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魔法少女が表なら、忍びは裏。——国に見捨てられた姉妹は、偽りの聖女を影から狩る  作者: 毛布 繰丸
新たな任務——孤独な闘い

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38/74

きな臭い集落で逃げない決意

 むせ返るような熱帯の湿気が、肌にじっとりとまとわりつく。

 だが、集落の入り口だけは、季節外れの、いや、この地域ではあり得ないはずの極寒に支配されていた。


「ヒッ……!?」


 集落の門前に集まってきた男たちが、恐怖に顔を引きつらせて後ずさる。

 彼らの視線の先では、銀髪の少女――水島アカネが、無表情のまま右手を軽く前に突き出していた。彼女の白い手のひらから、チリチリと空気を凍らせる音と共に、絶対零度の冷気が白煙のように立ち上っている。

 周囲の地面は瞬く間に霜で覆われ、熱帯の植物がガラス細工のように凍りついてピキピキと悲鳴を上げていた。


 無駄なあがきを起こさせないための、絶対的な暴力の誇示。

 魔法少女の『科学を超えた理不尽な力』を見せつけられれば、密猟者も手も足も出せなくなる。アカネが静かに威嚇を続けている間に、私は族長の家へと再び足を運び、村の外で密猟者たちを集落で一日預かりたいと交渉を済ませてきた。


 やがて、族長が三名の若い男を引き連れて集落の入り口へとやってきた。

 族長は、私たちが捕獲し、猿ぐつわを噛ませて地面に転がしている六人の密猟者たちを一瞥すると、その顔に隠しきれない卑しい喜悦の笑みを浮かべた。


「おお、お客人。我が集落で明日まで預かろうではないか」


 族長は、もみ手でもしそうな勢いで私に頭を下げた。


「連中が口をきければよいということだな。……捕らえていただき感謝する。オイ!」


 族長が顎でしゃくると、若い男三人が集落の奥へ走り、さらに五名の男たちを連れて戻ってきた。彼らの肩には、大人が二人がかりで抱えるほどの太く重い丸太が担がれている。

 男たちは手慣れた様子で、集落の外れの地面に深く穴を掘り、その大きな丸太を次々と埋め込んでいった。

 その数、六本。

 どうやら、密猟者たちを一本の丸太に一人ずつ、個別に縛り付けて拘束するらしい。原始的だが、逃亡を防ぐには理にかなっている。


(……それにしても、手際が良すぎるわね)


 私は目を細めた。密猟者と村人は敵対しているはずだが、この手際の良さは、日常的に『人間を拘束する』作業に慣れている証拠だ。この集落の裏の顔が透けて見え、胸の奥に嫌なドロドロとしたものが渦巻いた。


