あっけない戦闘と不愉快な依頼
照りつける赤道直下の太陽が、じりじりと大岩の表面を焼き焦がしていた。
私たちがノヴァの助言通りに巨大な岩の上へ身を潜め、監視を始めてから、すでに約五時間半が経過しようとしていた。
ジャングルの湿気とまとわりつくような熱気が、体力を無情にも奪っていく。
だが、私は浅く静かな呼吸を繰り返し、気配と体温の放出を極限まで抑え込んでいた。眼下の水辺に時折やってくる小動物たちすら、私たちの存在に全く気づいていない。
(……来たわね)
水面を揺らす微かな振動。風に乗って運ばれてくる、動物以外の、明確な『悪意を持った人間』の気配を捉え、隣で静かに休んでいたアカネさんの肩をトントンと軽く叩いて起こした。
「……ん。来た?」
「ええ。静かにね」
長時間の監視は集中力を著しく消耗するが、私は訓練としてその役目を引き受けた。そして、今後の捕獲制圧において最大の要となるアカネさんには、体力を温存して休んでもらうという役割分担にしていたのだ。
無表情のままスッと身を起こしたアカネさんと共に、私は大岩の縁から、双眼鏡で下方のジャングルを覗き込んだ。
水辺に姿を現したのは、象たちを取り囲むように、風下から音もなく忍び寄ってくる複数の人影。
(布陣と、作戦が見えてきたわ)
彼らの動きには無駄がなく、明らかに場数を踏んだプロの動きだった。手には自動小銃が握られている。
どうやら密猟者たちは、この水辺で象が水を飲む隙を突き、一斉射撃で命を奪い、その死体から高価な象牙だけを乱暴に削り取るつもりなのだと予測できた。
私はアカネさんの耳元で指示を出す。
「密猟者は全部で六人だわ。全員が銃持ちで、配置は扇状に広がっている。……象が撃たれないように、あいつらの銃を優先的に凍らせて貰える? その後は私が飛び出して無力化させるから、予備の武器に気をつけながら一気に決めるわ。いい?」
私の指示に対し、アカネさんはコクリと力強く頷いた。
言うのは簡単だが、これは魔法少女にとって極めて難易度の高い要求だ。
かつてのアカネさんは、周囲の空間全体を絶対零度で無差別に凍りつかせるという、圧倒的だが大味な戦い方しかできなかった。
複数の離れた対象の『武器』をピンポイントで同時に凍らせるなど、繊細すぎて到底不可能な複雑なコントロールだ。
だが、私は彼女ができると信じていた。
彼女は基礎体力の向上だけでなく、自分の理不尽な魔力を『技術』として完全に制御するための、繊細なコントロール練習を毎日欠かさず続けていたのだ。今の彼女なら、絶対にやれる。
「……いける。ユキ、十秒後に発動する」
アカネさんは瞳をスッと細め、両手に意識を集中させながら静かに呟いた。
私はその言葉を完全に信じ、頭の中で正確に秒数をカウントしながら、すかさず大岩の縁へと身を乗り出した。
「はぁっ!? な、なんだこれ!」
「つ、冷たッ!! 銃が……凍ってやがる!?」
眼下のジャングルから、パニックに陥った男たちの叫び声が響き渡った。
アカネさんの魔法が完璧に決まったのだ。
六人の密猟者たちが構えていた自動小銃が、空中の水分を急速に凝固させた氷の塊によって、完全に厚く覆い尽くされていた。
引き金を引くことすら不可能な絶対零度の拘束。
その異様な冷気と男たちの騒ぎ声に気づいた象たちが、一斉に警戒の鳴き声を上げて水辺から走り去っていく。
だが、密猟者たちは象を追う暇などない。
私がすでに、彼らの頭上から死神のように舞い降りていたからだ。
「ヒッ――!?」
狙うは、すぐに凍った銃を投げ捨て、腰から慌てて無線機か予備の拳銃を取り出そうとした指揮官らしき男だ。
私は音もなくその背後へと回り込み、全体重を乗せて、鋼鉄製の手袋を着用した左手の拳を男の顎の先端へと的確にカチ上げた。
ゴガッ!!
予想外の衝撃と脳震盪で、男は白目を剥いて膝から崩れ落ちた。
完全に意識を刈り取ったことを確認し、私は流れるような体捌きで二人目、三人目と間合いを詰め、次々と無力化していく。
四人目の男の元へ辿り着いた時、私は思わず眉をひそめた。
彼は銃を捨てることができず、武器どころか両腕ごと分厚い氷に包まれてしまっていたのだ。
「うわぁぁぁぁっ! 腕が、腕がぁっ!!」
完全に錯乱状態に陥り、暴れ回っている。下手に近づけば余計な怪我を負うと判断した私は、男の膝を後ろから足で押し倒して、恐怖と痛みで動けなくなったところを拘束した。
そこで、私の制圧作業は終了した。
残す五人目と六人目は、私が向かうよりも先に、岩から降りてきたアカネさんが足元と手を完全に氷漬けにしており、すでに戦意を喪失してガタガタと震え上がっていた。
「……あっけなく終わったね」
息一つ乱さなかった私は、合流してきたアカネさんに向かって微笑んだ。
アカネさんも、満足げに小さく頷く。
一人ずつ氷の拘束を慎重に消してもらいながら、依頼主から支給された頑丈な手錠で五人を拘束し、最後の六人目は自前のロープで縛り上げた。
これで、依頼は達成だ。
私はすぐに衛星電話を取り出し、依頼主である『環境保護団体』の担当者へ捕獲完了の連絡を入れた。
『なに? もう密猟者六人を制圧しただと?』
電話の向こうの担当者は、明らかに疑いの声を上げた。
だが、証拠の写真を送信すると、渋々といった態度に変わった。
『……分かった。今日中に受け入れと移送の準備を整える。明日の夕方には、お前たちが滞在している集落へ回収部隊が到着するから、それまで連中を逃がさず待機しておけ』
一方的にそれだけを言い残し、通信はブツリと切られた。
(……ジャングルの外で引き渡せばいいのに。わざわざ集落まで来させるなんて、向こうも後ろめたい事情があるんでしょうね)
私は衛星電話をしまいながら、ドス黒い不快感が胸に広がるのを感じた。
この裏の仕事を始めてから、多少の理不尽には麻痺してきたつもりだった。
だが、今回の案件は、どうにも私の神経を逆撫でする。
この環境保護団体が掲げているのは、あくまで「希少な動物の保護」。
その過程で、現地で犠牲となっている人間――ノヴァの両親のような貧しい人々――のことは、完全に切り捨てて無視しているのだ。
(環境保護という綺麗な看板を保つための、実績の数字が欲しいだけ。ノヴァみたいな孤独な子は無視して、私たちに高額な依頼を出す金があるなら、もっと先にやるべき保護や支援があるんじゃないの?)
怒りで奥歯を強く噛み締める。
表舞台の魔法少女たちも、裏で糸を引く政治家たちも、そしてこの偽善的な保護団体も、根本は同じだ。自分の利益と見栄のために、弱い人間を切り捨てる。
だが、私は結局、自分には助ける力が無いと分かっているので、その怒りを口には出さなかった。
私たちがしていることは、復讐のために資金と力を蓄える暗殺稼業であり、決して慈善活動ではないのだ。割り切るしかない。
「……行くよ。集落まで連行する」
仕方なく、私は拘束した六人を数珠繋ぎにロープで結び、無理やり立たせてジャングルを歩かせた。




