私が家を建てるまで
上から下まで、真っ白な、そして端正な顔立ちのかなりのイケメン男子だった。
ぶつかりそうになった私を避け「おっとっとっとっとっとっとっとっ」と、
歌舞伎役者が六歩を踏む形になると、そのまま道路に出て行き、右へ曲がっていった。
まさか、あれがカジキ マグ先生?だろうな。
八子は、残念だと思った。
今目撃した男子が、八子の残念な男子リスト入りは間違いないだろう。
八子の残念男子リストに名前を連ねる男子の数は、小学生の頃から着々と増えている。
残念男子とは、かなりの魅力を持ちながらも、
自らそれを台無しにするサガを持った男子のことだ。
小学校のクラスメイトに、勉強が出来た上にとても可愛らしい顔をしていたので、
女子の一番人気となってもおかしくなかったのに、
そうはならなかった土屋くんと言う男子がいた。
彼は外見からは想像もつかない運動音痴だった。
ドッジボールでは、ボールが来るであろう位置が予測出来ず、
さあ、来いとばかりに両腕を胸の前に置いて受ける格好はいいのだが、
ボールは土屋くんの顔面に当たる。
ボールの軌道に土屋くんの腕が正しくあったことが一度もない。
そして土屋くんは、走らせれば自分の足に足を引っ掛けて転ぶ不思議くんだった。
だが、彼が人気を失ったのは、運動音痴だったからではなく、
音痴っぷりを披露してしまった後に必ずやる、
格好付けが最大の要因だったのだ。
顔や頭でボールを受けた後彼は、必ず2回ケンケンをしてから踵を軸にして1回転、
そしてアチャーしまったなーと言うかのようなポーズを作る。
自分の足につまずいて転んだ時も、
立ち上がってから軽く手を広げて天を仰ぐのだ。
「オーマイガッ」のポーズだ。
彼のカッコつけのたびに、女子から軽い悲鳴が上がるようになったが、
土屋くんはそれを自分への応援と解釈したまま、小学校を卒業して行った。
もう一人は中学生の時の同級生、背がすらりと高く、
顔つきもキリリとして爽やか笑顔を見せる男子相川 俊吾だ。
高めの声で「大尊寺さんに一つ聞きたいんだけど、
椅子を引くときに何故あんな音を出すのかな?」
と言って来る。
嫌味な言い方をするなあと思っていたが、それが相川俊吾の話し方で、
年中「一つ聞きたいんだけど」とやっている。
それから相川くんのあだ名は「一つ」になり「おい、一つ、今日から掃除当番だぜ」と言う風に
クラスメイトから声をかけられ、後輩からも「一つ先輩」と呼ばれるようになっていった。
そんな残念男子リストのかなりの位置に、カジキ先生は名を連ねるだろう。
実に惜しいと、八子は思った。
どうしてこうも出会う男性出会う男性、残念なんだろう
、以前十三に愚痴ったことを思い出した。
一人ぐらい、見た目を上回っての実力と人格とを兼ね備えた男子と出会ってもいいじゃない?
すると十三が「八子は、期待が大きいんだよ」と言った。
八子は十三が付き合ってきた、微塵も期待は出来ないだろう男子達を思い浮かべた。
十三は熱い恋愛はしない。ただなんとなく適当な相手と付き合い始め、これといった進展もないままに
関係が消滅するのだ。十三は、自分を冷めた女だと説明する。
「恋い焦がれるって、どう言うことかなあ。あんた、漫画描いてるからわかるでしょう?」
しかし八子の漫画のラブストーリーも似たり寄ったりなのだ。
八子の作品を読んで、今まで何人もの編集者から、首を傾げられてきた。
「大尊寺さんのストーリーには膨らみがないんですよ。これじゃあ、まるで粗筋だよ。
キャラクターが描けていないんだな。この男性が、女性に好きだと告白するのはいいんだけど、
この女性を好きになったり、別れたくなったりする動機が弱いんだな。
読んでる方は、全く共感ができない」と、言われ続けてきた身だ。
恋い焦がれる想いと言うのは八子にとっても謎であり、無縁なものなのだ。
八子が玄関の前でぼんやりしている最中に、編集者だとすぐにわかる男に腕を掴まれて、
真っ白な男性が戻って来た。
カジキ先生は、観念したような顔つきで、
力なく編集者に引っ張られるままに家の中に入って行った。
八子の眼の前で、閉まったドアが再び開いて先ほどの編集者が、顔を出した。
「大尊寺さんですか?」
「はい。そうです」
「入ってください」
先生のお宅は、こぢんまりとした、昔風の家だ。
玄関ドアを開けると、目の前に2階に上がる階段の裏側が見え
その階段の向かいにある6畳間が、カジキ先生の仕事場だ。
「どうぞ」とさっきの編集者に声をかけられて、
仕事場のドアを開けた八子は軽い目眩を覚えた。
カジキ先生の仕事場も、机や本棚、資料棚と、
そこに並ぶバインダーの数々、カーテンから椅子、
壁際においてあるソファー、クッション、何もかもが、白だったからだ。
「中澤編集長が来る予定だったんだけど、編集部で問題が
発生して僕が代わりに来たんです。
それで、大尊寺さんにはよく説明するようにと言われてきました。
カジキ先生のアシスタントをするにあたって
一番大事なことをお願いしたいのですが・・・」
は、はい。
「先生がどんな用事があると言おうと、
外に出さないでくださいということなんです。
外に出た場合は、すぐに編集部に連絡をください。」
はい、見張るんですね?
カジキ先生は野獣か?外に出したら人に危害を加えるので、
檻から出してはいけない生き物なのか?
カジキ先生は、机に向かってシーャプペンシルを指で回して遊んでいる。
その表情からは、先生の気持ちが汲み取れない。
「以前カジキ先生が僕に言ったんですよ。
僕は檻に入れられている生き物みたいだなって。




