第二幕 第五十五場
村長の屋敷の広間にいる人々は、神様とそれに仕えるおっちょこちょいの天使達に冷ややかな視線を浴びせていた。
神様は咳払いをすると真面目ぶった顔つきになった。「天使達よ。よく聞け」そう言うと村長を指差す。「ここにいるヨハネスは己の私利私欲のために罪のない命を奪い、多くの人を不幸に陥れた。それなのに反省の色も見られないどころか、シラを切る始末。よって天使達よ。この悪辣な輩を地獄にたたき落とせ」
村長が悲鳴をあげた。「やめて、やめてくれー!」
二人の天使が村長の両脇を固め、屋敷の外へと引きずり出していく。その様子を魔女トゥルーデは白猫を抱きしめながら見守った。
神様は死んだハンスに、人工呼吸と心臓マッサージを続ける巨乳少女エルゼのもとに歩み寄った。「ハンスの妻よ。この私がハンスを生き返らせてやろう」
エルゼは懸命に人工呼吸と心臓マッサージを繰り返す。どうやら必死になっているらしく、神様の言葉は耳に届いてないらしい。
「おお、夫を救おうと必死になる妻の姿。なんと美しいんだ」神様は感心したかのようにうなずいた。「その思い叶えてやるぞ」そう言うとハンスに額に手をかざした。「尊き三位一体のみなによりて、死人よ、起て」
その瞬間ハンスが光り輝いた。しかし必死なエルゼはその事に気づいていない。
エルゼは再び心臓マッサージを始めた。ハンスの胸を強く押すたびに自分の巨乳が大きく揺れた。次いで人工呼吸に移る。大きく吸い込んだ空気を口移しでハンスに注ぎ込む。しかし何の反応もない。
再び心臓マッサージに移ったとき、ハンスは息を吹き返し目を開けた。しかしエルゼはそれに気がつかず心臓マッサージを続ける。
ハンスは息を喘がせながらエルゼを見る。「ちょ、やめ——」
エルゼが人工呼吸をおこないハンスの言葉を遮った。
突然の口づけにハンスは目を丸くし頬を染める。しだいに頬が揺るでんいく。
エルゼが唇を離し大きく息を吸い込んだ。
その瞬間、ハンスは飛び起きエルゼを制した。「もうやめてくれ!」
「ああ、気がついた!」エルゼは安堵すると、目に涙を浮かべながら笑顔を見せる。
「いったい俺はどうして、こんなところで寝ていたんだ?」ハンスはエルゼに訊いた。
「ああハンスさん。あなたはグラスのワインで溺れてしまったんです。だから私、必死に助けようと必死で必死で……」エルゼは大声を上げて泣き出し始めた。
「ありがとなエルゼ」ハンスはそう言うとエルゼを力強く抱きしめる。「お前のおかげで俺の命は救われたよ」
広間にいた人々が感動し、涙を流して拍手を送る。
巨漢の老婆トリーネが叫んだ。「野郎ども、愛の力でハンスが蘇生したのを記念して、派手に騒ごうじゃないか! もうこの宴を邪魔する奴らはいない! やっと私もごちそうにありつけるよ!」
人々がどっと笑うと、再び宴が始まった。
「みんなそれはおかしいだろ」猟師コルベスが言った。「だってハンスは神様の——」
貧乳少女リーゼの拳がコルベスのみぞおちにめり込んだ。コルベスは床に膝をつける。
「だめだよお父さん」リーゼはコルベスを見下ろした。「これでいいんだよ、これで。二人の愛は深まったんだからさ。だから邪魔しちゃだめだよ」
コルベスは呻きながら言った。「……娘よ強くなったな。おかげで肋骨折れてるぞ」
リーゼは頬をぷくっと膨らませた。「もうお父さんたら、大げさなんだから」
ズルタンが吠えた。「わん! わん! わん!」
「もうズルタンったら、吠えたらダメだって言ったのにわからないの?」リーゼが言った。
「リーゼよ」神様がリーゼに顔を向ける。「すまんがな、動物達からは言葉を取り上げるとこにした。もうその犬がしゃべることはないぞ」
「そ、そんなひどい。どうしてですか神様?」
