↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
72/77

第二幕 第五十一場

 村長の屋敷の広間では、馬鹿なハンスと巨乳少女エルゼとの結婚の話題で人々は盛り上がっていた。


 そんな中、村長ヨハネスは床に膝をつき、頭を抱えていた。


 ハンスのテーブルクロス引きを、少し離れていた場所で見ていた新人の女中は拳を握り、焦りの色を見せていた。「あ、あの馬鹿よけいなことを。これじゃあ、どれに毒が入っているか、わからないじゃないのよ」


「それじゃあみなさん」ハンスが言った。「乾杯しますのでグラスをお取りください」


 広間にいた人たちがぞろぞろと円卓に押し寄せ、次々とグラスを手にしていく。


「みなさんグラスを手にしましたね」ハンスがグラスを掲げた。「それじゃあ——」


「ダメ!」新人の女中が叫んだ。「飲んではダメよ!」


「おいおいどうしたんだ女中さん、血相を変えて」ハンスはそう言うと、隣に立つエルゼに顔を向ける。


 エルゼはワイングラスを片手に微笑んだ。


「あ、こらエルゼ。未成年がお酒を飲んじゃダメだぞ。女中さんが怒ってるじゃないか」


「あら、私ったらついついみんなにあわせてグラスを手に取っちゃった。ジュースにするわね」


「もう、おっちょこちょいだなエルゼは」ハンスはエルゼからグラスを取り上げると、新人の女中に顔を向けた。「もう大丈夫だよ女中さん。ご指摘ありがとうね」


「ち、ちがう……」新人の女中は真実を語る事ができずに口ごもる。


「それじゃあこのグラスは」ハンスはそう言うと、ひざまずいてうなだれている村長にグラスを差し出した。「はいヨハネスさん。まだグラスを取ってないでしょ」


 村長は恐怖で顔を引きつらせながらハンスを見上げた。


「どうしたんだい、ヨハネスさん」ハンスは微笑んだ。「今度こそ名前は間違っていないだろ。さあさあグラスを取ってくださいよ」


 村長は震える手でグラスを受け取った。「あ、あ、あ、ありがとう」声を震わせる。


 ハンスは居並ぶ面々に対して順繰りに笑顔を向けた。「それじゃあみなさん。この俺ハンスの結婚を祝して乾杯!」グラスを高く掲げる。


 一同もハンスにならうようにしてグラスを掲げた。「乾杯!」


 みんなが次々とグラスに口をつけワインを飲み干していく。


 村長はグラスに口をつけず、まわりにいる人々をきょろきょろと見回すも、誰一人としてもがき苦しむ様子は見せない。村長は自分が手にしているグラスを見ると、円卓に顔を向けた。そこには二つのワインの入ったグラスが残っていた。


「さ、三分の一じゃと……」


「あれれ、どうしたんだいヨハネスさん」ハンスが村長を不思議そうに見つめた。「どうして飲まないんだい?」


「いや、その、これは……その」村長の顔には汗がびっしょりと浮かんでいた。


 新人の女中が円卓に歩み寄る。そして残っているワインの入ったグラスが、円卓の上に二つと村長が手にしているものだけだと知ると、ほっと息を吐き安堵する。「よかった」そう言うと口元をにやりと歪め、村長をけしかける。「どうしたのですかヨハネス様。お飲みにならないのですか。毒が入っているわけでもないのに飲めないのですか」


「おい、そこのお前!」神様が村長に怒鳴った。「せっかくの祝いの席で、何をちんたらとしているのだ。さっさと飲まぬか。宴を台無しにするつもりか。いいか、これは神様の命令だ。断る事は許さんぞ」


 村長は苦りきった顔つきになった。「……ワシは」グラスを持っている手が大きく震える。


「のーめ、のーめ」広間にいた誰かがコールを始めた。


 それに呼応するかのように、人々が声をそろえてコールを始めた。「のーめ、のーめ」


 追い込まれた村長は奇声を発する。「や、やってやるぞ。こんちくしょうめが!」一気にワインを飲み干した。


 長い間、間があった。


「生きてるって……すばらしい」村長は死を回避した安堵から笑い声を漏らし、涙を流す。


 新人の女中がそれを見て舌打ちした。「悪運の強いやつめ」


「あれれ、ハンスさん」エルゼが円卓を指差す。「グラスが二つあまっちゃってるわ」


「あれれ、エルゼ本当だ。となると他の誰かに飲んでもらわないとね」ハンスはそう言うと新人の女中に顔を向けにっこり笑いかけると、力強く指差した。「と言うことで、そこの女中さん飲んでくださいよ」


「ええ!」新人の女中は思いも寄らない展開に驚愕する。「な、な、なぜ私が」


「だって女中さんがこのワイン用意してくれたんだぜ。その責任とってもらうよ」


「い、意味が分かりませんわ。それに私が仕事中ですので」


「いいっていいって。今日は無礼講。すこしくらい羽目を外そうぜ。村長命令だぞ」


「そうよそうよ」いつのまにか新人の女中の後ろに回り込んでいたエルゼが、その背中を押し進め、死の円卓へと誘う。「さあさあ飲んで。二つのうち好きな方を選んで。残った方はヨハネスさんにもう一度飲んでもらうから」


「ええ!」村長は悲鳴にも似た叫び声を上げた。「な、な、なぜワシが」


「だってあんなにもすばらしいって、涙するんですもの」エルゼは笑顔で言った。「それだったらもう一度、ヨハネスさんに飲んでもらいたいわ」


「なんという粋な計らい。心優しい人たちだ」神様が感心したかのようにうなずく。「さあさあそこの二人よ。村長とその妻の行為を無下にするではない。早く飲みなさい」


 円卓の前に立つ新人の女中は顔面を蒼白させた。二つのグラスを前にその手が震える。


「早く早く」ハンスが手拍子で煽る。


 新人の女中の手が二つのグラスの間を右往左往する。「……二、二分の一」横目で村長を見ると、両手を組み合わせ祈っている。まるで毒のグラスが当たってくれと言わんばかりに。


「早く早く」エルゼが手拍子で煽る。


 新人の女中は舌打ちすると、震える手でグラスを取った。ゆっくりと目の高さに掲げる。


「のーめ、のーめ」広間にいた誰かが再びコールを始めた。


 それに呼応するかのように、人々が声をそろえて再びコールを始めた。「のーめ、のーめ」


 追い込まれた新人の女中は奇声を発する。「や、やってやるわよ。そして生き残ってやるんだから。そしたら私の勝ちよ!」おそるおそるグラスを口元に運ぶ。


「いっけなーい」エルゼが言った。「ハンスさん、この女中さんよく考えたら未成年よ」


「そいつはしまった。それなら」ハンスは女中からグラスを奪い取る。「ここは代打でこの俺が飲みます」すぐさまグラスに口をつけてワインを飲み干した。


 新人の女中は死を回避した安堵からへたり込む。「た、助かった」


「やっぱりうめえや。あっ、そうだ」ハンスはそう言うと神様に向き直る。「神様。俺ね、神様に聞きたい事があるんです……」そこで急に口をつぐむと胸を押さえた。「く、苦しい」床に倒れ込み、身じろぎ一つしなくなった。


 人々が不意の出来事に唖然するなか、エルゼがハンスのもとにかがみ込みその体を揺さぶった。「ちょっとハンスさんどうしたの?」不審に思い、口に手をかざす。「息してない」次いで心臓に耳を当てると泣き叫んだ。「心臓も止まってる。ハンスさんが死んじゃった!」


 突然のハンスの死に、広間にいた人々が騒ぎ始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。