雷光の急襲
降りしきる冷たい雨の中、泥水が溜まる地面に倒れ伏しているのは、先ほどまで女性と話していた男だ。
公園の暗がり、太い木の幹の裏に身を隠しながら、飛び出したい衝動を必死に押さえ込む。
(光……いや、雷の魔法!?)
視界を真っ白に染め上げた閃光を浴びた男は、ピクピクと手足を痙攣させながら、苦しげなうめき声を漏らしている。
男は完全に意識を失っているわけではないようだった。
相手はただの人間ではない。魔法少女の力を持った『魔女』だ。
フードを深く被った魔女は、倒れた男を見下ろすと、躊躇することなくその懐へと手を伸ばした。
スーツの内ポケットを乱暴にまさぐり、黒い革の手帳を引きずり出し、中身を検めてニヤリと笑う。
倒れた男は麻痺した体をどうにか動かし、必死に魔女の手首を掴もうとしたが、その手は力なく振り払われてしまう。
(良かった、動けるようね……)
男の僅かな抵抗を見て、小さく息を吐いた。
だが、男が無事だからといって、これ以上ここでみんなの到着を待っている余裕はない。
あの魔女が口封じのためにトドメを刺すのは火を見るより明らかだ。
私はクナイを握っていた手を離し、ゆっくりと深く呼吸をしてから、わざと大きな足音を立てて暗がりから飛び出した。
「大丈夫ですか!?」
甲高い悲鳴のような声を上げながら、男と魔女に声をかける。
ただの通りすがりの通行人。それを演じることで、魔女の意識を男へのトドメから私へと逸らす。
代償として、『死角からの奇襲』という有利な状況を完全に手放してしまったが仕方が無い。
(ナタリーなら……到着してもすぐに飛び出さず、代わりに隠れて様子を窺ってくれるはず)
私は仲間の冷静さを信じ、ただの一般人としての演技を続けた。
魔女は私の方へ冷たい視線を向けたが、特に焦る様子もなく、奪い取った手帳を自分のバッグの中にしまい込んだ。
「強い光が見えたのですが……落雷ですか!? 大丈夫ですか、救急車を呼びましょうか!?」
私は魔女の注意をこちらに引きつけるように、わざと大きな声でまくしたてながら、震える手でスマートフォンを取り出してみせた。
雨粒が画面を叩く中、私は必死に電話をかけようとする素振りを見せる。
すると、魔女はようやく体全体をこちらへ向けた。
フードの奥から覗くその瞳には、田中の周囲にいたような『人形』の虚ろさはなく、明確な殺意と冷酷な意志が宿っていた。
「私がコイツと会った事実は、残しては駄目なのよ。……だから、ごめんね。ここで死んで」
少しの罪悪感があるのだろうが、任務を全うする覚悟を持った声。
次の瞬間、魔女が上空に向けて右手の掌をスッと翳した。
全身の産毛が逆立ち、髪の毛からもパチパチという静電気が溜まっていく音がした。
(来る……!)
男を打ち倒した先ほどの強烈な光とは違い、今度は天から私を目掛けて一直線に雷が襲い掛かった。
回避は不可能。気が付いた時には私は感電して倒れているだろう。
ドーン!!
