帰国への誓いと、八つ当たりの決意
冷え込んできたアメリカの秋の夜風が、窓を微かに揺らしていた。
私たちに宛がわれた寝室の丸テーブルを囲むように、私、ユカリさん、アカネさん、そしてノヴァの4人が集まった。
マグカップから立ち上る温かいコーヒーの湯気が、静かな空間に溶けていく。
「そろそろ、私の成長もアカネさんの成長も限界だと思う。 得る物は得たと判断して決着をつけにいく時期だと思っているけど、みんなはどう?」
私は思い切って提案した。
ちなみに、この話し合いにはノヴァも同席し、真剣な顔で耳を傾けてくれている。
実のところ、アカネさんがノヴァに、私たちがアメリカに来た経緯や、アカネさんの抱える暗い過去をすべて話してしまっていた。
『どうしても嘘が付けなかった』と後で謝られたけれど、実の妹のように大事にしているノヴァと真剣に向き合った結果なのだから、咎める気はなかった。
重い沈黙を破ったのは、ユカリさんだった。
「ユキちゃん。……ナオフミさんは、やっぱり手伝ってくれなさそう?」
ユカリさんの不安げな問いかけに、私は沈黙でしか返せなかった。
ナオフミさんには彼の家庭があり、日本の国家権力に真正面から喧嘩を売るような無謀な復讐に巻き込むわけにはいかない。
「ユカリさん」
私は俯き、自分の膝の上で両手を強く握りしめながら、胸の奥にある本音を絞り出した。
「私は、サヤを助けるためと、両親の仇を討つために日本へ行く。 アカネさんは、自分の両親の仇を討つために行くの。 ……これ以上、関係ない人は巻き込めない」
顔を上げると、ユカリさんの瞳が寂しそうに揺れるのが映った。
ユカリさんは戦闘員ではない。
日本に戻れば、またあの日のような、いつ命を奪われるか分からない恐怖の逃亡生活が待っている。
だから、ここで別れるのが一番安全なのかもしれない。
だが、ユカリさんは寂しそうな顔をすぐに引っ込め、諦めたような、それでいて決意を固めたように、強く言い放った。
「私もサヤちゃんを助けるため。 それと……あなた達を守るために行くわよ!」
ユカリさんの強い瞳に、思わず息を呑んだ。
相変わらず私たちに甘く、でも、いざという時は誰よりも強い。
私はその姿を、とても頼もしく思っていた。
(お姉ちゃんって……こんな感じなのかな)
幼い頃から長女として気を張ってきた私にとって、ユカリさんは、自然と『お姉ちゃん』のように感じてしまうほど頼りになる存在だ。
私は涙を堪えて微笑み、隣に座るアカネさんの方を見て意見を聞いてみる。
最近のアカネさんは、昔と違って自分の意見を口に出せるようになったと思う。
私の背中を預けられる、とても頼りになるバディだ。
「ユキ、一生懸命に考えた。 だけど、私は作戦をたてるのは苦手。だから、ユキのタイミングを信じる」
アカネさんは、アイスブルーの瞳で私を真っ直ぐに見つめ返した。
そこには、もはや全てを諦めたような虚無の色はなかった。
氷のような瞳の色とは逆に、とても暖かかった。
私たちの意志は一つに固まった。
そして、帰国の準備を始めることにした。
* * *
翌日、私たちを見たユカリさんは、眉を八の字にしてとても言いづらそうに話した。
「帰国前に言うことでは無いのは分かっているけど。 ……ユキちゃんが手を引きたいと言った環境保護団体……ユキちゃんの想像通り、完全に黒だと分かったわ」
私は直ぐに思い出せた。
リベリアにて密猟者の確保依頼をしてきた環境保護団体であり、団体の末端であるノヴァの両親が密猟者によって亡くなった際は、ノヴァに何の保証もしなかった団体だ。
続けてユカリさんは言う。
「かの団体の保護活動は表の顔で、裏では押収した密猟品を売りさばいていたの。 それも、リベリアでユキちゃんたちが捕まえた組織のルートを流用してね。 ……あと、他にも色々悪事を行っているみたい」
私には『やっぱり』という感想しか出てこなかった。
表向きは綺麗な理念を掲げながら、裏では弱者を食い物にして私腹を肥やす。
あの田中と同じ、腐りきった大人たちの姿だ。
だけど、アカネさんの抱いた感情は違ったみたいだ。
「……ッ」
私たちは両肩を抱いて、急な寒さに耐える。
アカネさんが、無意識の激しい怒りで魔力を漏らし、部屋の温度を急激に下げてしまっていたのだ。
「ユキ……私、アメリカでやり残したことがあるの」
詳しく聞くまでもなく、アイスブルーの瞳が『やり残したこと』の正体を物語っていた。
そして、その感情は私にも痛いほどよく分かる。
ノヴァの両親を見殺しにし、裏で悪逆非道を尽くす巨大な組織。
それをこのまま見過ごして帰国することなど、今の私たちにできるはずがなかった。
私も力強く頷いた。
「奇遇だね? 私もやり残したことがあるの。 帰国前のウォーミングアップをしたいんだけど、一緒にどう?」
「……うん!」
アカネさんが短く頷くと、部屋を包んでいた極寒の冷気が、スッと静まり返った。
相手は大金と権力を握る巨大な団体かもしれない。
だが、そんな程度の悪党すら潰せないようでは、一国を裏から支配する田中を相手にできるわけがないのだ。
ああ、やっと自分がこれほど怒っている理由が分かった。
あの日、両親の葬式で線香の一本すら上げることなく、『手切れ金』だけを置いて立ち去った田中の姿に重なるからだ。
これは正義感からの偽善なんかじゃない。
私たちが日本へ発つ前に、この理不尽な世界へ叩きつける、最高にタチの悪い八つ当たりだ。
アメリカを去る前に、真面目に保護活動をしていたノヴァの両親を裏切った悪党どもを闇へと葬り去ると、静かに決意したのだった。




