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第二幕 第四十四場

 おっぱい村の村長の屋敷の地下室では、猫耳娘のマリィーが言葉をしゃべろうと懸命に声を出していた。だがしかし、にゃーという声だけがほのぐらい地下室に反響するだけだった。


「にゃーにゃーにゃーにゃー」マリィーは大きく息を吸った。「にゃー! にゃー!」


 マリィーはしゃべれない事に苛立ち、棚に並べられていた酒ダルを蹴った。


「ダメですよマリィーお嬢様。そうやってタルを蹴られては」いつのまにか女中のグレーテルが地下室の入り口に立っていた。グレーテルはにんまりと笑っている。


「にゃーにゃーにゃー」マリィーはグレーテルをにらみつける。


「あらあらお嬢様ったら、いつまでお戯れを続けるのですか」グレーテルは屈むとスカートの中からナイフを取り出す。「ちゃんと人間の言葉をしゃべってくださいよ」立ち上がり、両手に持った二本のナイフを構えた。「それともしゃべれないのかしら」


 マリィーは険しい表情を浮かべ、ゆっくりと後ずさる。


 グレーテルはマリィーの歩調に合わせてゆっくりと前進する。「村長様からあなたの事を聞きました。なんでも奥様に拾われた子だとか」


 マリィーが不機嫌そうに唸る。


「だからこそお嬢様は、奥様を愛されているそうですね。自分を拾い、愛してくれた奥様を」


 マリィーは唸るのを止めると、目つきを鋭くさせた。


「でもご存知でしたか。村長様の話によると、奥様が突然村を出て行かれたそうですよ」


 マリィーの顔つきは変わらない。相変わらず鋭い目つきでグレーテルをにらんでいる。


「どうやらご存知のようですね」グレーテルは笑みをこぼす。「実を言うと村長様から奥様がいなくなってしまった事を、お嬢様には決して言わぬよう命じられていたのです。村長様ったらあなたが嘆き悲しむ姿を見たくなかったそうですよ。落ち着いたらそれとなく伝える予定だった見たいです。だからこそ私にお嬢様の支えになってほしいとお願いされました」


 マリィーは後ずさりながら地下室の中央を通り過ぎた。


「でも笑っちゃいますよね。村長様ったらもう村長でもないくせに偉そうに命令しちゃってさ。未だに自分が村長のつもりでいる」グレーテルの口調が恨みがましくなった。「きっと新村長のハンスさんを殺して、その座に返り咲くつもりですよ」


 マリィーは信じられないといった表情を浮かべた。


「これは以外ですねお嬢様。ご自身のお義父様の事をよく知らないようで。あの男は反吐が出るくらいの悪党ですよ。きっとお嬢様のことも娘としてではなく、女として見ている。気づきませんでしたかお嬢様、あなたを見る村長様のいやらしい視線を」


「……にゃ」マリィーは唖然とした表情になった。


「だめですよお嬢様」グレーテルは楽しげな口調になる。「あんな男の優しい言葉にだまされては。あの男の口からでるのは嘘で塗り固められたものばかり」


 後ずさるマリィーの足がふらつきだした。


「だからこそわかる。村長様は今回の事件でも嘘をついている。知っていましたか、おっぱい祭りを中止しろと魔女から脅迫状が届いた事を。お嬢様方をはじめとする村人達がおっぱい祭りを楽しんでいる間、私たちは猟師猟犬達のみなさんの協力のもと犯人探しに翻弄していました」


 マリィーは怪訝な顔つきになる。


「その表情から察するに、どうやらこの件も知らなかったようですね。だったら教えてあげる。おっぱい祭りを邪魔しようとしていた犯人は、かつておっぱい村に住んでいた少女で、元おっぱいコンテスト優勝者。村長様はその名を聞いたとき酷く取り乱していました。おそらくは犯人に命を狙われるだけの事をしたのでしょう。あの男がやりそうなことだ」


 後ずさるマリィーの背に地下室の壁があたる。マリィー足を止めた。


 グレーテルがマリィーの目の前で立ち止まる。「犯人は村を去った後、魔女となりこの村に復讐しにきた。その魔女の名前はヨリンデ」


 マリィーの目が見開いた。


「ですが魔女ヨリンデは、たまたまこの村を訪れていた神様の手で葬られたそうです」


 マリィーはすべてが失われたかのような表情を浮かべた。


「魔女ヨリンデが葬られてすぐに奥様はいなくなった。これが何を意味するかわかりますよね。あなたのお母様であられる奥様は魔女ヨリンデ。そして神様の手で葬られたという事ですよ」


