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魔法少女が表なら、忍びは裏。——国に見捨てられた姉妹は、偽りの聖女を影から狩る  作者: 毛布 繰丸
アイドルを取り巻く熱意

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ジャーナリストの取引と雷鳴の叫び

 その日の深夜。

 私たちは冷たい雨と泥にまみれた体を重く引きずりながら、ようやく民泊契約をしているアジトへと帰り着いた。


 雷の魔女は、私が腰に蹴り込んだクナイのショックと、その後の応急処置の過程で吸わせた強い睡眠薬の効果により、ぴくりとも動かない。

 完全に意識を失ったままの彼女をガレージの奥のパイプ椅子に縛り付け、目隠しをして、両手両足を厳重に拘束した。


 一緒に連れて帰ってきた中年男性は、雷の直撃ではなく魔女から放出された電撃を受けただけだったため、アジトに着く頃にはまともに口をきける状態まで回復していた。

 だが、彼も私たちも、朝から続く緊張と疲労で立っているのがやっとだった。

 尋問は後回しにして、この日は順番に見張りを立てながら、泥のように眠ることにした。


 ***


 コトッ……。


 ガレージのローテーブルに、湯気を立てるマグカップが置かれた。


「ありがとう、ユカリさん」


 先に休ませてもらえた私が、一人で朝方の見張りをしていると、ユカリさんがココアを淹れてくれた。

 両手でマグカップを包み込むと、じんわりとした熱が冷え切った指先から体中へと染み渡り、張り詰めていた心が少しだけ解けるのを感じた。


「ユキちゃん。昨日決まった通り、お昼になったら、まずはあの男性から話を聞いて、それから魔女に尋問するわよ」

「ええ、分かっているわ」


 マグカップの縁に口をつけ、甘いココアを喉の奥へと流し込む。


(……ようやく、田中に繋がる一筋の情報が手に入る)


 逸る気持ちをぐっと胃の奥へと押し込む。

 ガレージには、田中と直接接触していた魔女がいる。そして、客間には田中の周囲を探っていたという男がいる。

 私たちの復讐劇が、ここからようやく動きを見せようとしていた。


 ***


 太陽が真上に昇るお昼頃。

 簡単な軽食を取り終えた私たちは、リビングのソファに中年男性を座らせ、話を聞く準備を整えた。

 魔女はまだガレージで目を覚ましていないため、ナタリーが見張りに立ってくれている。


 男性は少し顔色が悪いものの、温かいスープを飲んで落ち着いたのか、私たちの顔を順番に見渡す余裕を見せた。


「まずは、私たちの事情を少しだけ話すわね」


 私は静かに切り出した。


「半年以上前にニュースになったから、あなたも覚えているかもしれないけれど……私たちは、今の徳頭官房長官に強い恨みがあるの。そして、彼の周辺を探っていた時、自分の意にそぐわない人間を処分するという情報を手に入れたの。だから昨日、襲われていたあなたを助けることにしたの」


 男は私の話を黙って聞いていたが、ふと隣に立つアカネさんに視線を移した。


「……なるほど。氷の魔法少女か」


 小さく呟き、男は全て合点がいったというように深く頷いた。

 ジャーナリストを名乗るだけあって、世間を騒がせた魔法少女絡みの事件の記憶と、目の前の状況が即座に繋がったのだろう。


「このままあなたを解放しても、口封じのために魔女に襲われるでしょうね。だから、しばらくは私たちが保護するつもりよ」


 私は男の目を真っ直ぐに見据えた。


「それで……あなたが殺されそうになった理由に、心当たりはないかしら?」


 おもむろに本題を切り出すと、男は少しだけ肩をすくめ、疲れたような笑みを浮かべた。


「あっ……ああ、俺はフリーのジャーナリストでね。ずっと、政府が裏で保護しているという『大人になった魔法少女』の行方を捜していたんだ」


 男は周囲を見回し、私たちが誰も彼を害する気がないと判断したのか、とつとつと語り始めた。


「どの魔法少女の行方を追っても、まるで見えない壁に阻まれたように分からずじまいだった。だが最近、徳頭の周りに『大人になった魔法少女』が付いているという情報を手に入れたんだ。張ってみたらビンゴさ! ……今回は、その詳しい事情を知りたくて、怪しいタレコミの誘いに乗ってみたら、あんな化け物に殺されかけた……ってわけだ」


 自嘲気味に笑う男の言葉に、私は息を呑んだ。

 私たち以外にも、徳頭に扮した田中の裏の顔を、魔法少女という線から調べている人間がいたなんて。


「分かっている限りでいいわ」


 私は身を乗り出し、男に要求した。


「徳頭の周囲にいる、大人になった魔法少女の情報を、全て私たちに教えて!」


 だが、命の危険が去り、落ち着きを取り戻した男の目には、ジャーナリストとしての狡猾な光が戻っていた。


「……命を助けてくれたことには、心から感謝している。だが、俺もプロでね。これでも飯のタネを、見ず知らずの連中にただでくれてやるわけにはいかない」


 男は口元を歪め、交渉のテーブルにつくような態度を取った。


「代わりに、そっちからは何を教えてくれるかな? 俺の命を救った借りはデカいが、この情報は俺の身を守る唯一のカードでもある。安売りはできない」


(まさか、ここで交換条件を持ち出されるとは……)


