第二幕 第五十四場
村長の屋敷の広間では、ピエロ達がくすくすと不気味に笑いながら、神様に襲いかかろうとしていた。
巨漢の老婆トリーネがピエロ達を迎え撃とうと構えたその瞬間、何ものかに首根っこを掴まれ床へと組み伏せられた。トリーネが呻きながら顔を上げると、そこには一人のピエロがいた。
「そんなのろまな動きで、我々の邪魔をしないでもらいたい」ピエロはトリーネの耳元でささやいた。「あなたに危害を加えるつもりはありません。ただし、このままおとなしくしていればの話ですけどね」
危機を察知した魔女トゥルーデが呪文を唱える。「ブリックレーブリ——」いきなり目の前に手のひらが現れた。手のひらはトゥルーデの口を塞ぐと、そのまま床へと押し倒す。あおむけに倒れたトゥルーデが目にしたのは、自分の口をふさぐピエロの姿だった。
「まったくどうして我々の邪魔をするのですか」ピエロは言った。「魔法が使えるくらいで我々に立ち向かおうなどとは、大変愚かな行為ですよ」
村長が感激の声をあげた。「おお、お主らワシを助けてくれるのか。ありがた——」
ピエロの一人が村長の頭を掴み、床へと押し付けた。「黙れ下衆が」
広間にいた人々がどよめき始める。
ピエロの一人が叫んだ。「みなさん動かないでください! 邪魔をしなければ危害を加えるつもりはありません! それはお約束しますよ!」
人々があせりだすなか、猟師コルベスが懐に隠し持っていた短剣を静かに取り出そうとする。
「動いてはいけませんよ」いつのまにかコルベスの背後にはピエロが立っていた。
「……なんてやつらだ。うそだろ」コルベスは冷や汗をかいた。
ピエロはコルベスの懐に手を入れ短剣を取り出す。「これは没収しときますね」
「さあさあ観念してください神様」ピエロの一人が両手を広げて神様に歩み寄る。「もう逃げ場はありま——」そこで口をつぐんだかと思うと、自分の背後に素早く右手を伸ばす。「まったく物騒ですね。この村の住人は血の気が多すぎる」そう言ったピエロの右手には、自分に向かって飛んできたナイフの束を握りしめていた。
ピエロが振り向きナイフが飛んできた方向へと顔を向ける。するとそこにはストッキングをはき直した女中グレーテルが立っていた。
「状況が飲み込めませんが、あなた方が敵だということはわかりました」グレーテルはそう言うと、屈んでスカートの中からナイフを取り出そうとする。「あれ?」だがしかしスカートの中にナイフはなかった。
「これをお探しですか女中さん」突如としてグレーテルの目の前に現れたピエロが、両手にたくさん持ったナイフをこれ見よがしに見せつけた。「女性のスカートの中を勝手にあさぐるのは、大変無礼な事だと重々承知しておりますが——」
グレーテルは素早く立ち上がると、右腕の袖に隠し持っていたナイフを滑らせ、その束を握ると同時にピエロに突き出した。だが目の前にいたはずのピエロの姿は消えていた。
「そそっかしいお嬢さんだ」ピエロがグレーテルの背後でそうささやくと、両足の膝裏を右足のつま先で素早く突いた。「それだから下着も穿き忘れる」
グレーテルはバランスを崩し膝をつく。
ピエロはすかさずグレーテルがナイフを握る右手を、上からかぶさるようにして己の右手で握りしめた。そして力づくでグレーテルの右手を彼女ののど元に寄せると、そのナイフの刃を首筋に当てる。
「いろんなところにナイフを仕込んでいるのですね。そのご自慢のナイフが隠せないよう服を切り刻んで、衆人環視のもと裸にしてあげましょうか。それが嫌だったら動かないでください」
広間にいた人々は絶望に陥った。
「なんてことだ」幼女ザンネを抱きかかえる牧師が言った。「こんなことになるとは」
「もう誰もやつらを止める事はできないのか?」金持ちのヒルデブラントがくやしげに言った。