 マリィーは操り人形の糸が切れたかのように、床へと崩れ落ちた。


「魔女ヨリンデは女狐を人間に化けさせ、脅迫状を送りつけていた。となると、魔女に拾われたお嬢様は、はたして何者なんでしょうね」


 マリィーが目に涙を浮かべグレーテルを見上げる。


「ご安心をお嬢様」グレーテルはやさしく微笑みかける。「お嬢様が何者であろうとも、私の気持ちは変わりません。お嬢様は私にとっていつまでも」一呼吸間を置いた後、真顔でとげとげしく言う。「憎らしい存在です。この怨み決して忘れたりはしませんよ。お嬢様」


「……にゃーにゃー」マリィーがおびえた表情を浮かべている。


「そんなにおびえなくても大丈夫ですよ、お嬢様。お嬢様が私におっぱいコンテストの優勝賞金である百万グンデルをくださるのなら、私はよろこんでこのおっぱい村から出て行きますよ。もし断ると言うのならば、このおっぱい村に災いをもたらそうとした魔女の仲間として、重役達のもとに引きずり出し、裁かれる事になります。その時には命はないものと考えてください」


 マリィーが涙をこぼした。「にゃーにゃーにゃー」


「さっきからにゃーにゃーうるさいですよ。ちゃんとしゃべったらどうです。いつまでふざけているつもりですか」


「ふざけてるのはお前だ、グレーテル!」その叫び声はグレーテルの背後から響いた。


 グレーテルが咄嗟に振り向いた瞬間、その頬にムチが叩き付けられた。グレーテルは頬を赤くはらし、口から流れ出た一筋の血を拭った。


「まったくふざけやがってグレーテル」そう言ってグレーテルと向き合っていたのはムチを手にした白い騎士だった。「よくも私を裏切ったね」


 グレーテルはナイフを構え騎士をにらむ。「……その声はイルゼビルさん?」


「ああそうさ。私だよ。イルゼビルだよ」騎士は名乗った。


「どうしてあなたがそんな格好でここに?」


「てめえのせいだろうが!」騎士は怒りで震えている。「よくも私のドレスの紐に切れ込みを入れやがったな。どうしてそんなことをした。あのまま私が優勝してれば、あんたに賞金をやるって約束したのにさ」


「残念ですけど私は村長様に仕えていたせいで、誰かに服従するのが大嫌いな性格になっていました。だからあなたに従う事がいやだったの」


 騎士は鼻で笑った。「そんでこれがそのざまじゃねえかよ。お前はそこで泣いている小娘に負けてるんじゃねえかよ」


 グレーテルは目つきを鋭くさせた。「私が途中参加ではなく、最初っからおっぱいコンテストに参加していれば負けていませんでした。その証拠にお嬢様との獲得票数はたったの六票。途中参加で不利な状況でなければ、私が優勝していました」


 騎士が声をあげて笑った。「馬鹿っじゃねーの。この世は結果がすべてさ。もしも、なんて言い訳は愚か者がするもんだよ」そこでムチを振り下ろす。「覚えときなグレーテル」


 グレーテルは瞬時に横に飛び退きムチを避けると、すかさず騎士に向かって突進し、ナイフでその腹を斬りつける。だが頑丈な鎧の前では何一つ傷を与えられない。


「バーカ。この鎧の前じゃ、あんたのご自慢のナイフも無力だね」


 グレーテルが飛び退き、騎士と距離を取る。「……考えましたね」


「あっ、先に言っとくけどさ、地下室のドア鍵かけといたから」そう言うと騎士は自分の胸を叩いた。鈍い金属音が鳴る。「私を倒さないと、ここから出られないよ」


 グレーテルは唇を噛んだ。「卑怯者め」


「それはてめえだろうが」騎士が声を荒らげ、ムチを振るった。


 グレーテルは背を向け走り出す。その背後では騎士が振るうムチによって酒ダルがはじけ飛び、あたりに上等のワインをぶちまける。


 ほの暗い地下室で、女中グレーテルと白い鎧を着た爆乳女イルゼビルとの戦いが始まった。


 そんななか、一人取り残されたマリィーは絶望の縁にいた。「……にゃー」


 グレーテルと騎士との戦いが激しさを増し、地下室にけたたましい轟音を反響させる。


 マリィーは涙をこぼしながら、ドス黒い殺意に包まれていく。「にゃー!」

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