第二幕 第四十九場
村長の屋敷の広間では、乾杯の準備が滞りなく進んでいた。広間にある円卓には純白のテーブルクロスが敷かれ、その中央にワインのボトルが数本置かれていた。そしてそれを囲むようにして並べられたグラスに、新人の女中が次々とワインを注いでいく。
すべてのグラスにワインが注がれると村長が言った。「ご苦労じゃった。下がってよいぞ」
女中は頭を下げると立ち去る。
「ヨコハマさん」馬鹿なハンスが言った。「さっそく始めましょうぜ」
「ヨハネスじゃ」村長が笑顔を引きつらせながら言った。「まあまあ落ち着きなさいハンスよ」
「ヨガデスさん」巨乳少女エルゼが言った。「私待ちきれないです」
「ヨハネスじゃ」村長の頬がひくひくと痙攣する。「とりあえず落ち着きなさい」
先ほど立ち去った新人の女中が、少し離れた場所で三人を監視する。
村長が窓の外を指差した。「あっ、あんなところに神様が」口からのでまかせだった。
「なんだって神様だと」ハンスは右手を眉の位置に水平に当てると、窓の外を見つめる。
「どこどこ?」エルゼは両手を軽く握ると、それを望遠鏡に見立てて窓の外をのぞき見る。
二人が窓の外を食い入るように見つめている間に、村長は懐から毒のは入った小瓶を取り出しそのふたを開けると、円卓に並べられたワインの一つにそれを注いだ。村長は小瓶をしまうと、毒を注いだグラスを持ち上げ人差し指でかき混ぜる。そしてワインがもとあった場所に、赤く染まった人差し指で純白のテーブルクロスに印をつける。村長は満足げな笑みを浮かべると、ワインをもとの位置に戻した。
村長の一連の行動を新人の女中は見逃さなかった。「なるほどね」小声でつぶやく。「あれが毒入りワインの目印ってことね」
「ヨカデスさん」ハンスが村長に向き直った。「どこに神様がいるんだい?」
「ヨワレズさん」エルゼが村長に向き直った。「どこに神様がいるの?」
「ヨハネスじゃ」村長が笑顔を繕うのをやめあきれ顔になった。「神様ならワシの見間違いじゃったようだ。すまんのう二人とも」
「ええーそんなー」ハンスが残念そうに言った。「会いたかったのに」
「とほほ」エルゼががっくりと肩を落とした。「せっかく会えると思ったのに」
「みなさーんご注目くださーい!」突然陽気な声が響いた。
広間にいた人々が声のする方へと顔を向けると、そこには貧乳少女のリーゼとその愛犬ズルタン、そして白ひげを生やした老人が立っていた。
「ご紹介します」リーゼが老人を手で指し示した。「このお方はおっぱい祭りを見に来てくださった神様です」
「おっぱい村の住人よ。私は神です」老人は名乗った。「今日は晩餐会にお招きいただき大変うれしく思っています。存分に楽しませてもらうよ」
広間にいた人々がざわめき始めた。ピエロ達の演奏が止まる。
「すごーいハンスさん」エルゼが目を輝かせた。「あの人神様だって」
ハンスは両腕を組んで唸る。「……おかしいな。あのじいさん、どこかで見た事あるぞ?」
「こんな時にどうして神様が……」村長は顔をしかめた。
「神様!」そう叫んだのは幼女ザンネを抱いた牧師だった。「ようこそおっぱい村の宴へ」
「神様!」そう叫んだのは金持ちのヒルデブラントだった。「また会えるなんて光栄です」
牧師とヒルデブラントは神様のもとへ歩み寄り、ほめたたえる言葉を繰り返している。そのまわりには、神様にお近づきになろうと村の重役達が集まりだした。
その様子を遠巻きに見ていた猟師コルベスのもとに、娘のリーゼと猟犬のズルタンがやってきた。
「お父さん、私ちゃんと神様をお招きしたよ」リーゼは言った。
「よくやった。えらいぞリーゼ」コルベスはリーゼの頭を撫でた。
ズルタンはコルベスを見上げた。「わん、わん、わん」
「ズルタン」コルベスは咎めるような口調で言った。「夜は迷惑になるから吠えるなと教えただろ」
「お父さん、ズルタンったらさっきから吠えてばっかりなの。どうしちゃったのかな?」
「おいズルタン。どういうことだ?」コルベスが訊いた。
「わん。わん」
