乱戦はお手の物
「邪魔する奴は排除して、一気に最上階まで駆け上がるわよ!」
私の開戦の宣言と同時に、張り詰めていた廊下の空気が弾け飛んだ。
「撃てッ!」
前方から迫る三人の警備員のうち、二人が腰のホルスターから銃を引き抜き、躊躇いなく引き金を引いた。
パン、パン、パンッ!
絨毯敷きの密閉された空間に、乾いた破裂音が反響する。放たれたのは実弾ではなく、暴徒鎮圧用の硬質なゴム弾だ。だが、至近距離で受ければ骨を砕き、内臓を破裂させるには十分な威力を誇る。
だが、その弾丸が私たちに届くことはなかった。
「……させない!」
スッと手を前に出したアカネさんが、両手に集束させた冷気を一気に前方へと放つ。
パキィィンッ!!
瞬時に空気中の水分が凍りつき、私たちを守るように、分厚く透明な氷の盾が出現する。黒いゴム弾は次々と氷に激突し、鈍い音を立てて絨毯の上へと転がり落ちた。
「相手は魔女か! ゴム弾じゃ抜けないぞ! 乱戦だ! 直接叩き伏せろ!」
警備員が怒号を飛ばし、応援を要請した後、特殊警棒を引き抜く。
シャキン、シャキンッ!
伸びた金属の冷たい音が、前後から同時に響き渡った。
その「魔女」という言葉に、氷の盾を解除したアカネさんは、少しだけ不満そうに唇を尖らせた。
「……魔女じゃない。私、まだ魔法少女だもん」
小さく呟かれたその言葉を合図に、私とナタリーは左右に分かれて地を蹴った。
私は前方の三人に向かって走り、ナタリーは後ろの二人に向かって歩き出した。
ナタリーは迫り来る後方の二人組に対し、ゆったりと待ち構える。
警棒を振りかぶった大柄な警備員が、ナタリーの脳天を目掛けて金属の棒を振り下ろす。
だが、ナタリーは振り下ろされた警棒を紙一重でかわすと同時に、壁を蹴って三角跳びの要領で男たちの背後へと回り込んだ。
大柄な男たちには一瞬で視界から消えたようにしか見えず、何が起きたか理解できずに慌てて後ろを振り向いた。
「なっ——!?」
驚愕して振り返った時には、すでに低い姿勢を取っていたナタリーが鋭い足払いを放っていた。
男の両足が完全に宙に浮き、受け身を取る暇もなく後頭部から絨毯へと激突する。
間髪入れず、もう一人の男がナタリーの側頭部へ警棒を横薙ぎに振るってきた。
ナタリーは愛銃――『スターム・ルガーSP101』を握り込み、相手の警棒が届くよりも早く、鋼鉄の銃底で男の顎を真下から強烈にかち上げた。
「がはっ……!」
絶対に曲がらない頑丈な鉄の塊による、完璧なアッパースイング。
脳が激しく揺らされ、男は白目を剥いてその場に崩れ落ちた。ナタリーはすぐさま、足払いで倒れて悶絶していた最初の男の頭部へ容赦のない蹴りを見舞い、二人とも完全に意識を刈り取った。
一方、正面の三人を相手にする私も、手こずる理由は微塵もなかった。
相手は訓練された屈強な警備員だが、裏社会の死線や理不尽な魔法を潜り抜けてきた私たちからすれば、その動きはあまりにも遅すぎる。
「らぁッ!」
先頭の男が放った警棒の突きを、私は半身を切って見切る。
すれ違いざまに、右手で逆手に握ったクナイの峰で、首筋の急所を的確に叩いた。
一撃で崩れ落ちる一人目。
即座に二人目が私の背後を取ろうと回り込んでくるのが分かった。
「……遅いわ」
私は突き出した右腕を引く勢いを利用し、独楽のように鋭く旋回した。相手が警棒を振り下ろすより早く、私の回し蹴りが男のみぞおちを強打する。
糸が切れたように倒れる二人目。
「バケモノが……ッ!」
残った最後の一人が、顔を歪めながらヤケクソで警棒を振り回してくる。私はその大振りの隙を突いて男の背後に回り込み、一瞬で首を絞め落として意識を奪った。
私とナタリーの体術による制圧劇を前に、ただの人間である警備員たちは成す術もなく絨毯の上へ転がっていた。
「上から追加が来るぞ!」
ナタリーの鋭い声に視線を上げると、廊下の奥の非常階段の扉が開き、さらに五人の警備員が雪崩れ込んでくるのが見えた。
だが、私たちが構え直すより早く、アカネさんが静かに一歩前へ出た。
「人間相手なら、これで十分」
アカネさんがスッと目を細め、床に向けて両手をかざす。
ピキ、ピキキキキッ!
