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魔法少女が表なら、忍びは裏。——国に見捨てられた姉妹は、偽りの聖女を影から狩る  作者: 毛布 繰丸
第一標的:炎を統べるギャル

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交わらない光と影、そして熾火の自白

パシャッ、と冷たい水が顔にぶちまけられ、赤園レイカはむせ返りながら意識を取り戻した。

「ゲホッ、ゴホッ……! な、に……ここ、どこ……?」


重い瞼をこじ開けると、そこはコンクリート剥き出しの薄暗い地下室だった。唯一の光源である天井の裸電球が、頼りなく揺れている。

カラオケルームで感じた、あの肺が潰れるような息苦しさはない。どうやら別の場所へ移されたらしい。

状況を把握しようと身じろぎした瞬間、レイカは自分の四肢が重厚な椅子に完全に固定されていることに気がついた。

「は……? 拘束、されてる……?」


腕と脚を縛り付けているのは、ただの縄や鎖ではない。鈍い銀色に光る、分厚い金属のリングだった。

レイカは咄嗟に指先に意識を集中させ、炎で焼き切ろうとした。だが——

(えっ……熱くならない!?)


「無駄よ」

闇の中から、氷のように冷たい声が響いた。

コツ、コツと足音を響かせて歩み出てきたのは、顔の半分を黒いマスクで覆った一人の少女——ユキだった。その瞳には、一切の感情が抜け落ちたような底知れない暗黒が宿っている。

「その拘束具は、タングステンカーバイドをベースに、特殊な放熱セラミックを何層も組み込んだ対高熱用の合金よ。政府の研究所で開発されたものを『拝借』してきたの。融点は三千度を軽く超える。あなた程度の火力じゃ、赤熱させることすらできない」

「て、てめぇ……! あーしを誰だと思ってんだよ! 現役トップの魔法少女だぞ!? スポンサーが黙ってねぇからな!」


威勢よく吠えるレイカだったが、その声の端は僅かに震えていた。

怖い。この得体の知れない黒装束の女が、底知れず恐ろしい。

「あなたが誰かなんて、どうでもいいの。……表の光がどれだけ眩しかろうと、私たちが生きる影には届かない」

「影……? あんた、もしかして……『忍び』かよ」

レイカは鼻で笑おうとしたが、頬が引きつってうまく笑えなかった。

政府の裏仕事を引き受ける時代遅れの暗殺者たちの噂は、魔法少女の間でも都市伝説のように語られることがあった。


「ウケる。まだそんな化石みたいな連中が残ってたわけ? 時代はあーしたち『魔法少女』なんだよ。テレビ見てないの? 毎日毎日、みんなを笑顔にして、希望を与えてんのはあーしたちだ! あんたらみたいな日陰者の黒子が、表の主役に干渉してんじゃねーよ!」

恐怖を誤魔化すように、レイカは声を荒げた。


(そうだ、あーしは間違ってない。あーしは選ばれたんだ。あの貧乏で底辺だった生活から、魔法の力一つで這い上がったんだ!)

脳裏に、かつての惨めな日々がフラッシュバックする。

酒浸りの親、カビ臭いアパート、誰からも見向きされない孤独。

そこから救い出してくれたのが、この『炎』だった。今では高級マンションに住み、ブランド服を着て、街を歩けば誰もが振り返る。

この輝かしい生活を、こんな薄暗い地下室で終わらせるわけにはいかないのだ。


「……表の主役、ね」

ユキはマスク越しの低い声で呟き、レイカの目の前に一枚の写真を突きつけた。

それは、真っ黒に焼け焦げた、廃工場の現場写真だった。

「三年と少し前の、十二月二十四日。桐里グループの旧工場。……ここで起きた爆発事故、あなたが火をつけたわね」


その言葉を聞いた瞬間、レイカの心臓がドクンと嫌な音を立てて跳ねた。

(なんで……なんでコイツが、あの日のことを知ってんの!?)

あの仕事は、完全に秘密裏に行われたはずだった。公式の出動記録も消され、監視カメラのデータもスポンサーが揉み消したと言っていた。

もし、あれが世間にバレたら?

