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魔法少女が表なら、忍びは裏。——国に見捨てられた姉妹は、偽りの聖女を影から狩る  作者: 毛布 繰丸
エピソード2 遠い異国の地にて再出発を誓う

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失われた左手と希望の刃

 ここは、アメリカ南東部。山と川があり、美味しい食べ物や音楽文化が盛んな地。だが、通りを一本離れるだけで、ひと際危険な地域だ。


 排気ガスが混ざり合った冷たい夜風が、路地裏の暗がりを吹き抜けていく。

 私は黒いコートの襟を立て、音もなく濡れたアスファルトの上を歩いていた。隣には、まだ未熟だが、足音を殺して歩く銀髪の少女――水島アカネの姿がある。


「……任務完了」


 私はコートの襟元に仕込んだ極小のインカムに向かって、短く報告を入れた。


『了解よ。お疲れ様、ユキちゃん、アカネちゃん。気を付けて帰ってきてね』


 インカムの向こうから聞こえるユカリさんの声は、安堵からか僅かに震えていた。


 あれから、どれだけの月日が流れただろうか。

 私たちからすべてを奪い、妹のサヤを連れ去った公安の男――現・徳頭官房長官に成り代わったすべての黒幕である田中ヒトシ。


 あの夜、絶望的な敗北を喫した私たちは、サヤが自己犠牲の魔法で繋いでくれた命を無駄にしないため、ユカリさんの手引きで日本を脱出した。

 そして今、私たちはこの異国の地で、フリーランスの暗殺者として裏社会の泥水をすすりながら生き延びている。


 すべては、再び日本へ戻り、田中の首を獲り、サヤを奪還する力を蓄えるためだ。


「……ユキ。少し、早い。焦りすぎ」


 アカネが歩きながら、淡々とした声で指摘した。

 彼女のアイスブルーの瞳は、かつての虚無に満ちたものではなく、バディとしての鋭い警戒心を宿している。


「気づかなかった。ありがとう、アカネさん」


 私はコートに顔を隠し、怪しまれない歩調で、再び夜の闇へと溶け込むように歩みを進めた。


 現在の私たちの拠点は、寂れた場所にある家具付きのアパートメントだ。

 逃亡者である私たちが正規のルートで部屋を借りられるはずもなく、ユカリさんが裏社会のブローカーと接触して準備してくれた。

 外国人であること、そして身元が割れにくい物件を求めた結果、足元を見られて相場の数倍という法外な家賃を吹っかけられたらしい。


 だが、私たちがこれまでの裏仕事で命を削って貯めてきた貯金と、アメリカでこなしている危険な依頼の報酬で、なんとか生活は維持できていた。


 古びたレンガ造りのアパートの前に到着する。

 周囲に尾行や監視がないことを確認した後、私は到着したと、インカムからユカリさんに話しかけた。


『カチャッ』


 数秒後、玄関の分厚い鉄扉の奥で、電子ロックが解除される鈍い音が鳴った。ユカリさんが内部から施錠を解いたのだ。

 私が慎重にドアノブを回して扉を開けた、その瞬間だった。


「ユキちゃぁぁぁん!! アカネちゃぁぁぁん!!」


 バタバタと激しい足音と共に、奥の部屋から飛び出してきたユカリさんが、私の首に勢いよくしがみついてきた。


「うわっ……! ちょっとユカリさん、苦しい……!」

「大丈夫だった!? どこも怪我していない!? 銃で撃たれたり、刃物で切られたりしてないわよね!?」


 ユカリさんは私から離れると、今度は私の身体をペタペタと触り、血が滲んでいないか、骨が折れていないかと、すごい勢いで確認し始めた。隣にいたアカネも、同じように肩を掴まれて前後左右に揺さぶられている。