だが、私を焼くはずだった雷光は、周囲に突如として出現した分厚い『氷の壁』に激突し、激しい音をたてて霧散した。
間一髪。完璧なタイミングで仲間が間に合った。
「魔法……!? 魔法少女が、何故こんな所に!」
魔女が驚愕に目を見開く。
私に合流したのは、変装用のカツラをかなぐり捨てたアカネさんだった。両手を空に突き出し、白く冷気を立ち昇らせている。
「ユキ、上からの雷は強力だから何度も防げない」
アカネさんは辛そうに呼吸を整えながら注意を促してくれる。
情報を元に作戦を考えようとしたが、今のところ、上空からの強力な落雷と、自身から放つ電撃の二種類の攻撃手段があることしか分かっていない。
『ユキ。目標を捕捉した』
インカムから、静かで冷徹なナタリーの声が響く。公園のどこかの死角に潜んでいるのだろう。
『この距離なら、銃で頭を撃ち抜くことはできそうだが……どうする?』
「だめ、意志がある魔女よ、情報が必要なの!」
私はインカムに向かって即座に叫んだ。
『……分かった。だが、私は魔法少女という連中と直接戦ったことが無いからな。テストも兼ねて、先にやらせてくれ』
「待って、相手の力は理不尽なの! 人間を相手に戦うような感覚で挑んだら——」
私の制止の言葉が終わるより早く、魔女の背後の暗闇から、一筋の影となってナタリーが音もなく飛び出した。
彼女は一切の気配を殺し、魔女の背後へと滑り込むと、その腕で細い首を力強く締め上げた。
元軍人による、完璧なチョークスリーパー。
本来なら、数秒で脳への血流を絶ち、相手を無力化できるはずの確殺技。
だが——。
「がぁッ……あ、ぐ……ッ!?」
膝から崩れ落ちたのは、ナタリーの方だった。
彼女の身体が、地面でビクビクと痙攣し、白目を剥きかけている。
魔女が首を絞められた瞬間、自身の身体から電流を放ち、接触したナタリーに直接雷を流し込んだのだろう。
「ケホッ……馬鹿ね。ただの人間が私に触れるなんて」
魔女は冷たく吐き捨てると、痙攣して動けないナタリーを見下ろし、再びその掌を天に向けた。
空からの雷撃。今度こそ確実に殺す気だ。
「させない……!」
私は泥を蹴り上げ、一気に距離を詰めながら、腰のポーチから複数のナイフを引き抜いた。
そして、魔女へ向けてではなく、ナタリーの頭上、空高くへ向けて扇状に一斉に放り投げた。
魔女の掌から放たれた青白い電撃は、ナタリーへ向かう直前、空中に扇状に広がったナイフの一つを捉えた。刃に触れた瞬間、電撃は激しい火花を散らして枝分かれし、周囲の木々へと弾け飛んだ。
「アカネさん!!」
「んっ!!」
私が叫ぶと同時に、アカネさんは両手を天へと突き上げた。
瞬時に周囲の気温が急低下し、私たちの頭上、公園の上空一帯を覆い尽くすように、巨大な氷の幕が張られた。
空からは自然の雷が鳴り響いているが、氷に阻まれ、こちらへは一切落ちてこない。
私はその隙に、地面を滑るように魔女の懐へ潜り込んだ。
手には、先ほど投げずに残しておいた一振りのクナイ。
「なっ……!」
魔女が慌てて後退しようとするが、遅い。
私は低く沈み込んだ姿勢からクナイを投擲した。
ザクッ!!
鋭い刃が、魔女の左腰に突き刺さる。
「あぁッ……!!」
痛みに顔を歪めた魔女は、それでも戦意を失っていないようで、掌を私に向けた。
直接触れれば、また先ほどのナタリーのように感電させられる事は分かっている。
私は助走の勢いを殺さずに、魔女の腰に刺さったクナイの柄を正確に蹴りあげ、さらに奥深くへと差し込んだ。
「しっ!」
「がっ、あ……」
貫かれた激痛とショックで、魔女の瞳から完全に意識が飛び、泥濘の中へと糸が切れたように崩れ落ちた。
完全に沈黙した彼女の掌から、微かに漏れていた電流の火花が消えていく。
「ふぅ……」
私は小さく息を吐き、すぐにインカムへと手を当てた。
「ユカリさん、ノヴァ! 周りには人影がないかしら!?」
『さっき見たから大丈夫だよ!』
即座にノヴァから明るい声が返ってきた。
続けてユカリさんが話す。
『遠くから見られていたら分からないけど、この大雨だし、監視カメラもそこには無さそう。誰も見ていないわ!』
「了解。——攫うから車を回して!」
私はアカネさんに頷きかけると、痙攣が治まらないナタリーと、倒れている男をアカネさんに任せて、意識を失った雷の魔女を拘束し始めた。
そして、雨音と雷鳴が全てを掻き消す中、私たちはターゲットと共に、夜の闇へと溶け込むように姿を消した。




