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魔法少女が表なら、忍びは裏。——国に見捨てられた姉妹は、偽りの聖女を影から狩る  作者: 毛布 繰丸
アイドルを取り巻く熱意

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ファンの男

「ヒカリちゃんだって!?」


 ガレージの扉を乱暴に開け放ったジャーナリストの男は、縛り付けられた雷の魔女を見るなり、目を血走らせてずかずかと歩み寄った。


 男は拘束されている魔女の肩を掴むような、狂気じみた勢いで詰め寄る。

 あまりの突然の出来事に私は一瞬呆気にとられてしまったが、ハッと我に返り、男の襟首を掴んで力任せに背後へと引き剥がした。


「ちょっと、勝手なことをしないで!」

「放してくれ! 俺はどうしても知りたいんだ!」


 私が男を取り押さえている間に、ユカリさんが静かな足取りで魔女の正面へと歩み出た。

 そして、興奮する男の言葉を整理するように、優しく、しかし逃げ道を塞ぐような声で問いかける。


「……ねえ、雷の魔女さん。今、彼が言った『ヒカリ』というのは、数年前に引退した『光の魔法少女』のことね。……そして、あなたの妹さんということで、合っているかしら?」


 魔女は目隠しの下で、ギュッと強く歯を噛み締めた。

 激しい葛藤が全身から伝わってくる。やがて、観念したように肺の空気をすべて吐き出し、掠れた声で呟いた。


「……そうよ」


 その一言が引き金となり、ジャーナリストの男は表情を明るくし、堰を切ったように饒舌に語り始めた。


「俺はね、ヒカリちゃんの大ファンなんだよ! 彼女が引退した後も、ずっと行方を捜していた。またヒカリちゃんに会えたら、どれだけ嬉しいか……! だから教えてくれ、彼女は今どこにいるんだ!?」


 先ほどまで「飯のタネだ」「取引だ」と狡猾に情報を出し渋っていた姿はどこへやら。今の彼は、憧れのアイドルの情報に飢えた、ただの熱狂的なファンの顔をしていた。


 魔女が何も答えないと分かると、男は私の方を向き、自分が知っている情報を惜しげもなく披露し始めた。


「彼女はヒカリちゃんの四つ年上の姉で、本名はレイさん! 魔法少女が世間に注目され始めた、最初の世代でね。『雷鳴の魔法少女』として絶大な人気を誇っていたけど、活動してすぐに引退してしまったんだ。いやあ、まさかこんな所でレイさんに会えるなんて、懐かしいなー!」


 男は興奮冷めやらぬ様子で語り続けたが、魔法少女のオタク知識が披露されるだけで、今の私たちが必要としている『田中ヒトシ』や『魔女の警備体制』に直結する情報は出てこなかった。


 一方のレイも、妹を人質に取られているという事情があるのだろう。再び固く口を閉ざし、何を言われても一切の反応を示さなくなってしまった。


「……アカネさん、少しだけこの場をお願い。彼が暴走しないように見張っていて」


 私はアカネさんに視線で合図を送ると、ナタリーとユカリさんを促し、ガレージの外の廊下へと出た。

 冷たいコンクリートの壁に寄りかかり、私たちは重苦しい作戦会議を始めた。


「……拷問でもするか?」


 沈黙を破ったのは、ナタリーの冷徹な声だった。


「腕の一本でもへし折れば、すぐに口を割るだろう。私たちには時間がない。相手がどんな事情を抱えていようと、敵の情報を引き出すのが最優先だ」


 極めて合理的で冷酷な提案。

 だが、それに待ったをかけたのはユカリさんだった。


「だめよ。彼女は『意志を持った魔女』よ! 協力関係を結べればどれだけ有意義だろうか」


 ユカリさんは腕を組み、真剣な表情でナタリーを見据えた。


「明らかに深い事情がある様子よ。痛めつけて無理やり情報を吐かせても、嘘を教えられる危険性がある。それより、もう少し対話を重ねて情に訴えかければ、協力は無理でも、正確な情報はもらえるかもしれないわ」


「甘すぎる。敵の同情を引いて情報がこぼれるのを待つなど、不確定要素が多すぎるぞ」


 ナタリーとユカリさんの意見が、真っ向から対立する。

 いつもなら、冷静に天秤にかけて私が判断を下すところだ。だが、今の私にはそれができなかった。


(妹……。あの魔女も、妹のために戦っているなんて……)


