探る者と追う者
「ナタリー、アカネさんがエレベーターに乗るまで、絶対にサヤを近づけさせないわよ!」
「言われるまでもない!」
真っ白な霧が渦巻く地下三階のコンクリート空間。アカネさんは傷ついた左腕を庇いながら、背後にある大型エレベーターへと後退中だ。
出血がひどい。一刻も早く地上で待機しているユカリさんと合流させなければ。
私は霧から脱出してきたナタリーと合流し、二人で傷ついたアカネさんを庇うように立ち塞がった。
濃密な霧の奥から、足音も立てずに一つの影が滑り出てくる。
無機質な虚ろな瞳をしたサヤ。
サヤの視線が、一瞬だけ後退する手負いのアカネさんを捉えた。
次の瞬間、フェイントを織り交ぜながらサヤの姿が消えた。
狙いはアカネさんだ。一気に私たちの横をすり抜けようと加速する。
「行かせないッ!」
私は左手のギミックを弾き、極細の鋼糸をサヤの足元へ向けて射出した。
直接縛り上げるつもりはない。触れられれば鋼糸ごと霧化されるだけなので、彼女の足元の瓦礫を跳ね上げさせた。
シュガッ! とコンクリートの床に鋼糸の先端の重りが突き刺さる。
スピードを落としたサヤは舞い上がった瓦礫を忍刀で払いのけ、なおアカネさんを追おうとする。
ナタリーが間髪入れずに愛銃の引き金を引く。
放たれたマグナム弾は、サヤの胴体を正確に捉える軌道を描いた。
だが、サヤは表情一つ変えず、飛来する銃弾を無視した。
パスッ。
鉛の弾丸がサヤの身体に触れた瞬間、気の抜けた音と共に一瞬で真っ白な霧へと変換され、無害な煙となって霧散した。
「本当に、物理法則を無視したふざけた能力だ……!」
ナタリーが忌々しげに悪態をつく。
だが、サヤが銃弾を霧へと気化させている間に、私はアカネさんに追いついてサヤを迎え討つ態勢を整えた。
私は腰のポーチから、事前にナタリーから預かっていた小型爆弾を取り出し、サヤの足元へと正確に投げこんだ。
サヤは爆弾を一瞥するなり、爆発を霧化させるのではなく、自身が下がることを選んだ。彼女は羽のように軽い身のこなしで後方へと大きく跳躍する。
ドォォンッ!!
爆弾が炸裂し、激しい爆風と煙がサヤと私たちの間を隔てた。
ダメージを与えることはできなかったが、これで完全に彼女の足を止めることには成功した。
背後でエレベーターが閉まる音が聞こえた。
「……ユキ、ナタリー。絶対にサヤを助けて」
アカネさんが、悔しそうに顔を歪めながら言葉を残す。
ウィィィン……。
重い鉄の扉が完全に閉まり、モーター音が上階へと遠ざかっていく。
これで、一つ目の目的は果たした。
ここからは、私たち二人だけで、悔しくも敵に利用されたサヤを相手に足止めし続けなければならない。
「……アカネが逃げたことで、ターゲットがこっちに切り替わったぞ」
ナタリーが、銃口を構えたまま引きつった声をこぼす。
爆煙が晴れた向こう側で、サヤの虚ろな瞳が、今度は明確に私とナタリーに向けられていた。
スッ、と。サヤが忍刀の切っ先を下げ、腰を落とす。
「来るわ!」
私が叫ぶのと同時だった。
サヤは足元のコンクリートを蹴り上げ、私の懐へと一直線に肉薄してきた。
下からの鋭い斬り上げ。
私は咄嗟に右手のクナイを交差させ、その白刃を受け流そうと構えかけた。
だが、刃が交差する直前。
先ほどアカネさんの氷の盾が「削り取られた」光景が脳裏をよぎった。
(だめ、受けちゃいけないッ!)
私は無理やり体を捻って後方へと跳躍した。
サヤの忍刀が、私の構えていたクナイの刃の先端をほんの数ミリだけ掠める。
――ガキンッ!!
サヤの刀に掠った私のクナイの先端は、力負けはしたものの霧とはならなかった。
態勢を立て直した私は、自身のクナイを見て、欠けていないことに気づく。
忍刀の攻撃には霧化する力は乗らない。私はそう判断した。
「クソッ、ガードすら命がけかよ! どんな初見殺しだ!」
ナタリーが牽制の弾丸を二発撃ち込む。
サヤはそれを身体で受け止め、弾丸を霧に変えながら、今度はナタリーへと標的を変えて疾走した。
「ナタリー、いなしながら法則を見つけて!」
シュンッ! シュガッ!
