最後の置き土産は千里眼の出番
リビングでは、ジャーナリストの男が落ち着かない様子でソファに座っていた。私がリビングへ戻る姿を認めるなり、弾かれたように立ち上がる。
「……交渉は成立したよ。あなたの死亡を偽装し、レイも逃がすことにしたわ」
私の静かな声に、男はごくりと息を呑んだ。
「俺が、死んだことに……?」
「ネットでいいからフェイクニュースを流すことでレイさんの仕事は完遂したと思わせたいの。『公園で落雷による焼死体が発見された』ってできる?」
男は一瞬、顔をしかめて沈黙した。自分が積み上げてきたキャリアや日常を全て捨てる決断だ。無理もないと思っていると、男は「……なるほどな」と小さく呟き、スマートフォンを取り出した。
「仕事仲間に手配して、すぐにネット記事として出回るようにするよ」
男はしばらく考えた後、そう言ってくれた。
これで、この男は田中をごまかし、逃げおおせることができると思う。
渋々ながらも状況の深刻さを理解した男は、手際よく仲間に連絡を入れ、偽装死の手配をあっという間に完了させた。
「これで、俺は世間的には黒焦げの死体ってわけだ」
通話を切った男は、ふう、と深く息を吐いた。全てを捨てた男の顔には、どこか諦念のようなものが漂っている――かに見えた。
しかし次の瞬間、男はソファから身を乗り出し、私に向かってギラギラとした目を向けた。
「身を隠す件は了承した! 調査から手を引くことも約束しよう! だがな、どうしても一つだけ譲れない条件がある!!」
命がかかった極限状態だというのに、その顔には悲壮感など微塵もない。
「お、俺もヒカリちゃんに会いたい! だから、ヒカリちゃんを助け出したら、絶対に俺にも会わせてくれよな!!」
その熱弁ぶりに、張り詰めていたリビングの空気が一気に弛緩した。
私はもちろん、控えていたナタリーやユカリさんも、毒気を抜かれたようにぽかんとしてしまう。
「……あんた、自分の命よりアイドルの心配かよ」
ナタリーが思わず苦笑をこぼした。初対面の時はジャーナリスト特有の胡散臭い男だと思っていたが、どうやらこの男の「ファン魂」は筋金入りらしい。純粋すぎるその情熱に、呆れを通り越して好感すら抱いてしまう。
私が呆れながらも適当に頷いてはぐらかすと、男はそれを好意的に受け取り「よしっ!」とガッツポーズをした。
「それじゃあ、これは俺からの最後の置き土産だ」
男は真面目なトーンに戻ると、自身の端末を操作した。
「ヒカリちゃんの居場所……徳頭のアジトの候補だ。俺が六つまでは絞り込んだ。だが、ここから先はどうしても分からなかった」
男は悔しそうに拳を握る。
六箇所すべてをしらみ潰しに当たっている時間はない。敵に察知されれば、命はないかもしれないのだ。
私が険しい顔で地図を見つめていると、不意に元気な声が響いた。
「おじちゃん! その六つの情報、私に教えて!」
ぴょんっと前に出たのはノヴァだった。
「ノヴァちゃん……?」
目を丸くする男の前で、ノヴァは自信満々に胸を張る。
「六つにまで絞れてるなら、あとは私の得意分野だよ!」
ノヴァの言う通りだった。彼女の『千里眼』――特定の場所を強くイメージすることで意識を飛ばす広域サーチ能力を使えば、あらかじめ場所が限定されている六箇所から特定の人物を見つけ出すことなど、造作もないことだ。
単なる保護対象ではなく、索敵要員として確固たる立ち位置を示した小さな背中を、私たちは頼もしく見つめた。
「……そうか。君たちも魔法少女だったね」
男は少し驚いた後、ふっと穏やかに微笑んだ。
やがて、男の迎えとして手配された車が到着する。
「ヒカリちゃんのこと、頼んだよ。絶対に助けてあげてくれ」
男は最後に深く頭を下げ、静かに、しかしどこか晴れやかな足取りで退場していった。
見送った後、リビングには心地よい緊張感が戻っていた。
「ユキお姉さん!」
ノヴァが、きゅっと表情を引き締めて私を振り返る。
「居場所の特定は私に任せて! ここから魔女と田中がいる場所を、絶対に見つけるから!」
「無理しないでとは言わないわ……頼んだよ、ノヴァ」
私の言葉に力強く頷くと、ノヴァはユカリさんと一緒に部屋へとかけていった。
(さあ、ここから最終局面よ!)
少女の研ぎ澄まされた千里眼が、いま、闇の中に潜む敵のアジトを捉えようとしていた。




