暴走する箱入り魔法少女と、騒がしい新米指揮官
ナオフミさんの家の玄関のドアが、バタンと少し乱暴な音を立てて開いた。
「ただいま戻りました」
「……ただいま、帰った」
リビングのソファでユカリさんとパソコンのモニターを睨んでいた私は、声のする方へと振り返った。
そこに立っていたのは、今日一日、近くの繁華街へと『デート』に行っていたノヴァとアカネさんだった。
「おかえりなさい、二人とも。……って、どうしたの?」
思わず、私の口からそんな疑問が漏れてしまった。
二人の様子があまりにも対照的だったからだ。
アカネさんは、どこか満足げで、心なしかいつもより肌がツヤツヤと輝いているように見えた。
手には、有名ブランドのロゴが入った紙袋をいくつも提げている。
氷のように感情を表に出さない彼女だが、その足取りは明らかに羽が生えたように軽かった。
対して、後ろに立つ十四歳のノヴァは、まるで数日間ジャングルを彷徨ったかのように肩を落とし、完全に疲れ切った顔をしていた。
その瞳からはすっかり生気が抜け落ち、魂が半分口から飛び出しているのではないかと心配になるほどだ。
「……ノヴァ、シャワー浴びてくる。 アイス、冷凍庫にお願い」
アカネさんは自分の買ってきた大量の戦利品をリビングの隅に置くと、ノヴァにひらりと手を振って、上機嫌でバスルームへと向かっていった。
バタン、と脱衣所の扉が閉まった瞬間。
ユカリさんが、崩れ落ちそうになっているノヴァの元へ駆け寄った。
「ノヴァちゃん……大丈夫? アカネちゃんとのデート、楽しめなかった?」
ユカリさんが私の代わりに聞いてくれた。
殆ど死んだ魚のような目をしたノヴァは、その言葉にビクッと肩を震わせると、顔を横にフルフルと激しく振った。
「……ううん。とっても楽しかったけど、眼を離した隙に絶対に食べられない量のハンバーガーやクレープを注文したり、誰も着ないようなスパンコールでギラギラ光る趣味の服を私に買おうとしたりして、宥めるのが本当に大変だったの」
ノヴァは両手で顔を覆い、深い深いため息をついた。
「あとは輸入食品店で、アカネお姉ちゃんが『ノヴァがパスタ好きだから』って言って……二トンの乾燥パスタが明日この家に届くのは、クレジットの暗証番号を入れる寸前で阻止したよ」
「二トン!?」
引きつった顔で、ユカリさんがノヴァの手を拝むように握りしめてお礼を言った。
私が想像していた『ノヴァの面倒をタジタジになりながら見るアカネさん』という配置が見事に逆転していることに気づき、笑顔が引きつってしまった。
過酷なジャングルを一人で生き抜いてきたノヴァの適応力と常識が、浮世離れした箱入り魔法少女の暴走をなんとか食い止めてくれたのだ。
夕食はアカネさんもノヴァも『お腹がいっぱいで要らない』と言うので、ジョアンナさんに伝えに行こうとしたところ、ノヴァが帰宅した際に既に伝えておいてくれたらしい。
十四歳とは思えない気配りと苦労人っぷりだ。本当にありがとう。
食べ過ぎと疲労で唸っているノヴァとアカネさんを部屋に残して、私はユカリさんと一緒にリビングの奥のキッチンへと向かった。
「ジョアンナさん、何か手伝えることはありませんか?」
私が声をかけると、ジョアンナさんは振り返って、パッと花が咲くような明るい笑顔を見せた。
「ワオ! 今度はユキたちもお腹いっぱいだから食べられないと言い出すかと思ったわ。 じゃあ、できたものからリビングのテーブルに運んで」
ウインクをしたジョアンナさんの指示通りに、私たちはサラダやスープの皿を運び、ついでに使い終わった調理器具をシンクで洗った。
「ジョアンナさん、ナタリーは帰ってるの?」
ふと、あの後どこに行ったのか気になって聞いてみた。
「あの子も『ご飯は要らない』って連絡来たわよ。 だからユキが三人分食べてね」
笑いながら、ジョアンナさんはノヴァが大好きなベイクド・パスタがたっぷりと盛られた大皿を渡してきた。
三人分。さすがに私でも、このチーズと炭水化物の塊を三人分平らげるのは厳しい。