サヤの放つ変幻自在の連撃を、ナタリーは紙一重のバックステップとスウェーで躱し続ける。
受け流すことも、銃身でガードすることも許されない。完全なノーミスを強いられる、極限の回避戦。
私はナタリーへの追撃を断ち切るため、サヤの背後からクナイを投げる。
サヤは背後に目を向けることなく、自身に触れたクナイを霧化させた。
バシュッ! と音を立てて、飛来したクナイがすべて霧へと変換された。
(……冷静に霧化する条件を見極めないと)
私はクナイを握りしめ、荒い息を吐きながらサヤの動きを観察した。
彼女の能力は「触れたものを霧にする」という理不尽なものだ。だが、もしどんなものでも無条件で霧にできるのなら。
私は声を張り上げながら、床に落ちていたコンクリートの破片を拾い上げ、サヤへ向けて連続で投げつけた。
サヤは忍刀で破片を弾いた後は足を止め、残りの破片は気にせずに霧へと変えた。
「霧に変換できるのは、サヤの身体からごく短い範囲だけだと思う!」
私は確信を持ってナタリーに告げた。
「そうじゃないと、さっきアカネさんに攻撃する際に足技を使わずに、最初から忍刀の刃に霧化を使ったはずじゃない!」
私はさらにコンクリートの破片を投げつけながら、ナタリーに叫んだ。
「何か対象を霧化している最中にも、全身に霧化のバリアを纏えるか試して!」
「……無茶言うなよ。だが、分かった!」
ナタリーは私の意図を即座に汲み取った。
私が投げた破片をサヤが霧に変化させて防いでいる。その隙にナタリーはひと際大きなコンクリート片を両手で持ち上げ、サヤの上空に投げつけた。
サヤは消えるように移動してコンクリート片を避けた。
「検証すら無理だろ!」
サヤの能力は無敵ではないはず。だが、検証すら簡単にさせてもらえない。
今分かっているのは、忍刀の刃先まで霧化を纏わせることもできないことだけだ。
(サヤ……お願いだから、正気に戻って……!)
心の奥底で、悲痛な叫びがこだまする。
攻撃して傷つけることもできず、私の声も彼女の閉ざされた心には届かない。
サヤが再び忍刀を構え、ジリジリと間合いを詰めてくる。
その圧倒的なプレッシャーの前に、私とナタリーは少しずつ後退を余儀なくされていた。
「ユキ……このままじゃ、ジリ貧だぞ」
ナタリーが、息を切らしながら小声で囁いた。
「私たちは勝つ必要はない。だが、この『触れられたらアウト』の鬼ごっこをいつまで続けられる? キサラを逃がせば、元も子もないぞ」
その時だった。
私の耳元のインカムから、安全圏にいるユカリさんの声が響いた。
『ユキちゃん、ナタリー! アカネちゃんがこっちに合流したわ!』
「アカネさんの怪我は!?」
『とりあえず、医療用ホッチキスで傷口を塞いで、包帯をきつく巻いて止血だけは済ませたわ。本格的な治療は後回しよ』
続けて、インカムの向こうからアカネさんの声が割り込んできた。
『ユキ。私はキサラを追う。魔法少女システムの根幹に携わっているとレイが言っていた』
確かにキサラから解放する方法が聞ければ戦いは終わる。
それに、キサラを逃がせば更なる増援がくるかもしれない。
「……お願い!」
ふと、天井を見上げる。
サヤが霧化させ、ポッカリと穴が開いたコンクリートの天井に、霧が漂っていた。
(アカネさんの氷は一時間くらいで跡形もなく消える。以前にサヤが私を霧化して逃がしてくれた時は十五分くらいで元に戻ったから、天井も元に戻るのかもしれない)
虚ろな瞳のサヤが再び私たちに向かって地を蹴る。
私はキサラを捕まえるまで、魔法の検証をしながらも、命がけの鬼ごっこをする決心をした。
***
軽い治療後にすぐさま行動に移そうとしたアカネにノヴァが抱きつく。
「ノヴァ! 離れて!」
「ヤダ、私も連れて行って! 探索は私の仕事だからついていく!」
「だめ!」
アカネは一刻も早くサヤを解放するためなら、どんな危険も冒すつもりだった。だからこそ、ノヴァを連れては行けない。
「私の能力を使って、リアルタイムに状況を見ながら追うの。それしかキサラは見つけられないよ! お願い、私も連れてって!」
アカネは比較的安全な場所にノヴァを待機させたい。
だが、ノヴァは自ら危険な戦場へ赴くと言って聞かない。
「……ノヴァちゃんの言う通りかもしれないわ。地下とかの電波が届きにくい場所だと、サポートがほとんどできないの」
ユカリさんが、悔しそうな声を滲ませながらも同調した。
四の五の言っていられない状況だ。
「……分かった。でも、私から絶対に離れないこと!」
アカネは右手でノヴァを強く抱きしめる。
「それと、約束して。危なくなったらすぐに逃げるって」
「うん、約束する! 一緒に逃げる!」
別働隊の意志は固まった。
何故か短編の「たぬきとひつじ」が一番反応がよく、評価やリアクションを貰えています。
嬉しくて喜びの舞を二回踊りました。
ありがとうございます!
だが、解せぬ!(笑)




