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第二幕 第二十六場

 おっぱい村の外の平野では、猟師猟犬達と狼達による激しい戦いが繰り広げられていた。猟犬と狼が取っ組み合い、その隙に猟師が猟銃に弾を込める。


 とある猟犬が狼とにらみ合いになり、牽制するかのように吠えた。


「くたばりやがれ狼め」猟師の一人が猟銃を構え、猟犬とにらみ合う狼に狙いを定める。


 狙われた狼はすぐさまにらみ合いを止め走り出した。そして自分と猟師の射線軸の間に他の猟師が割り込むようにして姿を隠す。


 猟師は舌打ちした。「ちょこまかと」


「あぶない後ろだ!」一匹の猟犬が叫んだ。


 猟師はその言葉に反応し身を伏せると、狼が自分の頭上を飛び越えて行く。狼は着地するとこちらに向き直り走り出そうとする。しかしそこへ別の猟犬が狼に襲いかかり取っ組み合いになった。


 猟師は猟銃を構え狙いを定めようとするが、猟犬ともみくちゃになっている狼を狙うのは至難の業で引き金を引く事が出来ない。「ちくしょうこれじゃあ無理だ! 猟犬よ離れるんだ」


 猟犬は命令通り取っ組み合いを止め狼から離れる。すると狼は走り出し、先ほどの狼と同じように猟師の射線軸の間に他の猟師が割り込むようにして姿を隠す。


「これじゃあ無理だ」猟師は焦りの色を見せると仲間に向かって叫ぶ。「みんな離れて距離を取るんだ! こんなに密集していたら弾が仲間にあたっちまう!」


「それはダメだ!」コルベスが叫んだ。「そんなことしたら狼どもの思うつぼだ」


「よそ見してんじゃねえよ」ビッグウルフが爪をむき出しにした右手をコルベスに向かって振り下ろす。


 コルベスは咄嗟に持っていた猟銃の両端を掴むと頭上に掲げた。ビッグウルフの右手は猟銃を真っ二つに破壊するとコルベスの額すれすれを通過した。コルベスはすぐさま後ずさる。


「やるね〜」ビッグウルフはさも感心したかのように唸る。「猟師達の中でお前が一番手強いと見た。なにせこっちの作戦を見破りやがった」


「俺たちを分散させて、お前が一人ずつ襲っていくつもりだったんだろ。そんなことはさせねえよ」コルベスは懐に隠し持っていた短剣を取り出した。


 ビッグウルフはにやりと口元を歪め、鋭い牙を見せる。「そんなちっぽけな短剣で、俺の牙と爪に張り合うつもりか。おいおい冗談はよしてくれよ。猟師ってのは銃があるから強いんだって。それがないお前はもうおしまいなのさ」


「なめていると痛い目にあうぞ」コルベスが短剣の先をビッグウルフの顔に向けた。


「おもしれえ。やってみろよ」


 コルベスは狙いを読まれないよう、短剣の先を左右に振り始めた。


 ビッグウルフはにやついた笑みを浮かべそれを見ている。


 コルベスがビッグウルフののど元に向かって短剣を突き出す。が、その途中でなぜか短剣を握る手を離した。そしてすぐさま放り投げた短剣の束を逆手でキャッチすると、ビッグウルフの腹めがけて振り下ろした。だがしかし、その刃が届くよりも先にビッグウルフの左手がコルベスの腕を掴んだ。


「おせえよ」ビッグウルフはコルベスの首めがけて右手を水平に振る。


 その瞬間コルベスの世界はスローモーションになった。爪をむき出しにしたビッグウルフの右手がゆっくりと近づいてくる。


 鋭い爪が自分の首筋を狙っている。そんなことされたらひとたまりもない。これでは死んでしまう、とコルベスは思った。自分の死を悟ったコルベスの脳裏によぎったのは家族だった。娘のリーゼ、それに猟犬のズルタン。


 ビッグウルフの爪がコルベスの首筋に差し迫る。コルベスが思わず目をつぶろうとしたその瞬間、視界の隅に現れた筋肉隆々の巨体を見て驚く。なんとそれは老婆のトリーネだった。


 トリーネはビッグウルフの右手を蹴り上げた。そして蹴り上げた足をそのままビッグルウフの脳天に振り下ろす。ビッグウルフは地面へと突っ伏した。トリーネはすぐさまビッグウルフのしっぽをつかむと自分を中心点とし、円を描くようにしてビッグウルフを振り回した。そして勢いが最高点に達するとビッグウルフを放り投げる。ビッグウルフはゆうに五十メートル以上飛んで行くと地面へと激突し、鈍い大きな音を立てた。