 念のため、六人全員が分厚い麻縄で丸太に厳重に縛り付けられるのを最後まで確認してから、私たちはノヴァの家へと戻ることにした。


 * * *


 ノヴァの家に戻ったものの、彼女はまだ帰っていなかった。

 勝手に上がり込むのは流儀に反する。私とアカネは、崩れかけた土壁の入り口に腰を下ろし、彼女の帰りを待つことにした。


 やがて、空が毒々しい赤色に染まり、日が完全に落ちる直前。


「あ……!」


 遠くの畑のあぜ道から、小さな影がこちらへ向かって駆けてくるのが見えた。


「お姉さんたち!」


 入り口で待っていた私たちを見つけるなり、ノヴァは嬉しそうに小走りで近づいてきた。


「中に入って良かったのに」


 ノヴァは息を切らしながら眉を下げた。

 その姿を見て、私は思わず息を呑んだ。

 彼女の着ている粗末な服は、ドロドロの泥にまみれ、全身は玉のような汗に覆われている。


「上手くいったようで良かった。……魔法少女ってすごいね!」


 ノヴァは、私の隣に立つアカネを尊敬の眼差しで見つめながら、太陽のように明るく笑った。


「すぐに火をおこすから、待っててね!」


 そう言って、ノヴァは慣れた手つきで火を入れ始めた。

 パチパチと燃え上がる炎。その赤みがかった光が、薄暗い家の中を照らし出す。

 その火明かりによって、私は見てしまった。


 泥と汗にまみれたノヴァの細い腕や、破れた服の隙間から覗くふとももに……赤黒く腫れ上がった『痣』が点在しているのを。

 それは、転んでできたような傷ではない。明らかに、大人の手や棒などで強く殴打された痕だった。


 ガタッ。


 隣で、アカネが立ち上がる音がした。

 アカネは無言のままノヴァに近づき、その泥だらけの小さな手を、自分の白い手でそっと握りしめた。


「……これ、どうしたの」


 アカネの声は、いつもの無機質なトーンを保っていたが、その底には微かな震えが混じっていた。

 この集落でのノヴァの扱いがどのようなものか、痛いほどに察したのだろう。


 ノヴァは一瞬ビクッと肩を揺らしたが、すぐに照れ隠しのように笑って誤魔化した。


「ちょっと、畑の手伝いで失敗しちゃって……怒られちゃっただけ」


 そう言って明るく振る舞いながら、彼女は大切そうに包まれた布を取り出した。


「見て! 今日もパンは貰えたよ! 三人で三等分ね」


 差し出されたのは、今日の朝に作った余りだろう。カチカチに硬くなった、キャッサバのパンだった。

 泥だらけになり、大人に暴力を振るわれながら、一日中働いて得た対価がパン一つ。

 それでも、彼女は私たちをもてなそうとしている。


 そのノヴァの笑顔が、かつて両親の愛を知りながら、それを理不尽に奪われた私と妹に重なり、胸の奥に、鋭い棘のように深く、深く突き刺さった。


 * * *


 私たちが持参した携帯食料をメインに、無言の夕食を終えた直後だった。


 ――ザワッ。


 外の空気が、微かに揺れた気がした。集落の外から、ざわめきのような騒がしい気配が漂ってくる。

 パンをかじっていたノヴァが、急にボーッとした顔になり、焦点の定まらない目で暗い天井を見つめ始めた。

 今朝もそうだったが、まるで、意識が抜けたような状態だ。


 数秒後、ノヴァはハッとしたように息を呑み、血の気を失った顔で私たちを振り返った。


「お姉さんたち、逃げて!」


 悲痛な叫びだった。


「密猟者の仲間が、捕まった人たちを取り戻しに襲ってきた! 今は族長と話しているけど、多分……族長は、ここまで案内しちゃうと思う!」


 ノヴァは、今にも泣き出しそうな顔で、小さな両手で私とアカネの背中を押そうとした。


(……密猟者の仲間? なぜ、それがこの家にいるノヴァに分かる?)


 見張りも立てていないこの状況で、村の入り口で起きている出来事を、まるでその場で見てきたかのように断言するノヴァ。

 普通なら「何を馬鹿な」と疑う場面だ。


 だが――何故か、私は彼女の言葉を微塵も疑わなかった。

 疑問にすら思わなかった。

 それよりも、族長が私たちを裏切り、密猟者に売り渡そうとしているという事実に、頭の芯へとカッと血が上るのを感じた。


(ダメよ。……私はもう、十分に逃げた!)


 脳裏に、かつて強大な敵の前にひれ伏し、大事な妹を犠牲にして生き延びた自分自身の無様な姿がフラッシュバックする。

 あの時は、相手が国家という化け物だったが、ただの密猟者相手に、背中を見せて逃げるなど、私の忍びとしての誇りが許さなかった。


「アカネさん! 行くわよ!」


 私はノヴァの家を弾かれたように飛び出した。


「アカネさんは集落の入り口で正面から合流して! 私は集落の壁を飛び越えて、奴らの裏に回る!」


 走りながら指示を飛ばし、私は土壁を駆け上がり、夜の闇へと溶け込んだ。

 音もなく集落の外へと飛び出し、外から集落の入り口が見下ろせる木の上に身を潜める。


(……ノヴァの言った通りだ)


 視界に映ったのは、武装した男たちの集団。

 捕らえた六人の他に、追加の密猟者が確かに十五名いる。

 念のために木々を移動しながら周りを探ったが、他に隠れている仲間はいない。


(しまった……)


 私は舌打ちをした。

 相手の数と配置を確認する前に、アカネと別れてしまったことを後悔したのだ。細かな連携の指示を出せていない。


(いや、大丈夫。アカネさんなら自分の身は魔法で完全に守れるし、正面からの制圧も簡単だわ! 私は、魔法に驚いて逃げる敵や、死角からの攻撃を確実に仕留める!)