 私の脳裏に、囚われているサヤの笑顔がフラッシュバックする。

 もし私がレイの立場で、サヤを人質に取られて人殺しを命令されたら……私はその命令に抗えるだろうか。自らの手を血に染めてでも、妹の命を優先してしまうのではないか。


 レイの抱える地獄が、痛いほどに理解できてしまう。

 だからこそ、彼女を拷問するというナタリーの提案に首を縦に振ることができなかった。


「……答えが出ないわね。とりあえず、両手足の拘束は解かずに見張りを一人立てて、少し時間を置きましょう」


 私がそう結論づけると、二人は納得しきれない様子ながらも引き下がってくれた。

 ジャーナリストの男はあまりにも騒がしかったので、そのまま無理やり客間に押し込んだ。


 ***


 レイを拘束してから、半日が経過した。

 外では冷たい風が吹いており、ガレージのシャッターを叩く音が規則的に響いている。


 レイには目隠しを外し、水分と軽食を取らせたが、相変わらず誰が話しかけても口を閉ざしたままだった。


 今は私が見張り番の交代時間だ。

 パイプ椅子に縛り付けられたレイは、私が視界に入るなり、鋭く警戒するような目を向けてきた。


(このままじゃ、本当にナタリーの提案通り、拷問するしかないかもしれない……)


 それに、情報を吐かせた後の扱いも問題だ。

 すべての決着がつくまでこのアジトに監禁し続けるか。それとも……後顧の憂いを絶つために『口封じ』をするか。

 忍びとして非情になる決意をして日本へ来たはずなのに、彼女の「ヒカリのため」という叫びが、私の心に深く刺さって抜けない。


 ふうっ。


 私は無意識のうちに、重い溜息を吐き出していた。

 警戒の目を向けるレイを見つめていると、ポツリと、心の内に秘めていた思いが口をついて出ていた。


「……私の妹もね。魔法少女の力に目覚めちゃったのよ」


 ピクリ、と。

 レイの肩が微かに揺れた。


「今は……田中に捕らえられているわ」


 ただそれだけを告げた。

 私たちがなぜ田中を追い、なぜ血塗られた戦いに身を投じているのか。その一番の核心。

 レイは驚いたように目を見開き、私を真っ直ぐに見つめ返してきた。

 だが、それ以上の言葉を交わすことはなかった。シャッターを叩く風の音だけが、ガレージの静寂を埋めていた。


 ***


 私の見張り番の時間が終わり、ユカリさんと交代した。

 リビングに戻ると、客間に押し込められていたジャーナリストの男が、声を大にして訴えかけてきた。


「頼む! 一度だけ、俺の隠れ家に戻らせてくれ! そこに魔法少女の調査資料を全部置いているんだ!」

「逃げるつもりじゃないでしょうね?」


 私が疑いの目を向けると、男はぶんぶんと首を横に振った。


「まさか! ヒカリちゃんが困っているようだから、俺の持っている情報を全部君たちに出すよ! だから、頼むからあの天使を助けてくれ!」


 すっかりヒカリの熱狂的ファンモードに入っている彼に、嘘をついている様子はない。

 とはいえ、一人で帰らせて通報されたり、田中の手の者に襲われたりしては元も子もない。

 私はナタリーを護衛兼監視として彼に同行させ、タクシーで隠れ家へと向かわせた。


 数時間後。

 夜の闇が深まる頃、大きなボストンバッグを抱えたジャーナリストの男と、呆れ顔のナタリーが拠点へと戻ってきた。


「ほら、これだよ! 俺が何年もかけて集めた、メディアに出た魔法少女の完全プロフィールさ!」


 男はリビングのテーブルに、分厚いファイルやスクラップブックを次々と広げ始めた。

 そこには、過去の活動記録だけでなく、彼女たちの現在の推定年齢や、本名、引退前の動向といった詳細な情報までびっしりとまとめられていた。


 正直言って扱いに困るタイプの男だが、敵の正体や能力に予測がつくこの資料は、喉から手が出るほど欲しい代物だった。


 皆で手分けして資料に目を通す中、アカネさんが一つのファイルを食い入るように見つめていることに気がついた。

 そのファイルの背表紙には、『鋼鉄の魔法少女』と書かれていた。

 両親の仇であり、かつてサヤと共に戦ったが敗れた相手。アカネさんの瞳には、静かな闘志が揺らめいているように見えた。


 私は男の資料の中から、残る該当者である『砂塵』と『水圧』のファイルを探し出し、ナタリーの手元へと滑らせた。


「以前に戦ったから能力ははっきりしているけど……『砂塵の魔女』、『水圧の魔女』、そしてアカネさんが読んでいる『鋼鉄の魔女』。この三人は、確実に田中の周りに護衛として付いているわ」


 ファイルを受け取ったナタリーは、パラパラと中身を流し見してから、テーブルの上に置いた。


「後で全部頭に叩き込んでおく」


 ナタリーの頼もしい言葉に頷く。

 ジャーナリストの男から得られる有益な情報は、これで全て出尽くしただろう。

 敵の能力や素性が分かったとはいえ、警備の穴や田中の正確な居場所など、最も重要なピースがまだ欠けている。


 あとは——。


 私はガレージの方向へと視線を向けた。

 あとは、あの『雷鳴の魔女』の口を開かせるだけだ。

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