第二幕 第四十八場
村長の屋敷の地下室では、女中グレーテルと白い鎧を着込んだ爆乳女イルゼビルとの死闘が未だ続いていた。
グレーテルが二本のナイフを同時に投げた。二本のうち一本は騎士のムチで叩き落とされたが、もう一本は騎士の鎧の胴体部分をつなぎ止めているベルトをかすめた。ベルトに深い切れ込みが入るも、なかなかちぎれない。
「しぶとい」グレーテルは舌打ちすると屈み、スカートの中から新たなナイフを取り出す。
「しぶといのはあんたの方だろ! いい加減観念しなよ!」騎士がムチを振る。
グレーテルは後ろへ飛び退きムチを避けた。だがしかし、着地した先にこぼれていたワインの水たまりに足を囚われてしまい、バランスを崩してしまう。
「もらったよ」騎士がムチを横に振った。ムチはグレーテルの首に巻き付き、きつく締め上げる。
グレーテルは巻き付いたムチを振りほどこうと必死になる。だがしかし、ムチはほどけない。ナイフでムチを切ろうとするも、息苦しくて力が入らず、うまくいかない。やがてグレーテルはナイフを落とし膝をついた。
「ここまでだったみたいだね、グレーテル」
騎士が勝利を確信したその時、後方の闇の中からすさまじい咆哮があがった。その声はまるでいきり立つ猫を彷彿とさせた。
「いったいなん——」騎士が振り向こうとしたその瞬間、何者かがその背中に飛び乗った。騎士はよろける。「だ、誰だい!」
グレーテルは騎士がひるんだその隙に、ムチを引きはがすと息を喘がせた。そして騎士の背中に取り付いた人物を見て驚愕する。それはなんと猫耳娘のマリィーだった。しかもその目の瞳孔は縦に開き、まるでケモノのようだ。
マリィーは雄叫びを上げると右手を高く掲げ、そして目にも留まらぬ速さで振り下ろした。
その瞬間、騎士の頭が兜ごと消し飛んだ。頭のない騎士はマリィーを背負ったまま、ワインの水たまりに倒れる。遠く離れた暗がりでは、兜がくるくると床の上で回っていた。
マリィーは騎士の背中に立つと、グレーテルをにらみつけた。
おぞましい悪寒に襲われたグレーテルは、瞬時にナイフを拾い上げて構える。
マリィーが飛んだ。その跳躍力は人間とは思えないほどすさまじく、天井へと一直線に飛んでいく。そして天井にたどり着く前にすばやく身を翻すと、その四肢を天井につけ張り付いた。まるで天地が逆さになっているかのようだ。
グレーテルは信じられない光景に、我が目を疑った。
そして次の瞬間、マリィーが天井を蹴ってグレーテルに襲いかかる。
グレーテルはこちらに飛びかかってくるマリィーに向けて、ナイフを斜めに突き上げて対抗する。
マリィーは空中でその身をよじり横回転する。するとわずかに軌道がずれ、グレーテルのナイフをさけた。そしてそのままグレーテルに体当たりを食らわせる。
床に打ち付けられたグレーテルはすぐに立ち上がろうとするも、マリィーにのしかかるようにして両手両足をおさえられ、身動きが取れない。グレーテルは拘束を解こうともがく。
マリィーはグレーテルを押さえ込みながら、その顔をにらみつけた。マリィーが大きく口を開けると、するどい上下の犬歯の間につばの糸が引かれた。マリィーの口からよだれが垂れ、グレーテルの頬を打つ。
マリィーがグレーテルに噛み付こうとした次の瞬間、マリィーの背中にムチが打ち付けられた。マリィーはのけぞり苦悶の表情を浮かべる。すかさず第二撃がマリィーの背中に打ち付けられた。マリィーは奇声をあげると前方に飛び退く。
拘束を解かれたグレーテルが体を起こすと、そこに首なしの騎士が立っていた。
「まったくビビらせやがって」そう言うと騎士の胴体部分の首元から、にょきにょきとイルゼビルの頭が生える。「飛び乗られた時に鎧がずれてなきゃ、危ないところだったよ」
グレーテルは驚いた顔でイルゼビルを見つめるも、背後で唸る声を聞いてすぐさま立ち上がりナイフを構える。
マリィーは四肢を地面につけ、まるで猛禽類のごとく身構えている。すぐにでも飛びかかってきそうな剣幕だ。
「こいつはちょっとやばくないか」イルゼビルが言った。
「一時休戦。共闘といきませんか?」グレーテルが提案する。
イルゼビルはそれに同意する。「ええ、いいわよ。決着はその後だ」
マリィーは二人に背を向けると走り出し、暗がりに姿を消した。
「まずい暗闇に乗じるつもりだ」イルゼビルがグレーテルに背を向けた。
グレーテルがイルゼビルの背中に、自分の背中を合わせる。「気をつけてください。今のお嬢様は普通じゃありません」
「いったい何者なんだあいつは? あんなの人間の動きじゃねえよ」
「私にもわかりません。ですがお嬢様は魔女の連れ子。ただものじゃないことはわかっています」
イルゼビルは舌打ちをした。「ったくついてねえよ。なんでこんなことになるかな」
「無駄口を叩いてないで、まわりを警戒してください」
「はいはい。わかりましたよ」イルゼビルはムチを構えた。




