雷鳴のレイクタウン
その日も晴れることなく、とうとう雨が降っていた。
気象情報では雷注意報が出されており、いつ激しい雷雨に変わってもおかしくない不穏な空模様だ。
巨大ショッピングモールと駅が直結するレイクタウン。
平日の悪天候にもかかわらず、駅の改札口周辺は傘をさした大勢の買い物客や家族連れが行き交い、混雑を極めていた。
(……人目が多すぎるのも考えものね)
私は駅の北口全体がはっきりと見渡せる物陰に身を潜め、黒いフードを深くかぶって監視していた。
「ユカリさん、そっちのモニターで正面から顔を確認したい人物や、気になる通りすがりはいる?」
私の問いかけに対し、数秒の静寂の後、ユカリさんの落ち着いた声が返ってきた。
『……ノヴァに確認してもらっているけど、今のところはそれらしい人は映っていないわね』
目標は、ショートの髪型をした二十代の女性。
ノヴァは日本人の細かな年齢判別ができなかったため、ユカリさんが様々な日本人女性の写真を見せて絞り込んだ特徴だ。
念のため、三十代までの女性の顔を確認できるように動いているが、時間帯によっては波のように押し寄せる人がいるため、どうしても見落としが生じていた。
大変な作業だが、三台のカメラ映像を同時に注視し続ける二人の負担に比べれば、私たちが四の五の言うわけにはいかない。
(ナタリーは、また裏で文句を言ってそうだわ……)
『指揮官が、どうしてこんな地道な仕事を……』などと愚痴をこぼしながらも、なんだかんだで完璧に仕事をこなしているナタリーの姿が目に浮かび、私の唇に微かな笑みがこぼれた。
だが、サヤの顔を思い浮かべて、緩みかけた頬を引き締め直す。
ピカッ……!
その時、光が空を裂き、遅れてゴロゴロゴロ……と地響きのような雷鳴が轟いた。
とうとう本格的に雷が落ち始めたようだ。
(二人は大丈夫かしら……?)
冷たい雨足が強まる中、それぞれの持ち場を守る仲間の無事を祈った。
***
同じ頃。駅の南口ロータリーの雨宿りスペース。
「なあ、いい加減返事くらいしろよ! 雨宿りにカラオケに行くだけだろう?」
「そうそう。友達を待っているならさ、場所変更の連絡をピッと入れれば済む話だろ?」
雨粒が激しく地面を叩く音に混じって、不躾な男たちの声が響いていた。
そこに立っていたのは、明るい茶髪のカツラをかぶり、普段とは違う濃いめの化粧を施した女性――水島アカネだった。
元魔法少女だと悟られないよう入念に変装していたのだが、それが裏目に出たらしい。
「……」
アカネは何も言わず、傘の柄をギュッと強く握りしめたまま、ただ無言で俯いていた。
(どうしよう……仕事中だなんて、言えるわけがない……)
彼女にとって、こうしたしつこい一般人の対応は、どんな強敵と戦うよりも難易度が高い。
魔法で二人を氷漬けにすれば済む話だが、そんなことをすれば一発で正体がバレ、作戦は台無しになってしまう。
声を張り上げて拒絶することもできず、ましてや暴力を振るうわけにもいかない。
アカネにできるのは、ただじっと唇を噛み締め、相手が痺れを切らして諦めて去ってくれることを、ただひたすらに願うことだけだった。
***
一方、駅から少し離れたアウトレットの開放的な回廊。
「……指揮官らしいことを、まだ何一つしていないな」
首からデジカメを下げ、雨に濡れない屋根付きの通路をゆっくりと歩き回っていたナタリーは、誰に聞かせるでもなく小さな溜息をついた。
「しかし、これだけ天気が悪いというのに、人だらけだな?」
色とりどりのショップが並ぶアウトレットモール内は、雨を避けて流れてきた観光客や家族連れで溢れかえっていた。
いかにも「海外から来た観光客」を装いながらブラブラと一人歩きを続けるナタリーだったが、その鋭い眼光は通行人の顔立ちや歩調を克明に観察していた。
だが、歩けば歩くほど、彼女の効率主義な思考が不満を訴え始める。
「これだけ広い施設で、ターゲットがいつ現れるかも分からないなど……砂漠で落とした針を探すようなものだ。こんなことなら、帰りに買うお土産でも選んでいた方が、よっぽど有意義じゃないか?」
