焦心のティラミス
少し前からすると多忙を極める生活に疲れを感じながらアパートメントへ帰る。
いつもの様に部屋へ入るとレイダが嬉しそうに出迎えた。
「お帰りなさい」
ケノワの夕食を温めたレイダは私服に着替えたケノワへと皿を運ぶ。
「今日のスープは凄くおいしかったです。私にも作り方を教えてくださいね」
「あぁ、今度」
目の前に出された夕食を口に運びながら思う。
以前までであれば一人帰宅したあとは疲れていればあえて夕食を作ることもせずに寝てしまっていた。
しかし、レイダが居ると面倒は増えるのに疲れていた気持ちが軽くなる。
ケノワが食べ終えるまでじっと向かいに座り見つめていたレイダは、ケノワの皿をひくと手に小さな皿を持って戻ってきた。
「これ、食べてください。」
白い皿の上にはふんわりしたスポンジとカスタードやクリームが交互に何層にも折り重なっている。
一番上のクリームの上にはそのケーキのはかなさを示すかのように茶色の粉がまぶされていた。
「今日、作ったんです。疲れたときは甘いものです」
少し照れて笑う自分を気遣うレイダを見つめた。
「あ、一人じゃないですよ? エレノアさんに教えてもらいました。大丈夫です、ライフさんもおいしいって言ってくれたので。」
ケノワの目線をどう受け取ったのか慌ててレイダが補足を入れた。
別にケノワはこの食べ物の安全性を疑ったわけではなかったのだが…。
「これはなんと言うんだ?」
「ティラミスらしいです。王都で最近流行ってるお菓子らしいですよ」
手元をみた。
ティラミス、繰り返し折り重なるそれはキフィのようだと連想させた。
この国のサキを見つめながらも、僅かに残る体力さえも惜しみなく焦れた様に一人の少女の為に使おうとする。
そんな余裕なんて本当は無いだろうに。
そうして行なったサキヨミの結果が再び未来を変え、自分へ戻ってくる。
そうなることなどキフィは承知なのだ。
彼の覚悟なのだ。
「そうか、ティラミスか」
レイダの返事に短く答えると、ケノワはフォークをそのケーキに入れる。
少しの力で掬い取れる。
口に運んだそれは、ふんわりした外見からの想像よりも甘さが控えめで僅かな苦味が混じっていた。
まるで自分の考えを読んだかのような苦味。
「エスプレッソの豆を挽いてトッピングしているんです。だから、きっと甘すぎないと思います」
レイダの顔が感想を求めるそれでフォークを止める。
「食べやすいな。…ありがとう」
素直に礼を言うと一瞬大きく目を見開いた後、レイダは一気に頬を染めた。
「どういたしまして」
作戦部隊の半数以上を送り出した後も南の戦地のサキヨミを続けたキフィの試練は一月ほど続き、あっさり終りをむかえた。
神憑り的なサキヨミは前線に居る時よりも冴えていて、手伝いで増員されていた補佐隊のメンバーはもとよりパースたちさえも彼の実力を認めざるおえなかった。
彼の実力であれば、本当に王都で十分だったのだ。
キフィの事をただ単に我が儘なガキで自尊心が高いだけだと見くびっていた上層部も舌を巻いた。
キフィが根をあげる前に一般兵の方が通常と違う情報処理量に根をあげた。
既に前線に通常通りのサキヨミ部隊が着いている以上、キフィに無理にサキヨミをさせなくてもいいと切り上げられた。
「信じらんねぇ…」
キフィはのんびりとした声を上げた。
「何がでしょうか?」
自席に座りケノワは訊ねた。
特殊補佐隊は通常の人数に戻されて、パースたちも分室に戻っていった。
本当のところあのままキフィの部屋に隊を置くのが一番楽なのだが、キフィが嫌がったのだ。
しかし、それは以前と全く同じ理由ではないようだった。
キフィと隊のメンバーはお互いに実力を認め合った事で、キフィが彼らを部下ではないということも無くなった。
理由を直接確認した時にキフィが「俺は、静かな所にいたいんだよ」と呟いていたのはきっと本心だったと思っている。
「んあ? あれだな、俺の仕事ってこんな楽だったのかと認識してる所だ」
「それは私も思います」
通常業務に戻されたキフィの仕事はそれまでの強行的な仕事からすると気が抜けるくらい簡単だった。
パースたちも今回の仕事の経験できっとキャリアのステータスが上がっただろう。仕事を仕上げてくるのも効率が良くなっている。
「これで思う存分さぼれるな」
にんまりと今では血色の良くなった顔で笑う。
「…キフィ、それは了承できかねます」
「適度に仕事はするって、一人でぶらぶらしたり俺だってしたいつーの」
言いたいことは分かるが、堂々と言ってしまう彼にちょっと頭痛感じる。
「ケノワもいい運動になるだろう?」
訂正、完全な頭痛で間違いない。




