気遣い
直前に告げられた言葉に思わず声を上げた。
「そ、そんな事してもいいんですか?」
レイダは途惑った顔でエレノアを見た。手にしていた箒を壁際に置いた。
「もちろんよ」
「でも…」
笑顔でその言葉を告げていたエレノアの顔も怪訝になる。
折角のプレゼントにレイダの反応が予想と違い不安そうにエレノアは後ろに居たライフを見上げる。彼も意外そうな顔で片眉を上げた。
「なんだか、嫌そうだね」
「そんなことないですっ!」
二人の顔色に気付いてレイダが声を上げた。
「ただ…ビックリしちゃって。ありがとうございます、お二人にそんな気遣いしてもらうなんて嬉しいです」
レイダの顔にはいつもの笑顔が戻りにっこりとお礼を告げた。
「ライフさんも、情報ありがとうございます」
「いや…俺の場合はキフィの奴が…」
ライフは言葉を濁しながら呟いた。
なんだか嫌な事を思い出したようだ。
「でも、本当にもし私が抜けるとしてこのお店は大丈夫なんですか?」
「平気よ。元々、一人でやってたし、ライフも手伝ってくれるしね」
その言葉はなんだか、自分がここには本来必要無いことを指摘されたようで一瞬卑屈な考えが頭をよぎる。
「まぁ、レイダちゃんがいない間は寂しくなってしまうけれどね~」
そのエレノアの口ぶりが本心からの物と分かりレイダは頭から先ほどの考えは振り切った。
「今日帰ったらケノワ様にも話してみますね! どうなるかは後で報告します」
片づけを終えると足早に夕暮れの雑踏の中に消えていったレイダを見送って、エレノアはちらりとライフの顔を確認した。
「ねぇ、レイダちゃん達がどうなってるのか聞いた?」
ライフは不満そうなエレノアの瞳を見つめてその滑らかな髪に指を滑らせた。
「いや、特には聞かないな。リュウじゃなくて相手がキフィなら噂が沢山入りそうなものだけどなぁ」
「あぁ、そうねぇ」
少し会ったなんとなくのイメージだけだが、キフィという少年は確かに注目を集められるカリスマ性を備えていた気がする。
「けど…同棲させてるのって不安…」
ぽつりとエレノアが呟くとライフが苦笑する。
「彼女と対して変わらない歳で自分も王都へ出てきたんじゃなかったっけ? それにそれこそキフィじゃなくて相手がリュウでよかったよ」
「そうかも知れないけど寂しいなぁ…」
レイダが働き始めて数ヶ月の間で、ライフとエレノアの二人にとっていつの間にか可愛い妹になってしまった。
二人とも実際に妹などがいた経験が無い分本当に大切に思っているのだ。
「なにかあった時にはいくらリュウでも許さないわよ」
エレノアは大真面目に告げた。
くしゅっ、隣りでケノワがくしゃみをしたのが聞こえてそちらを窺う。
「大丈夫ですか?」
「あぁ、別に風邪ではない」
そう答えたケノワの顔を続けてレイダは見つめた。
それに気付いてケノワが不思議そうにする。
「なんだ?」
手にしていた書類をテーブルに置きながらレイダの方へちゃんと向き直ってくれる。
早い夕食を済ませて二人ともリビングにあるソファに腰掛けていた。
特別な理由は無いのにレイダはケノワの隣りに座っている。
それは少しでも近くに居たいレイダの気持ちの表れなのだが、ケノワに伝わっているかは分からなかった。
「…はい、えっと…」
ケノワ自身から聞いた事で無いものを確認するのには凄く勇気が必要だった。こんな事を聞いてケノワが嫌がらないかと不安にもなる。
じっと待ってくれるケノワに勇気を出して訊ねる。
ケノワはレイダの言葉をないがしろにしない。
「今度お休みがあるって聞きました、ケノワ様はヤサへ帰られるんですか?」
一気に言ってからやっぱり怖くなり顔を俯かせる。
「休み? あぁ、あれか…考えてなかったな、実家なんて」
「えっ」
ケノワがあっさりと答えたことに拍子抜けして彼の顔を窺うと、ケノワは背もたれに腕を預けながらリラックスした様子で考える仕草をしている。
「休みといってもせいぜい取れても7日くらい…とり損ねていた休暇を消化する為に取らされるだけだ。レイダは、戻りたいのか?」
二人の出身地ヤサはこの国の南部に位置し、国を東西に横断する鉄道で東に向けて一日乗りある駅から更に馬車などで二日程かかる場所にある。きっと往復にほとんどを費やすだろう。豊かな資源を持っているが、場所自体はそんなに恵まれた場所にあるわけではない。
「…エレノアさんとライフさんは、ケノワ様がご実家に帰るなら一緒に帰れるように私にもお休みをいただけると…」
帰りしなに言われた言葉をそのまま感情を込めずケノワに告げた。
ケノワは少し眉を寄せて言葉を重ねた。
「…レイダが、どうしたいのかを訊ねているんだが」
「私、ですか?」
二人は自分が喜ぶと思い用意してくれた好意、それなのに自分にはとても喜べるものではなかった。そう思った自分が凄く醜く感じて苦しかった。自分が疎ましい。
「…私は…」
エレノア達の前でのように笑顔を作って彼の意見を聞くのが一番だと思っているのに、あの時のように上辺だけの笑顔さえ浮かばない。
「レイダがヤサへ本当に帰りたいというのであれば、自分も戻ってもいい。もう数年実家へは帰っていないからな。しかし、レイダはそれを本心では望んでいないんだろう?」
トスっと真ん中へと投げかけられた言葉が全てを見抜いていて、レイダは自分が動揺しているのが分かる。
心がぶれる、何とか両手で抑えこんで掴んでいたのにボロボロとこぼれ落ちるのを感じた。