今回の捜索情報は『今日・レイクタウン』という、あまりにも大雑把で頼りない二つのキーワードしかない。
元軍人として緻密な作戦に慣れているナタリーにとっては、このような運任せの捜索は耐え難く、彼女は早々にやる気を無くしつつあった。
それでも彼女の足が止まらないのは、彼女なりの誇りと、仲間への責任感ゆえだった。
***
夕方を過ぎると、空は完全に黒く塗り潰され、雨足は叩きつけるような豪雨へと変わっていった。
空を割る雷鳴が頻繁に響き渡り、人々の足早な靴音が水たまりを跳ね散らかす。
長時間の警戒により、現場で張り込む私たちの集中力が途切れかけ、誰もが今日の捜索の限界を感じ始めた頃だった。
『ユキちゃん! 見つけたかもしれないって!』
インカムから、ユカリさんの興奮した叫び声が耳を突いた。
『さっき北口の改札から出てきた女性! 正面からの顔を撮影できない!?』
「了解」
今日、三回目の指示だ。
私は短く応えると、疲れの溜まった脚に力を込めて早歩きで後を追った。
前方を歩く、フードをかぶったショートヘアの女性。
私は通りすがりの歩行者を装って素早くその女性を追い越し、数メートル前に回ると、カメラ付きインカムの位置をさりげなく微調整し、正面の顔をレンズに収める。
これまでも二回、同じように正面に回り込んで撮影したが、どちらも「別人」という判断で空振りに終わっている。
繰り返される徒労感に、私の集中力は既に大幅に低下していた。
そのまま女性の前を一定の距離を保って歩き続けたが、アジトからの結果の連絡がなかなか来ない。
冷たい雨がフードを叩き、首筋から背中へと不快な寒気が伝わってくる。
私は角を曲がり、女性はそのまま直進していった。
「……どうだった?」
耐えかねて私からインカムに問いかける。
『ノヴァが言うには、当たりだと思うって! だけど、マスクをしているから、今一つ確信が持てないみたいね……』
「了解。私だけ、後を追ってみるわ」
私は気配を殺し、距離を保ちながら女性の影を追うことにした。
雨音と落雷の不規則な音が、私の足音を完全に掻き消してくれる。
追跡しながら相手の歩調や身体の揺れを観察するが、その動きを見る限り、彼女にははっきりとした自分の意志が存在していた。
田中によって自我を壊され、人形のように操られている『魔女』とは雰囲気が違う。普通の人間のように見える。
(……でも、油断はできないわ)
彼女自身が魔女ではなくとも、どこかで魔女と落ち合う可能性もある。
私は気配を極限まで消し、周囲の暗がりも警戒しながら追跡を続けた。
やがて、大きな池の近くにある広大な公園が見えてきた。
そのまま通り過ぎるのかと思ったが、女性は突然足を止め、キョロキョロと不自然に周りを見回し始めた。
そして――暗闇の奥から手を振りながら近づいてくる、一人の男性と合流したのだ。
遠目と暗がりゆえに男性の年代までは判別できないが、明らかに待ち合わせをしていた動きだった。
(雨風が強い夜なのに、公園で待ち合わせ……? 本当に『当たり』かもしれないわね)
物陰に身を隠しながら、少しでも会話の声が聞こえないかとじりじりと近寄ろうとしたが、吹き荒れる雨風と雷鳴の音に阻まれ、断念せざるを得なかった。
しばらくの間、二人はお互いに傘を差したまま、会話を交わしていた。
だが、やがて男の方が去っていくような素振りを見せた。
それを見た女性が、深くフードを被り直し、去ろうとする男の手首を咄嗟に掴んだ瞬間――。
――ピカッ!!!!
車のヘッドライトのハイビームを至近距離で浴びせられたかのような強烈な閃光が、一瞬だけ夜の公園を白く染め上げた。
「なっ……!?」
次の瞬間。光を浴びた男は、まるで金縛りに遭ったかのように一瞬で動きを硬直させ、そのまま泥水が溜まる地面へと崩れ落ちたのだ。
その光景を目撃した瞬間、私の背筋に冷たい電流が走った。
「ユカリさん! 魔女よ、皆を呼んで! ……『意志がある魔女』だわ!」
私はインカムに向かって叫ぶように知らせると、腰のポーチからクナイを引き抜き、いつでも飛び出せるように戦闘態勢に入った。




