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……トン、ゴトン……


家から駅までの距離が近いせいでしょうか。

夜になると、やけに電車の走る音が響いてくることがあります。

それだけ静かな町だと考えれば恵まれた状況と言えるのかもしれませんし、実際のどかな田舎町です。


しかし、雨の降る晩に聴こえてくる電車の音、とりわけレールの継ぎ目を乗り越えた時の音が大きく聴こえる日となると、自分はどうしても一人の人間を思い出してしまうのです。


自分の住んでいる地域は結構な田舎で、電車に乗れば線路沿いに畑や田んぼがたくさんあります。

家が駅に近かったこともあり、高校時代に電車で通学する時などは、窓から見える線路沿いの畑で、自分の祖母が手を振っていたりしたものです。


同級生であった彼が飛び込んだのも、そんな田んぼ沿いの線路の上でした。


彼は明るく豪快なタイプで、よく人を笑わせていました。

自分は中学三年生で同じクラスになりましたが、彼は小学校時代から全く変わらない奔放さで、毎日を明るく過ごしていました。

しかし、いわゆる不良タイプの人種にはめっぽう弱く、いざそういったタイプの人達と問題が起きそうになると、それがどんな些細な事であれ平身低頭、謝りに徹するわけです。

豪快だが繊細な部分があるというか、平和主義者というか、悪くいえば世渡り上手の強いものには巻かれる主義ともいえました。


そうした性格ですので、ちょっとした事があった場合、当たりちらすには格好の人間だと、不良タイプの人達に認識されてしまったのです。

それ以来、何かあるたびにとりあえず絡まれ、そのたびに彼がひたすら謝るというのがクラスの恒例となりました。

しかしそれは半ば以上はじゃれあいに近く、大概は冗談まじりに行われておりました。


最後の場合だけを除いて。


よく知られているとおり、不良系の中でもクラスを引っ張っていくタイプには、クラスを治めているという自負心があるからか、学校行事に気合いをいれる人間が多いのです。

他のクラスを引っ張っている人間には負けてたまるか、という心持ちでしょうか。


クラスのリーダーが気合いをいれて行事練習に望んでいる、そんな時に自分は彼とふざけあっていたのです。

もちろんクラスのリーダーがそんな自分達を見逃すはずもなく、怒り顔でこちらへ近づいてきます。


どちらかといえばちょっかいをかけていたのは自分の方でしたが、クラスのリーダーの怒りの矛先は、いつものごとく彼に向けられてしまいました。

しかも行事練習で、なまじ気合いが入っているだけに、いつもよりも怒り方まで違います。

彼の胸ぐらをつかまえて何度も壁に叩きつけ、怒鳴りつけました。

彼はすっかり畏縮して、「ごめん、ごめん、ごめんなさい」と必死に謝り続けました。

しかしそれでもこの騒ぎは収まらず、結局そのいつもより緊迫した状況を見るに見兼ねた周りの数人が止めにかかり、ようやく事態は鎮静化しました。


こうして騒ぎは収まりましたが、それっきり、翌日から卒業までの間、彼の姿を見る事はありませんでした。


それから自分は少し遠めの高校に進学し、毎日一時間ほど、電車に揺られて通学するようになりました。

そうしてしばらく経ち、季節が夏にさしかかる頃、電車の中で偶然、彼に出会いました。


一年ぶりでしょうか。

髪もヒゲもボサボサに伸びており、やけに太ってしまった彼が最初に話しかけてきた時には、一瞬誰だかわかりませんでした。

服装も綺麗とはいえず、もし同期生でなかったらホームレスの人達と区別がつかない程に、全体的に薄汚れた外見をしておりました。

しかし見た目は変われども、彼は中学生時代と変わらない明るさで話しかけてきました。

どうやら彼はどこかで働いているようで、羽振りがいいような事や、仕事の話などをしてきました。

自分は彼が中学校を登校拒否した原因が自分にもあると、少なからず負い目があったのですが、今の状況を自慢げに話す彼を見るうちに、そんな考えも霧散していきました。

また、それからも彼とは電車の中でたびたび出会い、そのたびに毎回、彼の人生が順風満帆であるというような話を聞きました。


それから年月が経ち、高校を卒業して電車にも乗る事がなくなると、もう彼とは会う事がなくなりました。

ようやく次に彼を見たのは、二十歳を過ぎてからの事でした。

梅雨に差し掛かる時期の、雷まじりの雨の日です。

友人と夜中まで遊び、コンビニに寄った時に、何年ぶりかに彼を発見したのです。


ちょうどコンビニから出てきた彼は、高校時代よりもさらに髪が伸び、ヒゲも長く、そして太ったようでした。

もしかすると、彼は自分が高校に通ってる時から髪を一度も切ってなかったのかもしれません。

そしてなにより、コンビニにもかかわらず彼の足は裸足で、これ以上ない程に泥だらけだったのです。

彼の下半身は太ももまで、まるでこの雨の中、野山を裸足で駆け回ったかと思える程、泥にまみれていました。


あまりにも雰囲気が変わってしまった彼に、声もかけられずにいると、彼はそのままペタペタと、傘もささずに去っていきました。

そのとき一緒にいた、同じく同期生である友人も、彼のあまりの変化に愕然としていました。

その風貌が、あまりに正常な人間のそれと掛け離れていたからです。


しばらくすると自分の住む町に、一つの噂が流れました。

雨の日の夜中、泥だらけで奇声をあげて走り回る男の噂です。

自分と友人には心あたりがあり、多分それが正解に違いないのでしょう。

彼です。

彼はやはり、あのコンビニで見かけた時点で精神に異常をきたしていたのです。


それからまた一年以上経ち、噂が巡り巡って家族からもこの話を聞くようになり、彼を知る人々が少しずつ真相に気づきだした頃に、地方新聞の隅に、小さく彼の名前がありました。

夜、電車が通る直前に、線路脇の田んぼから飛び出して、自ら電車に轢かれたんだそうです。

なんでも彼は、飛び出した後に線路の真ん中にうつぶせ、頭を抱えて、自分が轢かれる瞬間を見たくなかったかのようなポーズをとって轢死したそうです。


奇しくも彼が自殺した日も、以前コンビニで見かけた時と同じような、雨と雷が降り注ぐ日でした。

その日、自分は偶然にも彼の事を思い出したので、よく覚えているのです。


夜、屋根に叩きつけるような雨と雷の音。

そこにもう一つ、そのどれにも属さない物音が聞こえた気がして、自分は部屋のカーテンを開けたのです。

すると、向かいの家も霞むような視界の中で、家の前にある道路から、こちらへ視線を向けているらしい人影が見えました。

カーテンを開けたからか、人影はすぐに踵を帰し、逃げるように走り去ってしまったので、どんな人物だったのかは正確に見る事ができませんでした。

見えたのは、泥にまみれた裸足の足だけです。


しかし自分にとっては、夜中に裸足で外を歩き回るような人物は、一人しか思い当たりません。

だから、思い出したのです。


彼の死亡時刻は終電間近で、自分が泥だらけの足の人物を見たのはそれから一時間以上も後の事ですが、それでも自分には、あれが彼だったとしか思えません。

自分の所に来たのはやはり、そもそものきっかけが自分にもあるからなのでしょうか。

今となってはわかりません。


ただ、今でも時々、激しい雨と雷の夜には、雷雨の音に混じって、もう一つ別の音が聞こえる気がする事があります。

そんな時は、決まってカーテンの向こうから、奇妙な視線を感じるのです。

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