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幽心庵の温かい日々  作者: 宵月 ゆう
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第参話 :月夜の秘密パフェと、闇を喰らう猫

秋の冷たい風が吹き抜ける夜。

フードを深々とかぶった神楽坂(かぐらざか)みう(22)が、泣きそうな顔で幽心庵の暖簾をくぐった。

しかし、その少しあとのこと。

同じ暖簾を、スマートフォンの画面をニヤニヤと眺めながらくぐってきた一人の男がいた。名は男鹿(おが)(30)。

彼は、みうをグループ脱退へと追い込んだ、ネット上の悪質なアンチアカウントの主だった。

「元アイドルが逃亡w」「今夜も叩いて炎上させてやるか」と、匿名という暗闇に隠れて酷い言葉を投げつけ、誰かを追い詰めることに歪んだ快感を覚えていた男だ。

男鹿は、道に迷って偶然見つけた幽心庵を「古くさい店だな」と見下しながら、みうのすぐ隣の席へと腰掛けた。みうは男鹿の存在に怯え、身体を小さく縮こまらせる。

「いらっしゃい……おや、随分と『ドブのような匂い』をまとったお客さんだねぇ」

カウンターの端で煙管(キセル)をくゆらせていた猫又のクロが、黄金色の目を妖しく光らせた。

男鹿は吐き捨てるように言った。

「なんだよその言いぐさ。客だぞ? 適当に酒とつまみを出せよ。あ、あとこの店、ネットで酷評レビュー書いてやろうか?」

男鹿はスマホの画面をタップし、いつものように心ない悪口を打ち込もうとした。

その瞬間――。

「ピチャリ」

スマホの画面から、黒く濁ったドロッとした液体が滴り落ちた。

「うわっ!? なんだこれ……!?」

男鹿が驚いて画面を見ると、彼がこれまでみうや様々な人々に浴びせてきた「死ね」「消えろ」「ゴミ」といった大量の誹謗中傷の言葉が、ドロドロの黒い泥となって画面から溢れ出し、男鹿の手や腕にまとわりつき始めたのだ。

「ひっ……! なんだこれ、取れない……!」

「ひどい匂いだねぇ」

クロが静かに立ち上がり、トタトタと男鹿の目の前まで歩いてくる。

その背後で、いつの間にかクロの影が巨大な二本尾の化け猫の姿へと膨れ上がっていた。

「人間ってのは愚かだねぇ。吐き出した毒は、画面の向こうに消えてなくなるとでも思っていたかい? あんたが吐き出した悪意の泥はね、全部あんたの背中に溜まって、どす黒く腐っていたんだよ」

店主の勘吉も、普段の温和な笑みを完全に消し、重々しい声で呟いた。

「うちの店はね、傷ついた人を癒やす場所だ。だが……他人の心を踏みにじる鬼に食わせる飯は、あいにく置いていないんだよ」

勘吉が「ふっ」と息を吹きかけると、男鹿の足元が底なしの「黒い泥沼」へと変わり、男鹿は腰まで沈み込んだ。

「助け……助けてくれ!!」

恐怖に顔を歪ませて叫ぶ男鹿の耳元で、クロが冷たく囁く。

「安心しな、命までは取らないよ。ただ……あんたが誰かを傷つけるために使ったその『舌』と『指先』に、あんた自身が吐いた毒の味をたっぷり染み込ませてやるさ」

クロが「フッ!」と強く威嚇の声をあげると、泥から無数の黒い手が伸び、男鹿の口と手を覆い尽くした。

男鹿は「うぐっ……! ぶはっ……!」と、自分が過去に書き込んだ悪意の泥を、無理やり喉奥へと流し込まれる地獄の苦しみを味わったのだった。

「ひぃぃぃぃっ!!」

悲鳴を上げながら、男鹿は弾かれたように店から外へ逃げ出していった。

(※男鹿はこの夜以降、ネットで誰かを叩こうとスマホを操作するたび、口の中に『腐ったドブの激痛と激臭』が走り、二度と誰かを傷つける言葉を打ち込めない身体になったという――)

静けさが戻った店内で、震えるみうに、クロは無愛想に言った。

「あんなゴミの吐瀉物(としゃぶつ)を真に受けて、あんたが傷つく必要なんてないんだよ」

そう言ってクロが差し出したのが、自家製の抹茶ゼリー、ほうじ茶グラノーラ、漆黒のごまアイス、そして満月のような栗ペーストをのせた『月夜の和パフェ』だった。

「甘いだけの人生なんてないさ。苦みや渋みを知っているからこそ、あんたの笑顔は本物になるんだ」

みうはパフェの甘さと苦みを噛みしめながら、ポロポロと涙を流した。

自分の影も、傷も、すべてを受け入れてもらえたような気がしたからだ。

翌朝、公園のベンチで目を覚ましたみう。

幽心庵や、あの恐ろしい妖怪の仕置きの記憶はキレイに消えていたが、胸を苦しめていた「恐怖」と「絶望」は跡形もなく消え去っていた。

ポケットには、小さな黒ごまの和三盆飴。

みうは朝日を浴びながら、前を向いて歩き出した。

一方、街のどこかでは、二度とスマホで誰かを叩くことができなくなった男が、ガタガタと震えながら画面を閉じているのだった――。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

今回は、ネットの心ない言葉や誹謗中傷に傷ついたアイドルと、クロちゃん特製パフェのお話でした。

誰もが簡単に言葉を発信できる時代だからこそ、幽心庵のような「傷ついた心を優しく包み込んでくれる場所」があったらいいなと思いながら執筆しました。

もし「少しでも心が軽くなった」「クロちゃんやパフェに癒やされた」と思っていただけましたら、作品ページ下部から【ブックマーク登録】や【ポイント評価(★★★★★)】で応援していただけると、執筆の大きな力になります!

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