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魔法少女が表なら、忍びは裏。——国に見捨てられた姉妹は、偽りの聖女を影から狩る  作者: 毛布 繰丸
帰国の前の大仕事

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組織の終焉(後編)

 CEOの部屋の前には、自動小銃で武装した屈強な私兵が二名、落ち着かない様子で立ちはだかっていた。


 それでもプロとして、一人は階段に銃口を狙いすませており、もう一人は窓の外を警戒している。

 だが、彼らがその引き金に指をかける機会は永遠に訪れなかった。


 私が投げ込んだ煙幕によって彼らの視界を奪い、ナタリーが煙の中に爆発物を投擲することで、彼らはあっけなく無力化された。


 煙幕が晴れた後は、痛みで震えている私兵をクナイと銃で片付けた。

 そして、CEOの部屋の扉を開けると激しい銃弾が襲ってきた。


 ダダダダダダダッ!!!


 私たちは部屋に入らずに、冷静に弾切れまで待つだけだ。

『カチッ!カチッ!』と音が聞こえ、これ以上の銃撃が来ないと判断した私たちは部屋に入り込む。


「ひっ……ひっ……!」


 もはや自身の運命を悟ったのだろう。

 口から漏れ出る音は、言葉として成立していない。

 表向きは自然を守る聖人として振る舞いながら、裏では弱者を搾取して私腹を肥やしていた悪党の末路だ。


「ま、待て! 金か!? 金ならいくらでも出す! 私の口座には数千万ドルある、好きにしろ! だから命だけは――!」


 男は床に這いつくばり、発狂したように命乞いをし始めた。

 口から泡を飛ばし、見苦しく媚びへつらうその姿からは、組織のトップとしての威厳など微塵も感じられない。

 おそらく、警察の到着までの時間を稼ぎたいのだろう。


(なんて、浅ましい……)


 私がクナイを握り直し、その醜い喉笛を切り裂こうと一歩踏み出した、その瞬間だった。


 パンッ!


 鼓膜を叩く乾いた破裂音が、室内に響き渡った。

 命乞いをしていたCEOの額に、ぽっかりと暗い穴が開く。

 男は信じられないといった顔で自分の額に手を伸ばそうとしたが、そのまま糸の切れた操り人形のように、どさりと高級な絨毯の上へ崩れ落ちた。


「……長々と御託を聞いている暇はない。 タイムリミットだ」


 硝煙の立ち上るリボルバーをゆっくりと下ろしながら、冷徹な声で言い放ったナタリーは、時間に厳しく無駄なリスクを極端に嫌うようだ。

 彼女の合理的な判断に、私は小さく息を吐いて頷いた。


「ええ。長居は無用ね」


 私は倒れたCEOの死体に歩み寄り、その手を開いて、あらかじめ用意していた一つの布袋『ジュジュ』を固く握らせた。

 これで現場の偽装工作は完璧だ。

 警察は、アフリカのマフィアによる報復殺人だと断定するだろう。


「撤収よ!」


 私の合図で、現場からすぐに脱出した。

 敷地内で起こした最初の爆発から、わずか八分後には車に戻ることができており、けたたましく鳴り響くパトカーのサイレンが聞こえたが、既に私たちは帰路に向けて車を発進させた後だった。


 * * *


 その日の午前十一時。

 環境保護団体の本社では、仕掛けたランサムウェアが起動して、社内のメインサーバーが暗号化によりロックされた。


『データを復旧したくば、指定の口座へ仮想通貨を支払え』


 モニターに映し出された脅迫メッセージだが、仮に指定された送金先へ入金したとしても、アフリカの密猟シンジケートへ入金されるだけで暗号化は解除されない。

 マフィアに加担していたという動かぬ証拠が増えるだけだ。


 後ほどノヴァに聞いたが、事態を重く見たIT部門は、即座にサーバーを初期化して前日のバックアップからデータを復元しようと試みたらしい。

 だが、CEOに『承認許可』の確認を取ろうにも襲われている最中か、既に亡くなっていたため連絡が取れず、彼らは致命的な初動の遅れを招くことになった。


 さらに、社会的な死のトドメが刺される。

 午後一時。

『環境保護団体の闇! テロ組織への裏金と違法軍事組織の全貌』

 そんなセンセーショナルな見出しと共に、ユカリさんが流したデータが、ネットやあらゆるメディアから一斉に公開されたのだ。


 ニュースは瞬く間に拡散され、SNSでは大炎上が巻き起こった。

『自然を守る聖人たちの裏の顔』に対する大衆の怒りは凄まじく、今まで彼らの活動に協賛し、多額の寄付を行っていた大企業たちは、巻き添えによる非難を恐れて次々と声明を発表した。