「あぶないところだったね」トリーネがにっこり笑った。


 コルベスは驚き入った様子だった。「ど、どうしてトリーネさんがここに?」


 トリーネは笑った。「私だけじゃないよ」そう言うととある方向を指差す。


 コルベスが指し示された方向に視線を向けると、そこにいたのは自分の猟犬ズルタンだった。


 ズルタンは仲間の猟犬に襲いかかる狼を奇襲する。ズルタンは狼に飛びかかるとその突き出た口を挟み込むようにして噛み付いた。口を閉ざされた狼はなんとかこじ開けようともがくが、ズルタンがそれを許さない。狼は後退して逃げ出そうとするがズルタンが引き止める。


 その膠着状況を見た一人の猟師が、狼に狙いを定め引き金を引いた。弾は狼の首に着弾し赤い血しぶきが飛ぶ。


 ズルタンは死んだ狼を放すと走り出す。他の仲間を助けるために。


「ズルタンのやつ留守番してろって言ったのに」コルベスが言った。


「馬鹿だねあんたはもう」トリーネがコルベスに言った。「ベテランがいなきゃダメだろ。それに年老いたとはいえ、ズルタンは立派な猟犬。まだまだやれるさ。年寄りをお荷物扱いするんじゃないよ」


 コルベスは年老いてなおその圧倒的な強さを誇るトリーネを見て微笑する。「わかったよ」


 不意に一匹の狼がトリーネの背後から襲いかかるも、トリーネの回し蹴りにより迎撃される。


 それを見た狼達はトリーネを警戒し、近づこうとしない。


「おやおや優秀な狼達だね」トリーネが言った。「返り討ちにされるのがわかっている。でもこれじゃあまずいね。このまま怖じ気づいて逃げられでもしたら後々面倒なことになる。いくら私でもこれでけの数の狼を一度に全部倒す事はできないよ」コルベスに顔を向ける。「なにかいい案はないかい?」


「任せてくれ」コルベスはそう言うと叫ぶ。「猟師達は俺のところに集まれ! 猟犬達はその間狼達をおさえてるんだ!」ズルタンに顔を向ける。「ズルタンお前が仲間達の指揮とれ!」


 ご主人に名前を呼ばれたズルタンが動きを止め、コルベスを一直線に見つめる。


「たのんだぞズルタン!」


 ズルタンは凛々しい顔つきで口元に笑みを浮かべた。「はい!」


 猟犬達が狼の相手をしている間、猟師達がコルベスのもとに次々と集まり始める。


「絶対に一人で狼を相手するな。二人組になり互いにフォローしあうんだ」ズルタンが走り回りながら仲間の猟犬達に指示を与える。「狼を倒そうとするな。足止めして時間稼ぐだけでいい。絶対に無茶をするなよ」


 猟犬達が二人組になり狼達に立ち向かう。その間に猟師達はコルベスを中心点とし円形状に陣形を組んだ。そしてさらにその外側にもう一つ円形の陣を取り、猟銃を構えた。


「ズルタン!」コルベスが叫んだ。


 ズルタンはうなずくと吠えた。「猟犬達よ。ご主人達のもとに走るんだ」


 猟犬達がいっせいに猟師達のもとに走り出した。


「待ちやがれ!」狼達が血眼になってこれを追う。


 猟師達の円陣の中に猟犬達が駆け込むと、外側で陣取っていた猟師達が発砲した。


 狼達が次々と倒れていく。運良く生き残った狼達は遮蔽物を探し逃げ惑う。


 外側で陣取っていた猟師達が屈むと、内側で陣取っていた猟師が銃を構えた。


「障害物はない。よく狙え」コルベスが言った。「一匹たりとも逃がすな!」


 狼達があわてて背を向けて走り出した。だが時すでに遅し、銃弾の雨が降り注ぎ、動く狼は一匹もいなくなった。それを見て猟師達が勝ちどきを上げ、猟犬達が吠えた。


「ほほほ、やったねコルベス」トリーネが拍手をする。「それにしても、あんたとズルタンはいつ作戦の打ち合わせをしたんだい?」


「なあに俺たちは家族」コルベスが言った。「考えている事なんて口に出さずとも伝わるさ」


 ズルタンが笑みになる。「ですね。ご主人様」


 猟犬達がズルタンのもとに集まりその勇姿をほめ讃える。猟師達はコルベスに賛辞を贈り、トリーネに感謝の言葉を伝えた。誰しもがこれで一件落着だと思っていたその時、大きな咆哮が鳴り響く。驚いた一同が顔を向けると、倒れていたビッグウルフがゆらりと立ち上がった。

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