「動物達は自分が偉いとおごり高ぶり、その結果人間を馬鹿にし、その命を危険にさらした。とてもだが許してはおけぬ愚行。それゆえに言葉を取り上げるという罰を下した。これで動物達は人間を馬鹿にする事はできないし、違う種類の動物同士で結託する事もなくなった」
神様の話を聞いていたトゥルーデが、抱きかかえている白猫に顔を向けた。白猫はにゃーにゃーと鳴いているだけで、言葉を話す事はなかった。
「でも神様」リーゼは屈むとズルタンを抱きしめた。「ズルタンはとてもいい子なんです。人間を馬鹿にするような事なんてしてません。私たちのために一生懸命がんばってくれたの。どうかこの子だけでも言葉を返してあげてください」
「残念だがリーゼよ。例外は認められん。一つの例外を認めればまたもう一つ。そしてさらにもう一つと、次々と例外を認めてくれという声があがるに決まっている。この世界は私が人間のために造り上げた世界。動物達はその際に生まれた人間達を手助けするための存在にすぎぬ。その領分をわきまえずに、人間に危害を加えるなどもってのほかである」
リーゼがしゅんとした。「きびしいんですね神様って」
「リーゼよ。神というのはやさしさときびしさを兼ね備えた存在なのだよ。人々に祝福を与える事もあれば、罰を下す事もある。それが神というものだ。わかっておくれ」
リーゼはさびしげな表情でズルタンの顔を見た。
ズルタンはリーゼの顔をなめた。「わん!」
落ち込むリーゼの頭にコルベスが手を置いた。「ズルタンが気にするなってさ。たとえ言葉は交わせなくても心は通じている、そう言っているぞ」
リーゼが顔をあげた。「お父さん。どうしてわかるの?」
コルベスがリーゼの頭をなでた。「家族だからさ。お前もそうだろ」
リーゼははっとした表情でズルタンを見た。
ズルタンは笑顔で吠えた。「わん!」
リーゼは微笑むとズルタンの頭をなでた。「うん、そうだねズルタン」
神様はコルベス一家を見て微笑むと、白猫を抱いたトゥルーデのもとへ歩み寄る。
「さてさてヨリンデよ。お前さんは私が下した判断に異論はあるかね?」
トゥルーデは首を横に振った。「いいえ。神様に口を挟むなどおこがましいことです。それになりより、あの男は私の望み通り地獄行きになりました。私はこれで満足です」
「そうではないヨリンデよ」神様は白猫を指差した。「お前はそのものと二度と言葉を交わす事はできんぞ。それについて異論はあるかね?」
トゥルーデはコルベス一家を横目で見ると微笑んだ。「かまいません。私もこの子と家族ですから」そう言って白猫の頭をなでた。「ねえそうでしょマリィー」
「にゃー」白猫はそう鳴くとトゥルーデの頬をなめた。
神様は満足げな笑みを浮かべると広間を見渡した。牧師と金持ちのヒルデブラントが幼女ザンネをあやし、トリーネがごちそうをほうばっている。広間の端では女中グレーテルと爆乳女イルゼビルがなにやら話をしていた。
「あんたさ行くところなかったら」イルゼビルが言った。「うちに来ないか」
「えっ、よいのですか」グレーテルは驚いた様子だった。
「もちろんさ。一人で住むにはあの家はでかすぎるし、それにもう男はこりごりだよ」
グレーテルは満面の笑みでイルゼビルに抱きついた。「はい、イルゼビルお姉様」
神様は一通り広間を見渡すと言った。「さてと、これで私は退散するか」
「ちょっと待ってください神様」ハンスとエルゼが声をそろえて呼び止めた。
「どうしたのかね二人とも?」
二人は声をそろえて尋ねた。「神様、私たち子供が欲しいんです。どうすればいいのでしょうか?」
その日の夜遅く、新村長となったハンスが妻エルゼの巨乳を、乳搾りのごとくもみしだいたことは言うもでもあるまい。