 組織の公式アカウントのフォローを外し、ロゴの使用を自主的に禁止し始めたのだ。

 いずれ正式に、永久使用禁止の措置が取られることとなった。


 この絶望的な状況に気づいた環境保護団体の財務部長が、慌てて残された資金を海外の隠し口座へ逃がそうとしたが、バックアップからの復旧作業に追われる社内システムは利用できず、復旧後も認証端末や口座との連携に関する手続きで日単位の時間がかかる。

 その間にIRSが動き、見事に全資産の凍結が間に合ったのだ。


 これで、名前を変えて再起を図ることすら不可能だ。


 更に翌日には、メディアの報道と脱税・テロ資金の証拠を元に、FBIとIRSの捜査官が本社ビルへ強制捜査に乗り込んだ。

 同時に、行方が分からなくなっていたCEOが、自宅でアフリカのマフィアからの報復を受け、死体となって発見されたというニュースが全国を駆け巡った。


 結果として、地球の自然を守ると謳っていた巨大なNPO法人は、即座に活動停止へと追い込まれたのだった。

 私たちが考え得る中で、最も完璧で、最も残酷な終焉だった。


 * * *


 それから、一週間が経った。


 連日のようにニュース番組を賑わせていた『環境保護団体の裏の顔』というネタは、すでに大衆に消費し尽くされ、誰も見向きもしない情報へと風化していた。

 テレビの画面では、ハリウッドスターのゴシップが陽気な音楽と共に流れている。


 私は、隣で静かにテレビを見つめているノヴァに向かって、ぽつりと呟いた。


「ノヴァ。……あなたを孤独にさせた組織は、この世から消えたわ」


 私の言葉を聞いても、ノヴァの小さな肩はビクリとも動かなかった。

 ゆっくりとこちらを振り向いた彼女の瞳を見ても、そこに喜びや達成感といった感情は何も読めなかった。

 深い虚無感だけが、その瞳に沈んでいる。


 当然だ。組織を壊滅させようと、悪党に罰を与えようと、彼女を優しく抱きしめてくれた両親が帰ってくるわけではないのだ。

 仇を討つという行為は、残された者の自己満足に過ぎない。

 その虚しさを、私は自分の過去と重ね合わせ、痛いほどに理解していた。


 そのまま、テレビの中で名前も知らない人の笑い声だけが、重苦しい部屋の空気を支配している。


「ユキお姉さん……」


 果たして、これほど幼い子供を私たちの復讐劇の裏側に巻き込むべきだったのだろうか。

 知らなくていい闇を見せつけ、心をすり減らしてしまったのではないか。

 私が激しい後悔の念に駆られ始めた頃、ようやくノヴァが微かな声で反応してくれた。


 続けて、ノヴァはどこか探るような瞳で尋ねてきた。


「次は、日本に妹さんを助けに行くんだよね?」


 その真っ直ぐな問いに、私は誤魔化すことをやめた。


「ええ、そうよ。物資の手配がもうすぐ済むから、近日中にはアメリカを出るわ」


 私たちは、日本の国家権力というさらに巨大な化け物に挑まなければならない。

 ……だからこそ、ノヴァのこれからのことについて、しっかりと話し合わなければならない時が来ていた。


 * * *


 その日の夜。

 ノヴァが寝静まったのを確認した夜中、私とアカネさん、ユカリさん、そして何故かナタリーを加えた四人で、リビングのテーブルを囲んで集まっていた。


 マグカップから立ち上るコーヒーの湯気を見つめながら、私はおもむろに本題を切り出した。


「ノヴァのことだけど……私たちが帰国しても、ここに居させてもらえないか、ジョアンナさんに頼もうと思うの」


 私の提案に対し、部屋に静かな沈黙が降りた。


「……そう」


 私の思いに対して、アカネさんとユカリさんの反応はひどく小さかった。

