第二幕 第二十三場
おっぱい村の広場の少し離れた建物の物陰では、女中のグレーテルと金持ちのヒルデブラントが密談していた。その声は陽気な音楽のおかげで広場にいる人々には気づかれない。
「どうでしたかヒルデブラントさん。うまく村長を言いくるめられましたか」
「簡単すぎて拍子抜けしたよ。よほど精神的に堪えていたんだろう。そういう追い詰められた人間ほど、扱いやすいものはないからね」
グレーテルはくすっと笑う。「そうですね」
「これで僕が村長になれば、その権限で妻と牧師を裁ける。そうすれば僕の大切な金も取り戻せるというものだ」
「約束は忘れないでくださいよ」
「わかってるよ。優勝賞金と同じ額の百万グンデルだろ。そのくらい僕が村長になればおやすいごようさ。だから君たちも一刻も早く祭りを邪魔しようとする犯人を捕まえてね」
「準備はできてますか?」
「もちろん」ヒルデブラントはそう言うと己の胸を叩く。するとゴツンと鈍い音がした。「血のりを仕込んだ鉄板を服の下に仕込んである。後は自作自演で死んだふりをするだけさ。殺される前に村長を辞めるなんて馬鹿がする事。賢い人間は死んだふりをしてやり過ごすものさ」
突然陽気な音楽が鳴り止み、村長の声が響いた。「皆の衆、突然だが大事な話がある。おっぱい村の村長であるこの私ヨハネスは、現時点を持っておっぱい村の村長を辞任する事をみなさんにお伝えします」
人々がざわめくなか、二人は広場にある舞台に目を向けた。そこには村長となぜかその隣に立つ馬鹿なハンスの姿があった。
「お、はじまったね」ヒルデブラントが服装を整え始めた。
「静粛に静粛に!」村長は大声をあげた。「私の後任については」そう言うと隣に立つハンスを指し示す。「ここにいるハンスをおっぱい村の村長とします」
「なんだって!」予想外の出来事にヒルデブラントが愕然とする。
「ヒルデブラントさん」グレーテルはヒルデブラントに顔を向ける。「これはいったいどういうことですか?」
「わからないよ。僕が知りたいくらいだ。どうして村長はあんな馬鹿を村長にするんだ」
「静粛に静粛に!」村長は手を叩いて人々の注目を集めた。「ただし、ハンスが村長を務めるにあたって一つだけ条件がある。それはハンスが何らかの事情により職務を遂行できない状況に陥った場合、この私が再びおっぱい村の村長としてその座に付き、職務を務める事とする。以上」
「村長のやつめ。なんてことを考えるのよ」グレーテルはくやしそうに拳を握った。
「女中よ、いったいどういうことだ?」
「村長は何も知らない馬鹿なハンスを身代わりに仕立てたのよ。これでハンスが村長として命を狙われる事になるわ。おそらく村長はハンスを見殺しにする。そして犯人が捕まったところでのうのうと現れて、再び村長の座に返り咲くつもりなのよ。なんて汚い男なの」
「それじゃあ僕たちの計画は……」
「水の泡ってことよ」
「そんな……」ヒルデブラントは頭を抱えると膝から崩れ落ちた。
「どうにかしないと、このままでは私は——」
「何をやっとるか!」村長の怒鳴り声が響く。
二人はどきっとし舞台に顔を向ける。
村長は手を大きく叩いた。「ちゃんと拍手をせんかい。これは村長命令だぞ」
「村長を辞めたくせに村長ずらしやがって。あのエロじじい」グレーテルの顔に苦渋の色が浮かぶ。「このままでは私は自由になれない」
「なあ女中よ」ヒルデブラントはグレーテルのスカートの裾を掴んだ。「僕はどうすればいいんだ?」
「そんなの私が知りませんよ。そのくらい自分で考えてください」
ヒルデブラントは立ち上がるとグレーテルの両肩を掴んだ。「頼むよ。教えてくれよ」
「ちょっと止めてください」グレーテルは後ろに下がる。
「頼む頼むよ」ヒルデブラントは後ずさるグレーテルの肩を離さない。
二人は取っ組み合いながら建物の物陰から広場へと、ずるずると移動する。そして広場へ出ると同時にグレーテルが足を滑らせた。ヒルデブラントも引きずられるようにして倒れ込む。あおむけに倒れるグレーテルに、覆いかぶさるようにのしかかるヒルデブラント。ヒルデブラントの両手はグレーテルの胸を掴んでいた。
広場にいた男が二人に気づいた。「ああ、ヒルデブラントがグレーテルの胸をさわってる」
「なんだって」別の男が言った。「そいつはルール違反だ。投票権没収だ」
ヒルデブラントはすぐさま立ち上がり弁解する。「こ、これは違うんだ」
「何が違うって言うんだ。この嘘つきやろう。これだから金持ちは嫌いなんだよ」
ヒルデブラントは集まった男達に引きずられて、どこかへ連れて行かれてしまった。
グレーテルのまわりには村の女達が集まり、慰めの言葉を掛けている。
「怖かったでしょうグレーテル」とある女が言った。「人気のないところに連れて行かれて」
「ほんと、男って最低」別の女が言った。「どうしようもないクズだね」
「ええ、まったくその通りですね」グレーテルはメイド服についたゴミを払いながら言った。「男は頼りにならない。自分の手でなんとかしなくては」




