第二幕 第五十場
村長の屋敷の地下室では、女中のグレーテルと白い鎧を着た爆乳女イルゼビルが背中合わせに立っていた。
二人が猫耳娘マリィーからの襲撃を警戒していると、ベッドがきしるような音が響き始めた。
「いったい何の音だいこれは?」イルゼビルが言った。「お盛んな誰かがベッドで腰でも振ってるのかい」
グレーテルはイルゼビルが着ている鎧の横っ腹に視線を向けた。胸当てと背当てをつなぎ止めているベルトが、今にもはじけ飛びそうなくらい引き延ばされている。「ごめんなさい」
イルゼビルが疑問符を頭の上に浮かべた。「何を言ってるんだい?」
「仕方のない事だったんです。だってこんなことになるとは思わなかったから」
「意味わかんねーよ」
マリィーの雄叫びが地下室に響いた。
二人はしゃべるのを止め身構える。
暗闇からマリィーが飛び出し、イルゼビルに襲いかかる。そしてその瞬間、イルゼビルの鎧の胴体部分をつなぎ止めていたベルトがちぎれた。鎧の胴体部分は二つに分かれる。背当てはグレーテルと背中合わせだったためそのままだったが、胸当てはイルゼビルの爆乳に弾けだされるようにして、前方へ勢いよく飛んだ。
マリィーは飛んできた胸当てと空中で正面衝突し、はじき落とされた。マリィーは床にあおむけに倒れると、虚ろな目を天井へと向けた。
両手両足だけに鎧を装着した肌着姿のイルゼビルの横に、グレーテルが並んだ。
「なんで急に鎧がはじけ飛んだんだよ」イルゼビルは当惑している。
「あなたの胸が規格外だからですよ」グレーテルはそう言うと、警戒しながらマリィーの元へ歩み寄る。
グレーテルがマリィーのもとへ恐る恐るかがみ込んだその瞬間、マリィーが素早く体を折りたみ、そして跳ね起きした勢いでグレーテルに飛びかかる。
マリィーは空中でグレーテルの両肩をつかむと、回転する勢いを使ってグレーテルを地面へと叩き付ける。
グレーテルはうつぶせに倒れ、マリィーはその上にのしかかった。
マリィーはグレーテルのスカートを勢いよく捲った。そしてグレーテルのパンツごとナイフを装着したガーターベルトとストッキングをするりと脱がせる。その結果、グレーテルは生足どころか、何も穿いていないお尻をあらわにしてしまう。
「このクソやろう」イルゼビルがマリィーに向かってムチを振り下ろす。
マリィーはグレーテルから奪い取った戦利品を手にしながらバク宙を繰り返し、後方へと下がっていった。ムチは何も穿いていないグレーテルの白いお尻へと打ち付けられる。
グレーテルは悲鳴を上げる。「ちょっと何をするのですか!」
「うるせえ。文句ならあいつに言いな」イルゼビルは顎でマリィーを指し示す。
マリィーはグレーテルから奪い取ったガーターベルトの留め具から、一本のナイフを抜き取った。そしてパンツとガーターベルトとストッキングを投げ捨てる。運悪くパンツだけがワインの水たまりに浸かり、赤く染まっていく。
「なんてことするのよ!」グレーテルがうつぶせの状態から立ち上がろうとしたその時、マリィーが槍投げのようにして、勢いよくナイフをこちらに投げつけた。
その瞬間、グレーテルの世界はスローモーションとなった。自分に向かって一直線に猛スピードで襲いかかるナイフ、もはや逃れるすべはない。死という文字が脳裏に浮かんだ。
グレーテルは恐怖から逃れようと目を閉じる。真っ暗闇が広がり、そして甲高い音が響いた。しかしグレーテルにはなんの痛みも感じない。おかしいと思ったグレーテルが目を開けると、驚いた事に目の前には両手を広げたイルゼビルの背中があった。
イルゼビルは大の字のまま後ろに倒れ、グレーテルにもたれかかる。グレーテルは体勢を立て直すと、イルゼビルを抱きかかえた。
「しっかりして、イルゼビル!」グレーテルがイルゼビルの胸に目を向けると、一本のナイフがその胸のちょうど真ん中に突き刺さっていた。肌着には痛々しい赤い血がにじんでいる。「……ああ、なんてことなの」そう言うとイルゼビルの頭を抱え、己の胸に強く抱きしめる。「この人は私の事を恨んでいたはずなのに、それなのに私の命を助けてくれた立派な人間だわ」
「おい」イルゼビルのくぐもった声が聞こえた。
「ああ、なんてことなのイルゼビル!」グレーテルは泣き叫んだ。「あなたが死んでしまうなんて。私はあなたに何もしてやれなかった。ごめんなさい。もしあの世で会う事があるのならば、私はあなたのためになんでもするわ」
「おい!」イルゼビルが叫んだ。「私は生きてるよ!」
その声を聞いて驚いたグレーテルが抱擁を解くと、そこには平然とした様子のイルゼビルの顔があった。「生きている。どうして?」
イルゼビルは体を起こすとグレーテルに言った。「勝手に私を殺すな」
「だってその傷」グレーテルははイルゼビルの胸を指し示す。「どうみたって致命傷よ」
「安心しなよ」イルゼビルは胸に突き刺さっていたナイフを抜くと、自分の胸の谷間に指を入れた。そしてそこから小瓶を取り出す。取り出された小瓶にはヒビが入っており、そこから赤い血のような香水が漏れだしていた。「こいつのおかげで助かった」
「それじゃなんともないの?」
「ああ、無傷だよ」
「でもどうしてよ。もしも胸の谷間以外にナイフが刺さってしまったら、どうしていたのよ。あなた死んでるわよ。そんな危険を冒してまで、どうして私を助けたのよ?」
「理由はないよ。ただ体が勝手に反応しただけださ」
その言葉を聞いて感極まったグレーテルは、再びイルゼビルを抱きしめる。「ありがとう」
グレーテルの胸に顔を埋めるイルゼビルが言った。「ねえ、一つ聞いていいかい。あなたの胸って男みたいにごつごつしてないんだね」
「それはそうですよ。だって女ですもの」
「……女の胸」イルゼビルはそう言うと、グレーテルの背中に手を回した。「こいつは悪くないね。男どもがどうして女の胸に顔を埋めたくなるのかわかったような気がする。ねえグレーテル、しばらくの間、こうして抱いててもらえないかしら」
グレーテルはイルゼビルの頭を撫でた。「あなたの気が済むまで、抱いて差し上げますよ」
マリィーの雄叫びが地下室に反響した。
二人はすぐさま立ち上がると、お互いに背中を付け臨戦態勢に入った。だがしかし、マリィーの姿はどこにもない。
「忘れていました」グレーテルは身構える。「今はまだ戦闘中」
「せっかくいいところだってのに、邪魔しやがって」イルゼビルは舌打ちする。「また闇に乗じて襲うつもりだな」
二人の間に緊迫した空気が流れる。