「……目眩がする」


 アカネが無表情のまま目を回し、私が苦笑しながらユカリさんの手を優しく制した。


「平気よ、ユカリさん。二人とも無傷だから。相手はただのマフィアよ。魔法少女や魔女に比べれば、なんてことはないわ」


 私がそう言って微笑んでも、ユカリさんの顔から心配の色は消えなかった。

 あの絶望の夜以降、ユカリさんは私たちに対して異常なまでに過保護になってしまった。


 無理もない。

 あの夜、血みどろになって生還した私たちを見て、更にサヤが攫われたと聞いた彼女の心もまた、耐え難いほどの大きな傷を負ってしまったのだ。


『これ以上、誰一人として失いたくない』


 その強迫観念に近い思いが、彼女を夜も眠れぬほどの不安に駆り立てていた。


 ふと、ユカリさんの視線が、私の左手へと落ちた。

 途端に、彼女の眉尻がハの字に下がり、今にも泣き出しそうな悲痛な顔になる。


「……手は、痛くない?」


 ユカリさんが、恐る恐る私の左手に触れた。


「大丈夫。もう痛みは全然感じないわ」


 私は努めて明るい声で答え、黒い革手袋に包まれた自分の左手を軽く振ってみせた。


 私の左手。

 徳頭サトミチとの死闘の際、私は最後の仕掛けを完成させるため、あえて自分の左手を犠牲にした。ダガーによって掌を完全に貫通され、骨は砕け、神経はずたずたに切断されてしまったのだ。

 闇医者の手術のおかげで手そのものを切断する事態は免れたものの、私の左手はもう、二度と元のようには動かない。


 今は、特注の鉄鋼の装具で覆った手袋を身に着けることで、見た目上は普通の手に見えている。

 痛覚は完全に失われ、触れているものの温度すら分からない。

 クナイを構えたり、糸を操るような精密な動作はもうできない。


 忍びにとって、それは文字通りの「致命傷」だった。


(……でも、立ち止まるわけにはいかないから)


 私はこの動かない左手袋の中に、いくつかのギミックを組み込んだ。

 繊細な技術が使えないのなら、それを補って余りある純粋な殺傷能力と奇襲性でカバーするしかない。

 父と母が教えてくれた、美しく洗練された忍びの技を半分失ってしまった私は、復讐のためだけに特化した、いびつで醜い暗殺マシーンだ。


 それでも、サヤを取り戻すためなら、自分の魂がどれだけすり減ろうと構わなかった。


「……本当に、無理だけはしないでね」


 ユカリさんが私の左手を両手で包み込み、祈るように呟いた。


「ええ。約束するわ」


 私はユカリさんの頭を優しく撫でた。

 サヤならきっと、「お姉ちゃん、子ども扱いしないでよね!」と、頬を膨らませて怒るだろう。その生意気で愛おしい声が聞けない寂しさが、胸の奥をチクリと刺した。


 ***


 それから、私たちはシャワーを浴びて汚れを洗い流し、リビングのソファに集まった。

 アパートのリビングは、ユカリさんが持ち込んだいくつかのパソコンとサーバーが繋がっている。以前の拠点に比べると貧相だが、仮拠点のつもりのため問題はない。


「はい、ホットココアよ」


 ユカリさんが、温かい湯気を立てるマグカップを三つ運んできてくれた。


「ありがとう、ユカリさん。冷えた体に染みるわ」


 私がマグカップを両手で包み込み、甘い香りに息を吐き出すと、ふと横の視界に銀髪の少女が入った。

 アカネは、マグカップを両手で大事そうに持ちながら、フーフーと必死に息を吹きかけていた。

 彼女は極度の猫舌なのだ。氷の魔法少女であり、絶対零度の冷気を操る彼女だが、繊細な技術は練習中だそうだ。


「……あつっ」


 少しだけ口をつけては、ピクリと肩を揺らしてカップを離す。その小動物のような動きが、戦闘中の冷酷な姿とあまりにもかけ離れていて、私は思わずクスッと吹き出してしまった。


「無理しないで、少し冷ましてから飲みなよ、アカネさん」

「……うん。でも、早く飲みたい」


 アカネは無表情のまま、真剣な顔でココアと格闘し続けている。

 かつては自分から他人に心を開くことのなかった彼女が、今ではこうして私たちと温かい時間を共有しようとしてくれている。それがどれほど私の救いになっているか、彼女自身は気づいていないだろう。


「そう! 今日はとっても素敵なニュースがあるの!」


 不意に、ユカリさんが子供のようにはしゃいだ声を上げ、自分のデスクのキャスターチェアをガラガラと引きずって私たちの方へやってきた。

 その手には、一台のタブレット端末が握られている。


「素敵なニュース?」


 私が首を傾げると、ユカリさんはタブレットの画面を私たちに見せつけるように突き出した。


「これを見て!」


 画面に映し出されていたのは、とあるSNSの投稿画面だった。

 写真の中央には、真っ赤な忍び装束。正確には、海外の映画やアニメで描かれるような、派手で実用性のない忍者コスプレを着た、ブロンド髪のアメリカ人女性が満面の笑みでポーズを決めている。

