4-10.礼羅
夕餉の後、私と陽光は母家で晴明から話を聞く事になった。
「いやぁ、あんな梅の顔を見るのは久しぶりだったね。陽光もだけど」
そう言って晴明は陽光の顔を見てはけらけらと笑う。
まだ頬が痛いのだと睨んでも陽光は素知らぬふりをする。
「それで、私に話を通さず礼羅を連れ出した理由をお聞かせ願いたいのですが」
この冷血漢私の頬をつねったことは棚に上げた。
今更だけど私の主は元服こそしても背丈は私と差程変わらないし、顔もよく見ればあどけない。
いつも会う時は夜だったからそれで気付かなかったのだろう。案外可愛い顔をしている。
「大した理由ではないよ。捕らえた者の憑き物が中々消えなかったから礼羅に見てもらっただけだ。本人もお手上げだったけど」
この狐説明を面倒がった。
「それだけじゃございません!私を吐き戻しまみれにさせましたのよ!?……ねぇ主様?もう魔力がなくわたくし疲れ切ってしまいましたの。ご褒美いただけませんこと?」
「立てるくらいには魔力は残ってるだろ。それに無断で行動したからなしだ」
チッ。
「それで続きは?」
この冷血漢め。
「……この前の邪気騒ぎの元凶である家主の憑き物が取れなかったから私を連れたのよ。休まれていた貴方の代わりにね。結局私でも無理だったからせめて腹の中にあるものだけでも聖水でゆすごうってことになって」
「なぜ腹の中を」
「前にこの方が内側から浄化させようと聖水を飲ませたら吐き戻しの中から人の骨が出てきたらしいのよ。それを全て出そうということになってそれを私にやらせたの。散々な目に遭ったわ」
吐き戻しの酸っぱい匂いと牢屋のカビ臭さを思い出して気持ち悪い。
それにしてもこの扇どうやってお香の匂いを付けているのだろう。お香は取り寄せないといけないのかもしれないけど
ちなみに衣の持ち主だった北の方からは衣は着ているものは全て差し上げると言われてしまった。先ほどまで吐き戻しまみれだったから返すのも申し訳なかったけれど。
私から説明すれば陽光は汚物を見る目でこちらを見てはそっと距離を置いてきた。解せぬ。
「そう言われても、君が上手くできなかっただけだろう?」
「あんなに飛び散るなんて思わなかったんだもの!」
「あー、分かった分かった。それで、晴明殿の力でも祓えなかったなんてさぞその憑き物は強かったのではないのでしょうか。礼羅に任せても――」
「いいや?大して強くなかったよ」
何言ってるんだコイツという顔をしている。
「いやいや晴明殿、今更そんな謙遜されても……」
「私にも不得意というものがある。本来日ノ本に居ないはずの魔物だというし、魔物に変わりなくても在り方が妖と根本的に違うと言ったのは陽光だろう?
憑かれている者ごと殺せば消えるだろうが、帝からは殺生を禁じられてしまってね。似たような気配を持つ礼羅なら生かしたまま祓えると思ったんだが」
私も出来なかったと首を横に振る。もし受け答えできるようになったら私の父親が誰なのか聞くことができたかもしれないと思って期待したのに、結局理性も取り戻すことはなかった。
陽光なら問いかけも出来るのではないかと少しだけ期待の目で彼を見つめていると口を開いた。
「これは憶測でしかありませんが、礼羅や晴明殿が聖水を浴びても祓われないのは、肉体があるからではないでしょうか」
「というと?」
「悪霊は見える見えないに関係なく直接触れることができない存在です。聖水は穢れを祓う効果がありますが、呪力や妖力、魔力などが削られるから祓われるのでしょう。妖も妖力は削られるようですが、完全には消えませんし、悪魔も同じなのかもしれません」
「どうせその聖水も完璧じゃないだろうし」という陽光の呟きに背筋が凍る。
竹筒越しでも魔力が吸い取られるあの恐ろしい水が完璧じゃないなんて。
「なるほど、とり憑いている存在がいるから完全に祓えないと」
「はい。加持祈禱は妖や悪霊が嫌がるので逃げ出しますが、悪魔にとっては馬の耳に念仏するのと同じなのだろうと」
「馬の耳に念仏」
思わず反芻してしまったけど、確かに西の悪魔に念仏は意味が無いだろう。仏の教えを伝えたのは天竺だからせいぜいそこまでだろうか。
「それで、念仏が効かないならどうすれば抜ける?」
「その前に確認を。礼羅、悪魔は他者から魔力を貰わないと生きられないんだったな」
「えぇ。そうよ」
だから私は陽光の契約に了承した。そういえば陽光から食べ物煎餅と干し柿しかもらってない!
「悪魔が人にとり憑くのは人に魔力があるからか?」
「さぁ?陽光は持ってるから私はそれ対価に貴方の式神になったけど、本場の悪魔はどうなのかは知らない。でもアレは私が触れた途端魔力を吸われたから限界なんじゃないかしら」
そう答えると陽光はまた腕を組んで考え込む。晴明は高みの見物をしているようだ。
「晴明殿。帝に死罪にしなくともどちらにせよあの者は憑き物を祓ったら死ぬことをお伝え出来ませんか。
きっと憑き物はとり憑いた経緯を私達に教える気はありませんよ」
「うん、分かった。伝えておこう」
「えっ!?生かせって言われているんじゃないの?」
晴明まであっさりと引き下がるなんてありえない。
折角の手がかりが目の前にあるのにこれでは私の実父について何も聞けないではないか。
「牢屋のあの環境では数日で衰弱する。あれはとり憑かれているから生きているだけの生きた屍だ。水も何も口にしてないんじゃないかな」
だろうなと淡々と晴明は言う。
「分かっていたならどうして私をあの牢屋に連れて行ったのよ!」
「勅令だからね。それに君の見解を知りたかった」
家主が駄目なら悪魔に直接聞くしかない。
「せめて悪魔とお話できない?」
「はぁ?」
「礼羅、君の父君の手がかりを知りたい気持ちがあるんだろう。だが知るための代償が何なのか分からない以上、危険だよ」
二人揃ってダメだと首を縦に振らない。
「二人ともどうして会話だけで代償を取られると思ってるの!?」
この狐に正論言われると腹立つ。
目も楽しそうだし本当は試して欲しい癖に。でも陽光は本気で辞めて欲しいと思ってる顔だ。
「お前の父親が誰なのか知りたいと思うのもある種の願望だろ?それに応えるために取引を持ちかけるのが自然だろ」
それも取引材料に含まれるのか。悪魔って存外けち臭くないだろうか。生きるためとはいえ。
「……悪魔の実体が保てる程度の魔力を俺が与える。祓う前にその対価としてお前の父親を聞いてやらんこともない」
「本当!?」
さすが私の主様。