 すぐに反対の意見を述べると思ったアカネさんでさえ、やりきれない顔をして俯き、何も言葉が出てこなかったのだ。


 この数ヶ月、私たちは本物の家族のように身を寄せ合って生きてきた。

 情が移ってしまったからこそ、置いていくという選択が身を切るように辛いのだ。


「私は賛成だ。私からも親父たちにお願いすることにしよう!」


 重い空気を破ったのは、ナタリーだった。

 元軍人であり、子供が裏の仕事や危険な世界に関わることを極端に嫌う彼女の性格からすれば、ノヴァがこれ以上巻き込まれないのは大賛成なのだろう。


 これで、方針は決まった。

 そう思って私が息を吐き出そうとした、その時だった。


 バンッ!!


 リビングの扉が、勢いよく開かれた。


「……イヤ!」


 そこには、大粒の涙をボロボロとこぼしながら、小さな拳を強く握りしめたノヴァが立っていた。

 彼女は私たちの会話を、扉の向こうで聞いていたのだ。


 ノヴァはリビングへ飛び込んでくると、真っ直ぐにアカネさんの元へ走り寄り、その腰にギュッと強く抱きついた。

 そして、涙でぐちゃぐちゃになった顔を見上げて、必死に訴えかけた。


「『欲しい物は欲しいと言うこと。嫌な物は嫌と言うこと。約束』って、言ったよね! 私は、置いて行かれるのは絶対にイヤ!」


 それは、かつてアウトレットモールでアカネさんがノヴァに教えた、彼女なりの魔法の言葉だった。

 自分の感情を押し殺して生きてきたノヴァが、自分のワガママを泣き叫んでいる。

 その姿を見て、アカネさんは今にも泣き出しそうに顔を歪めながら、震える手でノヴァの頭を優しく撫でた。


 リビングには、ノヴァがしゃくりあげるすすり泣きの音だけが響いている。

 胸が張り裂けそうだった。

 私も、本音を言えば彼女を連れて行きたい。だが、サヤを助けるための戦場は、あまりにも過酷すぎる。


 私はテーブルに両手をつき、強い決意を込めてノヴァを説得した。


「ノヴァ……聞いて。 今の日本だと、私たちは指名手配されていて、家を借りることすらできないの。 ノヴァを待機させられるような、安全な場所すらないのよ」


 ノヴァはビクッと肩を震わせ、泣きながら振り返って私と目が合った。

 彼女の瞳には、また自分だけが安全な場所に置いていかれ、大切な人が危険な場所へ消えてしまうという、両親を失った時の強烈なトラウマが渦巻いていた。


「無事に終わったら、必ず迎えに来るから。お願いだから、ここで待っていて。……ね?」


 私は、できる限りの気持ちを込めて、優しく本心を伝えた。

 サヤを取り戻し、すべての決着がついたら、必ずこの子を迎えに来ると。


 アカネさんも耐え切れなくなったのか、ノヴァの小さな体を強く抱きしめ、声を震わせて言葉をかけた。


「ノヴァのおかげで、私も成長できた。 ……この力で、きっと帰ってくる。だから、私たちを信じて待っていて欲しい」


 自分の心を溶かしてくれた大切な妹へ向けた、氷の魔法少女の精一杯の願い。

 しかし、その言葉を聞いたノヴァの顔は、さらに深い絶望に染まっていった。


 両親も「すぐに帰るから待っていて」と言って、二度と帰ってこなかったのだ。

 その記憶が、彼女の心を残酷に引き裂いている。


 ノヴァはアカネさんの腕からすり抜けると、顔を覆ったまま、走ってリビングを出ていってしまった。

 パタン、と扉が閉まる音が、酷く虚しく響く。


 残されたリビングでは、誰もしゃべる気力を失っていた。

 冷めていくコーヒーのカップを前に、ただお通夜のように空気が重い時間だけが、静かに流れていった。

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