コルベスとリーゼが顔を見合わせ困惑していると、ピエロ達が再び音楽を奏で始める。
巨漢の老婆トリーネはピエロ達を監視し続けていた。「ピエロどもの殺気が増している。どういうことだいこれは? 何を企んでいるあいつら?」
トリーネはピエロ達が見据える先に視線を向けた。そこにあるのはたくさんの人だかり、その中心にいる人物は白ひげを生やした老人、神様だった。
「神様に怒りを抱いているというのかい、あのピエロ達は。いったいあいつら何者なんだい」
人だかりをかきわけ神様が現れた。神様は村長らがいる円卓へと歩を進める。その様子をピエロ達は横目でじっと見つめていた。
神様は円卓にたどり着くとハンスに微笑んだ。「まさかハンス、お前さんが新しい村長だったとは。祝福するぞ」
「ハンスさんすごーい」エルゼが声を大にした。「神様と知り合いだったのね」
ハンスは首を傾げた。「神様、俺を知ってるのかい?」
「知ってるも何も、お前さんがこの私をおぶって、おっぱい村に連れてきてくれたではないか」
ハンスは神様の顔をまじまじと見つめる。「ああ! あの時の白ヒゲのじいさんじゃねーか。まさかあんたが神様だったとは思わなかったよ」
まわりにいた人々から感嘆の声が上がった。
「まさかあのハンスが神様を連れてくるとは」おっぱい村の重役である老人の一人が言った。
「もしや本当に村長としてふさわしいのでは」別の重役の老人が言った。
「やつはこのおっぱい村に幸運をもたらすに違いない」さらに別の重役の老人が言った。
ハンスをほめたたえる言葉を聞いて、村長の顔つきが険しいものになる。
「ハンスよ。お前のような心優しい人間が村長を務めるという事は、それはそれはとてもすばらしいことだ」神様がハンスの肩に手を置く。「このおっぱい村のために尽力しなさい」
ハンスは敬礼をした。「お任せを神様」
村長が咳払いをする。「それじゃあそろそろ、乾杯といきますか」そう言って円卓に置かれたグラスに手を伸ばす。「前村長のワシ自ら、みんなにグラスを配ってやろうでは——」
ハンスが村長の腕を掴んだ。「まあまあ落ち着けってノアイェンスさん。まだ大事なことがあるだろ。そいつを忘れてもらっては困るぜ」
「ヨハネスじゃ」村長はハンスの腕を乱暴に振りほどいた。「なにがノアイェンスだ。一文字たりともあってないぞ」そこで一息つく。「それでハンスよ、大事な事とはなんじゃ」
ハンスは嬉しそうに笑みをこぼすと、広間にいる人々に向き直る。「みんな聞いてくれ!」大声でそう叫ぶと、自分の隣に立つエルゼを手で示した。「このたび新村長になりましたこの俺ハンスは、ここにいるエルゼを妻として迎え入れ、結婚する事をみんなにお知らせします」
人々から拍手と歓声があがった。結婚を祝福する言葉が飛び交う。
神様も笑顔で拍手を送った。「これはめでたいの。どれハンスよ。結婚についての意気込みを聞かせてくれ」
ハンスは照れくさそうに頭をかいた。「もうしわけないけど神様、どうやら俺の話は長くて要領を得ないらしい。さっきも村の重役達にぽかんとされたよ。だから結婚への意気込みを、びしっと一芸で示したい」
「一芸?」神様は戸惑う。「それはどういうことかねハンスよ」
「まあ見ててください神様」ハンスはそう言うと、円卓のまわりにいる人々に下がるよう手で示した。人々が下がるとハンスは円卓のテーブルクロスの両端に手をかける。「それじゃあいきますよ。一、二、三、はい!」テーブルクロスを勢いよく引き抜いた。
その瞬間村長は絶叫した。「なんじゃと!」
円卓の上に置いてあったワインのボトルやグラスは一つも倒れていない。テーブルクロスを引き抜く前となんら変わりはなかった。ハンスのテーブルクロス引きが見事に成功した証拠だった。
「このように」ハンスは凛々しい顔つきで言った。「結婚生活もばしっと決めるぜ。もちろん村長としてもな」
エルゼがハンスに抱きついた。「きゃーハンスさん素敵!」
一同が拍手を送るなか、村長は膝をつき頭を抱えていた。「……なんてこったい」