「あはは……ジョアンナさんの手料理は凄く美味しいので、私が食べ過ぎるとナオフミさんが嫉妬するかもしれませんから」
そう言って大皿を受け取り、私はさっとその場を離れた。
* * *
その後はみんなで夕食を囲み、ゆったりとした時間が流れた。
テーブルの上には、全員分を想定して作られた大量の料理が残されている。
チラリと横を見ると、ナオフミさんが一言も文句を言わずに黙って残り物のベイクド・パスタやローストチキンを平らげてくれていた。
とても青い顔をして、額には脂汗が滲んでいるが、咀嚼するペースは一定だ。
妻の愛情たっぷりの手料理を残すわけにはいかないという覚悟。
あれも私が知らない忍びの技術なんだろう……たぶん。
食後にお茶を飲みながら談笑していると、バンッ!! とドアが乱暴に開かれ、ナタリーが勢いよく帰宅した。
彼女はリビングのドアを開けるなり、声高に宣言した。
「ママ! 親父! やりたい事が見つかった! 私も日本に行くから!」
爆弾発言。
その言葉が響いた瞬間、リビングの空気がピタリと凍りついた。
ナオフミさんが、お茶の入った湯呑みを置く手を止め、ゆっくりと恨めしそうに私を見た。
その目には『こうなるからこの子には言わなかったのに』と、はっきりと書いてあった。
私は慌てて立ち上がり、苦笑いしながらナタリーに断りの言葉を言った。
「気持ちは凄く嬉しいけど、巻き込めないわ。 これは私たちの個人的な復讐だし、それに相手は人間の枠を超えた魔女だから、命の保証なんて絶対にできない」
だが、私のその拒絶の言葉が、彼女の胸の奥でくすぶっていた正義の炎に、更なる油を注ぐ結果となってしまった。
「子供を死なせてたまるか!」
ナタリーは真っ赤な顔で叫んだ。
軍の腐敗した組織に裏切られ、正義を見失いかけていた彼女にとって、私たちが巨悪に立ち向かう姿は、かつて自分が信じていた『守るべき正義』そのものに映ったのだろう。
「ナタリー、落ち着きなさい。 彼女たちの言う通りだ」
青い顔をしたナオフミさんは、どうやって娘を説得しようかと考えながら立ち上がった。
父親として、娘を死地に赴かせるわけにはいかない。
でも、この家の真の主人は、ナオフミさんではなかった。
「ナタリー! 貴女にも、人生を懸けてやり遂げるべき使命ができたのね。 いい? ユキやアカネたちも今や私たちの家族よ! 家族が困っているなら助けるのが筋でしょ! 絶対にやり遂げなさい!」
キッチンから飛び出してきたジョアンナさんが、目をキラキラと輝かせてナタリーの手をガシッと握りしめた。
「ちょっと待てジョアンナ! 日本の裏社会がどれほど危険か分かっているのか!?」
青い顔をしたナオフミさんは、今度こそ本気でジョアンナさんと言い争いを始めた。
「娘を死なせる気か!」「家族を見捨てる気!?」「そうではないが……!」と、リビングは一気に修羅場と化した。
私とユカリさんは、顔を見合わせてそっと頷き合うと、その隙にあてがわれた自分たちの部屋に逃げることにした。
後ろを見ると当然のようにナタリーもついてきて、部屋の中に入り込んできた。
部屋に戻ると、ベッドの上で胃もたれに苦しんでいたアカネさんが、お腹を押さえながら、のそりと上半身を起こした。
「ねえ、ナタリー。 あなたが危険な目に遭うことは誰も望んでいないの。 悪いけど巻き込めないわ」
私は改めて、真剣な眼差しでナタリーに言い切った。
だが、私の言葉はどうやってもナタリーには届かないみたいだ。
「ああ、お前たちが死にたがりで危なっかしいのはよく分かっている。 だからこそ私が居るんだ。 絶対に生きて帰してやる! これから指揮官は私だ!」
ナタリーは胸を張り、ニヤリと笑った。
「……え?」
目を丸くしたアカネさんが、『どういうこと?』と事情を説明して欲しそうな目を私に向けてきたが、私には無理だ。
どちらかというと私も説明を受けたい側だ。
いつの間にか、私たちの上に『指揮官』が誕生してしまったらしい。




