紅き炎の痕跡と、拉致計画
シャワーを浴び終え、火照った体を冷ますようにチョコミントアイスを頬張るサヤの横で、ユキは真剣な眼差しをモニターに向けていた。
「ユカリさん、例の件、何か新しい情報は出た?」
その声のトーンの変化に、サヤもアイスをくわえたまま視線をモニターへ移す。アジトの空気が、日常の緩やかなものから、研ぎ澄まされた刃のような冷たさへと一変した。
「ええ、少し面白いことが分かったわ」
ユカリはキーボードを叩き、中央の大型モニターに数枚の画像を映し出した。それは、三年前に両親が命を落とした、桐里グループの旧工場の現場写真だった。公式には「事故」として処理され、一般には公開されていない公安の極秘資料だ。ユカリのハッキング技術がなければ、決して日の目を見ることはなかっただろう。
「この現場の焼け跡、やっぱり不自然なのよ。警察の発表では『古い爆薬に引火したことによる爆発』ってことになってるけど、火元の解析データを再構築してみたら……爆心地以外にも、何箇所か独立した発火点が確認できたの」
「独立した発火点……?」
「そう。何かの火の粉が飛んで燃え移ったのではなく、何もない空間から突然、ピンポイントで超高温の炎が発生したような痕跡。しかも、それは工場の出入り口や逃走ルートを塞ぐように配置されていたわ」
ユカリの説明を聞き、ユキの目が鋭く細められた。
一流の忍びである両親が、ただの爆発事故から逃げ遅れるはずがない。退路を塞がれ、計画的に追い詰められていたのだとしたら。
「……空間に直接、炎を出現させる能力」
ユキの呟きに合わせるように、ユカリが画面を切り替える。そこに映し出されたのは、燃え盛る炎を背に、自信満々な笑顔でポーズを決める少女の姿だった。
「赤園レイカ。現役の『炎の魔法少女』よ。彼女の能力は、まさに『指定した位置に炎を出現させる』こと。事件の夜、彼女のスポンサー企業の記録や公的な出動ログは完全に消されているけど、監視カメラの断片データを繋ぎ合わせたら、事件の数時間前に工場周辺のエリアに彼女が立ち入っていた形跡が見つかったわ」
「つまり、お父さんとお母さんを直接燃やしたのは、この女ってことね」
サヤが、チョコミントアイスの棒をバキッと真っ二つに折った。その声は普段の天真爛漫な響きを保っていたが、瞳の奥には底知れない暗く冷たい炎が揺らめいていた。
(サヤ……)
妹が時折見せるその昏い狂気に、ユキは胸の奥がチクリと痛むのを感じたが、すぐに己の感情を律してモニターの中のレイカを真っ直ぐに見据えた。
「まだ断定はできないわ。桐里ミチル……あの感知の魔法少女が、どう関わっているのかも聞き出さなきゃいけない」
ユキは静かに立ち上がった。
「ユカリさん、サヤ。……この赤園レイカを、拉致するわ」
「拉致!? ちょっとユキちゃん、相手は現役の魔法少女よ!? 警備だって厳重だろうし、何より彼女自身が危険すぎるわ!」
ユカリが目を丸くして椅子から立ち上がる。しかし、ユキの決意は揺るがない。
「真正面からやり合うつもりはないわ。私たちは忍びよ。相手が能力を使う前に、気配を殺して懐に潜り込む。レイカから、あの夜の本当の出来事と、ミチルの役割をすべて吐かせるの」
「……賛成!」
サヤが元気よく手を挙げた。折れたアイスの棒をゴミ箱に放り投げ、ウキウキとした足取りでユキの隣に立つ。
「魔法少女を誘拐なんて、最高にワクワクするね! で、どうやってやるの? 睡眠ガス? それとも毒針?」
「両方用意しておくわ。相手は指定した場所に炎を出せる。つまり、私たちを視認されたら終わり。絶対に『本気』を出させてはいけない」
ユキは卓上に広げた白地図にペンを走らせる。
「ユカリさん、レイカの最近の行動パターンと、スケジュールを洗い出して。スポンサーのビルから離れ、警備が手薄になる一瞬の隙を突くわ」
「……もう、無茶ばっかりなんだから。でも、やるからには完璧なルートを用意してあげる。ハッキングでのカメラの無効化と、逃走車両の手配は任せておいて」
ユカリは渋々といった様子ながらも、その指先はすでに猛烈なスピードでキーボードの上を舞い始めていた。
——数時間後。
「レイカは活発で、周りにチヤホヤされるのが大好きな性格みたいね。オフの日は、よくお忍びで人気のカフェやショッピングに出かけてる。……狙うなら、明後日の夕方。彼女がプライベートで通っている、裏路地のアンティークショップの近くなんてどう?」
「完璧ね。サヤ、明後日までに睡眠薬『白睡』の濃度を限界まで高めておいて。医療用の麻酔も併用するわ」
「了解、お姉ちゃん! たっぷり眠らせてあげる」
復讐の第一歩。
光り輝く舞台で踊る魔法少女を、誰にも知られず影の世界へと引きずり下ろす。
三人の少女たちは、夜の深い静寂の中、冷徹な拉致計画を綿密に練り上げていった。