 私は内心で舌打ちをしそうになったが、表情には出さない。

 彼にも今後の生活があり、見ず知らずの私たちを完全に信用しきれないのは当然の防衛本能だ。

 無理やり吐かせてもよいが、彼を敵に回すメリットはない。


「……少し、仲間と話し合って決めるわ」


 私はそう告げ、その場を一旦お開きにした。

 男は「期待しているよ」とだけ残し、疲れた足取りで客間へと戻っていった。


 その背中が見えなくなった瞬間、ノヴァがバンッ! とクッションを叩きつけて怒り出した。


「なにあのおじさん! 命を助けてもらったのに、取引なんてひどいよ!」


 頬を膨らませて怒るノヴァの気持ちは、私も痛いほどよく分かった。

 だが、今は怒りで判断を鈍らせるべきではない。私はそっとノヴァの頭を撫でて、沸騰しそうな彼女の心を落ち着かせる。


 男の警戒心を解くための情報は後で用意するとして、今はもう一つの仕事が残っている。


「……そうね。次は、本命。魔女の尋問よ」


 私は立ち上がり、冷たい空気が漂うガレージへと足を向けた。


 ***


 薄暗いガレージの中は、コンクリートの底冷えする空気が満ちていた。

 私たちが足を踏み入れると、パイプ椅子に縛り付けられた魔女は、既に意識を取り戻していた。


 傍らでは、ナタリーが壁に寄りかかりながら、氷のように冷たい目で魔女を監視している。


 ナタリーは尋問をやりたがっていたが、彼女は未だに日本語がカタコトだ。要らぬ誤解を与えたり、細かいニュアンスが伝わらなかったりする危険性があるため、私が矢面に立つことになった。


「おはよう、雷の魔女さん」


 私が声をかけると、目隠しをされた魔女は、ピクリと顔を上げた。

 状況を把握し、ようやく会話ができる相手が現れたと判断したのだろう。


「……裏切り者の氷の魔法少女さんたちね。あなたが私を捕らえた理由は何かしら?」


 拘束されているというのに、どこか余裕を含んだ、冷笑するような声。

 だが、私は彼女のペースに乗るつもりは微塵もない。


 私が魔女から引き出したい情報は、大きく分けて三つだ。

 一、なぜ彼女には『意志』が残っているのか。

 二、田中ヒトシの現在の警備状況と弱点。

 三、サヤがどこに囚われているのか。


 私は一つ目の疑問を、鋭く突きつけた。


「何故、あなたは『意志』を持ったまま動けているの? ……田中と取引して、かつての同胞である魔法少女を食い物にするあの組織に、自ら喜んで加担しているとでもいうの?」


 その言葉が、魔女の逆鱗に触れたらしい。

 余裕ぶっていた空気が一瞬で弾け飛び、魔女は獣のような悲痛な叫びを上げた。


「自ら!? ふざけないでちょうだい!!」


 拘束具がガチャガチャと激しい音を立てる。

 魔女は目隠しの下で顔を真っ赤に怒張させ、血を吐くような声で叫んだ。


「私が……っ、私が、ヒカリのためにどれだけ自分を殺して……あの男に付き従ってきたか、あなたたちに分かるはずがないわ!!」


 その怒声は、ガレージの壁に反響し、重く沈鬱な余韻を残した。

 ヒカリ。その名前に込められた底知れぬ愛情と、深い絶望。


 叫び終えた魔女は、荒い息を何度も繰り返し、激しく上下する肩をどうにか落ち着かせようと努めた。


「……もう、いいわ」


 やがて、彼女からすべての覇気が抜け落ちた。

 残されたのは、乾ききった虚無だけ。


「ターゲットの始末という任務に失敗したんだから……私にはもう、後がないのよ。もう終わり。……さっさと私を殺しなさい」


 彼女は首を垂れ、自らの死を受け入れるように静かになった。

 私が次の言葉をかけようとした、その時だった。


 廊下から、ドタドタという慌ただしい足音がこちらに向かってくるのが聞こえた。

 足音の主は、客間に戻ったはずのあのジャーナリストの男だ。

 少し前から扉の外で様子を窺う気配には気づいていたが、敵意もないただの一般人だったため、あえて咎めることはしていなかったのだ。


 だが、男の行動は私の予想を大きく超えていた。


 バンッ!!


 ガレージの扉が、大きな音を立てて勢いよく開け放たれた。


「ヒカリちゃんだって!?」


 息を切らせて飛び込んできた男は、椅子に縛り付けられた魔女を見て、興奮で顔を紅潮させながら叫んだ。


「ヒカリちゃんは、生きているのか!? ……ああ、間違いない! あの雨の夜はフードでよく見えなかったが、君は……ヒカリちゃんの姉、『雷鳴の魔法少女』だ!!」


 男の言葉に、ガレージの空気がピタリと凍りついた。


 ただの一般人だと思っていた男が持っている情報が、私たちの停滞していた歯車を、一気に回し始めようとしていた。

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