 思考を切り替える。

 相手は、金のために自然と命を弄ぶ密猟者。そして、私たちを裏切った村の大人たち。

 捕獲した数としては、最初の六人で十分に依頼のノルマは達成している。


(向こうから仕掛けてきたんだ。……正当防衛よ)


 私は両手にクナイを握りしめ、冷たく言い聞かせた。


 * * *


 集落の入り口の松明の光の中に、悠然と歩み出てきたアカネさんの姿が見えた。

 何を言っているか遠すぎて分からないが、怯えながらアカネさんを指さす族長。

 それを見た密猟者たちが、一斉にアサルトライフルの銃口をアカネさんに向けた。


 まさにその瞬間。


 シュッ! シュッ! シュッ!


 風を切り裂くような鋭い音が連続して響いた。

 私が背後の闇から投擲した三本の『毒クナイ』が、銃を構えようとした後方の男たちの首筋に、寸分の狂いもなく深々と突き刺さった。


「がっ……!?」「ひゅ……ぇ……」


 改良した猛毒。一人、二人、三人と、声にならない呻き声を上げて、男たちが次々とその場に崩れ落ちた。確実に致命傷だ。


「な、なんだ!? どうしたお前たち……っ!」


 パニックに陥る密猟者たち。

 その正面では、アカネさんが一切の感情を交えずに右手を振り下ろしていた。


「……凍れ」


 ピキィィィンッ!!

 周囲に、銃弾を完全に弾き返す分厚い氷の壁が展開されると同時に、彼女の足元から這い出した冷気が、一番前にいた五人目の男の下半身を一瞬にして氷漬けにした。


「うわぁぁぁぁっ!? 足が、足がぁっ!」


 正面からは絶対零度の悪魔。背後からは見えない死神。

 挟み撃ちにされた密猟者たちの中で、実戦経験の豊富な手練れの何人かが、私の投擲の軌道から位置を割り出し、木の上に向けて即座に発砲してきた。


 タタタタタッ!!


 マズルフラッシュが闇を照らし、銃弾が私のいた枝を粉砕する。


「チッ……!」


 私は枝から飛び降りながら、相手の銃口の向きと目線から着弾地点を完璧に読み切り、空中で身体を捻って銃弾を躱した。

 着地と同時に反動を利用してクナイを放ち、発砲してきた手練れの首に食い込ませる。


「こっちだ! 撃て!」


 さらに距離を取ってカバーに入ろうとする二人の男。

 距離が開いている上、再び空中に飛び上がった状態からのクナイの投擲では、殺すための威力が足りない。

 私は、左手に装着している鋼鉄製の手袋――徳頭との戦いで失った左手の機能を補うための暗器――を相手に向けた。


 カチッ。


 手首のスナップで内部のギミックを作動させる。

 プシュッ! という圧縮空気の音と共に、鋼鉄の手袋から『毒針』が噴出され、銃を構えようとした男の眉間に深々と突き刺さった。


「あ……が……」


 白目を剥いて、男はその場に倒れ伏す。


 アカネが正面から氷で敵の数を減らし、私が背後から逃げ場を塞ぎながら確殺していく。

 常に戦場全体を俯瞰し、一人たりともモレが出ないように立ち回った結果、わずか数分で追加の十五名は完全に無力化された。


 結局、最初の奇襲で仕留めた三名と、反撃してきた手練れの四名、そして逃げようとして毒針の餌食になった一名。合計八名は、命を奪うしかなかった。


 静寂が戻った集落の入り口。


「お、お見事です、お客人!」


 先ほどまで私たちを密猟者に売ろうとしていた族長が、地面に這いつくばるようにしてすり寄ってきた。

 彼は転がっている死体と、氷漬けにされた男たちを見て、怯えながらも卑屈な笑みを浮かべている。


「生き残りの七名の拘束は、我々が責任を持ってやらせていただきます! ええ、もちろん!」


 族長は裏切りの素振りなど一切見せず、手のひらを返して媚びへつらい始めた。

 その醜い人間の本性に、私は吐き気を覚えながら、無言で背を向けた。

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