 背景から察するに、どこかのアニメコンベンションか、ハロウィンのパーティ会場のようだった。


「……忍者?」


 私は眉をひそめた。


「……アメリカの、オタク文化?」


 アカネもココアを啜りながら、首を傾げる。

 二人して画面を眺めたが、何が『素敵なニュース』なのか全く理解できなかった。

 ただのコスプレ写真だ。日本文化を愛好する外国人は珍しくない。それが私たちの復讐や、サヤの奪還にどう繋がるというのか。


「もう、ユキちゃんもアカネちゃんも鈍いんだから!」


 ユカリさんはニマニマと笑いながら、タブレットの画面をピンチアウトし、女性の手元を大きく拡大した。

 拡大された画面。

 ブロンドの女性がカメラに向けて得意げに構えているのは、一本のクナイだった。

 私はその形状を見た瞬間、心臓がドクンと大きく跳ね上がった。


「これ……!」


 思わず立ち上がり、タブレットを食い入るように見つめる。

 刃の角度、重心を安定させるための柄の微妙なカーブ、そして指を通すリング部分に施された、特殊な滑り止めの溝。

 市販されているレプリカや、アニメのグッズなどではない。

 それは、間違いなく『本物』の構造だった。


「そうよ! 無駄に塗装されているけど、ユキちゃんのクナイと全く同じ型だわ!」


 ユカリさんが興奮気味に言った。

 私の脳裏に、かつて徳頭サトミチが屋上で語った言葉が、鮮烈なフラッシュバックとなって蘇った。


『俺たち以外の忍びは、政府に使い潰されるか、嫌気が差して外国へ逃げた』


 日本政府の裏仕事を引き受けていた忍びの里。その崩壊に伴い、生き残った忍びたちの多くは、命を惜しんで海外へと逃亡したのだと徳頭は言っていた。

 もし、このアメリカという広大な異国の地に、かつての日本の忍びたちが作り上げたネットワークが存在しているとしたら?


「……そう、徳頭が言っていた、海外に逃げた忍びを探すヒントにならないかしら?」


 ユカリさんの言葉に、私は全身の血が沸騰するような興奮を覚えた。

 もし、このクナイの出処を辿ることができれば。

 海外に逃れた『本物の忍び』たちと接触することができれば。


 彼らは、政府の裏事情に精通している可能性がある。

 田中が構築した魔法少女のシステムの抜け道や、彼らなりの情報網、あるいは、田中を打倒するための新たな技術や戦力を得ることができるかもしれない。

 それは、暗闇の中で手探りで進んでいた私たちにとって、天から垂らされた一本の蜘蛛の糸に等しかった。


「ユカリさん、この写真の投稿者は!?」


 私が焦って尋ねると、ユカリさんは得意げに胸を張った。


「ふふん、私を誰だと思ってるの? 投稿者はただのコスプレイヤーで、自撮りや日常の写真をSNSに垂れ流してるわ。GPS情報や背景の映り込みから、彼女の本名、勤め先、そして住んでいる場所の特定なんて、五分で終わったわよ」


 ユカリさんはタブレットを操作し、アメリカ西海岸のとある住所と、女性のプロフィール情報を画面に表示させた。

 身バレに対する警戒心が薄い一般人。彼女に接触し、このクナイをどこで手に入れたのかを聞き出すのは容易なはずだ。


 私は、左手の鉄の手袋をギュッと握りしめた。

 止まっていた時間が、再び動き出す音がした。


「……アカネさん」


 私が振り返ると、アカネはすでにココアを飲み干し、立ち上がっていた。

 彼女の瞳には、私と同じように、次なる戦いへ向かう静かな炎が宿っている。


「……サヤを、助けに行くための道」


 アカネが短く呟く。


「ええ。どんな小さな可能性でも、私たちはそれに縋るしかない。……それが、あの化け物を引きずり下ろすための刃になるなら」


 私たち三人は、互いの顔を見合わせた。

 失われた左手、壊された日常、奪われた妹。

 それでも、私たちはまだ負けていない。


「行ってみよう」


 私の決断の言葉が、冷たいアメリカのアパートの部屋に響き渡る。

 復讐の第二幕が、今、この異国の地から静かに幕を開けようとしていた。

お読みいただきありがとうございます!

現在3作品を同時連載しているため、更新ペースにバラつきが出てしまうかもしれません。

ですが、皆様からの評価やレビューなどの応援が、作者の創作意欲と更新スピードを劇的にアップさせる最大の栄養になります! ぜひ、応援よろしくお願いいたします!

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