絨毯の表面を這うように、真っ白な結晶が高速で奥へと走った。
結晶が先頭を走っていた男の足元へ到達するなり、彼らの両足の太ももから下を、連結するように一つの巨大な氷の塊に閉じ込めてガッチリと凍りつかせた。
「うわぁっ!?」
「な、なんだこれ! 冷たい! 痛いッ!」
「おい、無理に動くな! 痛い!」
突如として下半身の自由を奪われ、低温の痛みに襲われた男たちは、パニックに陥りながら手にしていた武器を取り落とした。完全に戦意を喪失した。
だが、最後尾にいて魔法の範囲から外れていた一人だけは違った。
彼は凍りついた仲間たちを見て「ヒィッ……!」と情けない悲鳴を上げると、きびすを返して非常階段の方へと逃げ出したのだ。
「相手は魔女です! キサラ様ぁぁッ!!」
恐怖に駆られた叫び声が、上階へと消えていく。
(キサラ……!)
その名前に、私たちは視線を交わした。
先日、レイから聞き出した『田中の右腕として動いている魔女』の名前。
意志を奪うシステムに関与していると思われる倒すべき敵だ。
***
「殺したくないから、大人しくしておいてね」
私は戦意を失っている警備員たちに冷たく声をかけながら、彼らが腰に下げていた暴漢拘束用の樹脂製モールを使い、手分けをして拘束した。
気絶している者も含めて、後ろ手に固く縛り上げ、互いの腕を連結して絶対に逃げられないように処置をした。
「よし、終わったわ。これ以上、手間をかけて田中たちに逃げられるのは困るから、すぐに行くよ」
私たちは非常階段の扉へと向かった。
先ほどまでの人間相手の乱戦は、ただの準備運動に過ぎない。ここからが本当の戦場だ。
非常階段を駆け上がり、最上階に繋がる重厚な鉄扉に手をかけた、その瞬間だった。
――ゾワッ。
扉を開けるより前に、私の全身の産毛が総毛立ち、嫌な汗が背筋を伝い落ちた。
それは隣にいるナタリーやアカネさんも同じだったようで、二人の表情から先ほどの余裕が完全に消え去り、極度の緊張に強張っている。
深海の底に引きずり込まれたかのような、肺を押し潰すような異常なプレッシャー。扉の向こう側に進んではいけないと、私の全身が警告していた。
「……行くよ」
私は覚悟を決めて、重い鉄扉を押し開けた。
広がっていたのは、最上階の広大なエントランスホール。
大理石の床には、先ほど逃げ帰った警備員の男が震えながら座っていた。
そして、その奥に彼女たちは立っていた。
一切の感情を持たず、人形みたいな虚ろな瞳の三人。
かつてサヤとアカネさんを圧倒した『鋼鉄の魔女』『砂塵の魔女』『水圧の魔女』。
強制的にあの敗戦の夜を思い出させられた。
だが、私の視線は、その三人のさらに奥――大理石の階段の中腹に腰掛けている一人の女性へと吸い寄せられた。
漆黒のドレスに身を包み、妖艶に足を組んだ長い黒髪の魔女。
彼女の瞳には、前の三人とは違う、はっきりとした『意志』と、底知れぬ狂気が宿っているように見えた。
「あらっ、誰かと思えば」
女の赤い唇が、弧を描いて吊り上がる。
ホール全体を震わせるような、甘く、そして毒を孕んだ冷たい声。
「不甲斐ない元ご主人様――徳頭を殺してくれた、生意気なお嬢ちゃんじゃない」
余裕に満ちたその微笑みを見た瞬間、アカネさんがギリッと強く歯を食いしばる音が聞えた。
私はクナイを構え直し、その女を真っ直ぐに睨みつける。
「……あなたが、キサラ?」
私の静かな問いかけに、黒髪の魔女は妖しく目を細め、楽しげに笑った。
「——そうよ」
息を呑むような静寂の中で、因縁の相手と対面した。




