困ったねえ?」
結局私が言い寄られないようにするために私は陽光から離れずひたすら顔を隠すことになったのだった。それでは今までと変わらないではないか。
そして私は帝に会ったら絶対抗議してやろうと心に誓った。
「旦那様、文を預かりました」
晴明の従者らしき人の声が御簾の向こうから聞こえた。
「後にしてくれないか」
「内裏からです。賀茂の方にもお迎えが来ております」
「急ぎか……」
晴明は立ち上がり御簾の下から文を受け取るとその場で内容を見る。
「瘴気の気配が出た。先日と同じものだ。私はこれから内裏に向かう」
どうやらのんびりとしていられないようだ。