「魔法少女が放火の片棒を担いだ」などと報道されれば、スポンサーは一瞬で離れ、ファンはアンチに裏返り、あーしは再びあの底辺のドブ泥の中へ逆戻りだ。


「し、知らねーよ! なんだよその写真! あーしは何もやってない!」

「監視カメラの断片データと、火元の発生座標はすべてあなたの能力と一致している。……あの中で、二人の人間が焼け死んだの。一流の忍びだった、私の両親がね」

「なっ……!?」

レイカの顔から、一気に血の気が引いた。

人が、死んだ? あの工場の中で?

「ち、違う! 違う違う違う!!」


レイカは半狂乱になって首を振った。絶望と恐怖が入り混じった叫びが、地下室に響き渡る。

「あーしは殺してない!『不要になった廃工場を跡形もなく燃やしてほしい。中にネズミが入り込んでいるかもしれないけど……レイカちゃんならできるよね?』って……! あいつ、ミチルはそう言ったんだよ! 人間になんて一言も聞いてない、あーしは騙されたんだ、あーしも被害者なんだ!」


沈黙が落ちた。

ユキの目が、僅かに見開かれる。

「……ミチル。桐里ミチルが、そう依頼したのね?」

「そうだよ! あの『聖女』様が、直接あーしにお願いしてきたんだ! あーしはただ、言われた通りに出入り口を塞ぐように炎を出しただけ! 人が死ぬなんてマジで知らなかったんだってば!」

涙目になりながら、レイカは必死に捲し立てた。

なんという滑稽で哀れな姿だろうか。大企業の令嬢であるミチルに体よく利用され、何も考えずに言われるがまま炎を放ち、結果として人殺しの片棒を担がされた道化。

だが、どれほど騙されていたのだとしても——確認もせずに無責任な炎を放った彼女の「自業自得」であることに変わりはない。


「……そう。あなたが主犯ね」

「だから違うって言ってんじゃん!!」

冷酷な事実を突きつけるユキに対し、レイカはついに開き直ったように叫んだ。

「あーしたちは魔法少女だぞ!? ミチルが『いい』って言ったら、それは『いいこと』なんだよ! 少しくらい犠牲が出たって、あーしたちが表でどれだけの人を救ってると思ってんだ! 誰にも知られないネズミが二匹死んだくらいで、あーしのこの最高の人生を邪魔してんじゃねぇ!!」


身勝手極まりない、傲慢な絶望の叫び。

だが、その言葉を聞いても、ユキは静かにクナイを引き抜くだけだった。

「交渉は終わり。あなたには、ここで死んで——」

ユキがレイカの喉元へ刃を突き立てようとした、その瞬間。


キィィィィィン……ッ!!!


レイカの手足を拘束していた金属リングが、突如として不気味な高周波の音を立て、赤黒く発光し始めた。

「な……!?」

「あはっ……あはははははっ!!」

驚愕して飛び退くユキを見て、レイカは狂ったように笑い声を上げた。

レイカは、この長い問答の間、ただ怯えていたわけではなかったのだ。

「言ったっしょ!? 時代遅れの化石には分かんねぇって!」


魔法少女の力は、物理法則をねじ曲げる。

融点三千度の合金? そんなものは「人間の科学」の基準に過ぎない。レイカは拘束された直後から、自身の魔力を金属の『内部構造』そのものに一点集中で流し込み続けていた。

通常の炎の何百倍もの密度に圧縮された魔力の熱量は、ジューッという肉の焦げる嫌な音と匂いを立て、レイカ自身の皮膚を無惨に焼き焦がしていく。それでも彼女は痛みに顔を歪めながら、絶対に溶けないはずの拘束具の分子結合を強制的に破壊バーンし続けていたのだ。


ガキンッ!! バキィィィンッ!!

甲高い破砕音と共に、赤熱した金属リングが内側から弾け飛んだ。

解放されたレイカの全身から、地下室の酸素をすべて喰らい尽くすような、爆発的な炎の渦が巻き起こる。

「舐めんじゃねぇぞ、日陰者が……!」


全身に重度の火傷を負い、ボロボロになりながらも。

レイカは燃え盛る紅蓮の炎を背負い、ユキを見下ろしてニヤリと、最高に歪んだ優越感に満ちた笑みを浮かべた。

「あーしは、選ばれた存在だ! 誰にも負けない、無敵の魔法少女様なんだよォォッ!!」


圧倒的な熱量が、ユキを飲み込もうと迫り来る。

それは、次の瞬間にもたらされる『一方的な蹂躙』の始まりを告げる、美しくも恐ろしい狂気の炎だった。

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