障子の向こう
階段を登ってくる音がする。
古い家なので、一段登るごとに軋む音が聴こえてくる。
トン、トン、トン、トン
夕方。少し早い気がするものの、息子が帰ってきたのだろうか。
階段を登りきったあたりで足音は止まった。
階段を登ると障子戸があり、そこを開くと隣の部屋の入り口になる。さらに襖を開くとこの部屋、その奥が彼の部屋である。
しかし、いつまでたっても障子戸の開く音はしない。そこで何をしているのだろと思った母親が声をかける。
「おかえり」
「ただいま」
返事があった。しかし、やはり障子戸を開ける気配はない。
「どうしたの?何かあった?」
「…………」
「おーい、どうした?」
「…………」
返事も無くなってしまったので、痺れを切らして襖を開けると、そこには閉まったままの障子戸があり、その向こうは明かりもついておらず真っ暗だった。
ひょっとして忘れ物を取りに下へ降りたのかと思ったが、しばらく経っても戻ってこない。
ひょっとして何かあったのかと心配になり、携帯電話で息子に連絡することにした。
「はい、もしもし」
息子の声である。
いかにも何事もないといった感じの。
「あ、もしもし。いまアンタどこにおるの?」
「いま? いまはちょうど仕事が終わって帰るところだよ」
それはおかしい。
だってさっき、階段から上がってきた足音の主は、間違いなく息子の声で「ただいま」と言ったはずだ。
それを聞いた息子は笑いながら、じゃあ今から急いで帰ればもう一人の自分に会えるかな?と言った。
冗談じゃないわ、やめてくれ。
そう言って電話を切った。
この家では、こういう事が時々起こる。