絶望する二人の横を白い鎧を着た騎士が通り過ぎた。右手に持つムチにはぐるぐる巻きにされた白猫が吊るされている。不思議な事に鎧の胴体部分をつなぎ止めているベルトが切れたらしく、切れ端同士を固く結んで鎧をつなぎ止めていた。
「し、白い騎士!」牧師が叫んだ。「騎士様だ!」
「騎士様が戦ってくださる」ヒルデブラントが歓喜の声をあげた。
騎士の登場に広場にいた人々が沸いた。
騎士は広間の中央に立つと足を止めた。
トゥルーデは騎士のムチに巻かれている白猫の姿を見て、取り乱し始めた。大声で叫ぼうとするも、ピエロによって阻止される。
「このままだとムチが使えないんだよ、まったく」騎士はそうぼやくと白猫の拘束を解いた。
白猫はすぐさまトゥルーデのもとへ駆け寄り、鳴き声をあげた。
「さてと」騎士はムチを構えた。「遊びましょうか」
ピエロの一人が騎士の前に歩み出る。「なぜそうも執拗に我々の邪魔をするのですか?」
「さあね、理由はないよ。ただあんたらがそこにいたからさ」
ピエロが嘆かわしげに首を横に振った。「なんと横暴な騎士だ」
「横暴で結構だよ」
騎士がムチを振り上げたその瞬間、別のピエロ二人がその横を素早く通り過ぎた。すると騎士が着ている鎧が一瞬で細かく分解され、音を立てて崩れ落ちていった。そして現れたのは肌着姿の爆乳女イルゼビルだった。イルゼビルの肌着はまるで怪我でもしたかのように赤く染まっている。
「うそでしょ」イルゼビルが目を丸くする。「一瞬で鎧が……」
牧師が驚いた様子だった。「白い騎士。その正体がイルゼビルだったとは」
ヒルデブラントも驚いた様子だった。「まさか彼女が白い騎士だったなんて」
「これでみなさん、あきらめがついたでしょ」ピエロが言った。「みなさんがどうこうしようとも、無駄なのです。それがわかったらもう二度と邪魔しないでいただきたい」そこで神様に向き直る。「それでは神様行きましょうか」
神様は怖い顔をしている。「貴様らいったい何ものだ!」
「私たちが何ものですって」ピエロはそこで咳をする。「そんなの簡単な事ですよ」再び咳をする。「私たちは……」胸を押させ激しく咳き込み始めた。
他のピエロ達も同じように咳き込み始めた。
神様はあたりを見回した。「何がどうなっているのだ?」
「なんだこのニオイは」とあるピエロが咳き込みながら言った。
「あの女だ」別のピエロがイルゼビルを指差す。「あの女からこのニオイが」そう言うと、咳き込みながら胸を押さえて倒れる。
イルゼビルが困惑しながらピエロ達を見る。「えっ、私がにおうの?」そう言って自分のニオイを嗅いだ。「失礼ね。香水のいいニオイしかしないわよ」
そうこうしているうちに、すべてのピエロが胸を押さえ床に倒れ付すと、激しく咳き込み苦しげに呻きだす。
広間にいた人々は当惑しながらも、その様子を見守っている。
甲高いピエロ達の悲鳴とともに、ピエロ達の体からもくもくと煙が立ち上がった。そしてその煙が晴れた時そこに現れたのは、金髪の髪に白い肌を持った美少年だった。彼らはみな白い腰布の巻き、背中から白い翼が生えていた。それはまごうことなき天使の姿だった。
神様が驚いた様子で言った。「天使達よ。おまえ達どうしてここに?」
天使の一人が言った。「それはこちらのセリフですよ神様」
「そうですよ神様」別の天使が言った。「仕事もせず、ふらふらと下界に下りられては困ります」
「おかげで下界のあちらこちらを探すはめになりました」さらに別の天使が言った。「神様にバレぬようピエロの格好に化けてね」
広間にいた人々がみな唖然とした表情を見せた。そんななか、やはり巨乳少女エルゼだけは人工呼吸と心臓マッサージを繰り返し続けていた。
「さあさあ神様」天使が言った。「すぐに天界に帰って仕事の続きをしてもらいますからね」
神様はきまり悪そうに笑いながら広間にいる人々を見た。「お騒がせてすみません。うちの天使達がやらかしちゃったみたいで。本当にごめんね」
広場にいた人々の目が点となっていた。




