決戦④――託された想い、屋上へ走れ
「えっ……?」
突然のサヤの提案に、私は戸惑いの声を上げた。
自分でも間抜けな声だったと思う。今、この絶望的な状況下で彼女が何を口走ったのか、一瞬だけ脳が理解を拒んだのだ。
「卑怯なあいつ(徳頭)のことだから、旗色が悪くなると逃げるかもしれない。こいつらに付き合ってたら、また取り逃がすよ。だから……お姉ちゃんは、屋上の徳頭に向かって。こいつらは、私とアカネで片付けるから!」
「こっちも危険よ! 三人で協力しよう!」
私は即座に反論した。声が裏返りそうになるのを必死で抑え込む。
相手は、純粋な兵器と化した四人の魔女、そして何をしてくるか分からない田中だ。
魔女たちは今も、砂を渦巻かせ、水をうねらせ、鋼鉄をきしみ鳴らしながら、常軌を逸したプレッシャーを部屋中に放ち続けている。高級ホテルのスイートルームという密室で、これだけの質量を持った魔法の暴力を防ぎ切ることなど不可能に近い。
いくらサヤの体術とアカネの氷が強力でも、二人だけで相手にするにはあまりにも分が悪い。最悪の場合、二人とも――。
だが、私が最悪の想像を口にして言い募ろうとしたまさにその瞬間、インカムからユカリさんの焦燥に駆られた声が耳に飛び込んできた。
『ユキちゃん! 悔しいけど、サヤちゃんの言う事はもっともよ……!』
「ユカリさん!?」
『監視カメラの映像だと、ホテルの屋上のヘリポートには、すでにヘリが着陸しているわ。徳頭はそれに乗って逃げるつもりよ!』
――決断の時。
ユカリさんの報告が、冷たい水のように私の頭を冷やした。
もし徳頭が空へ逃げてしまえば、いかなる忍びの技術をもってしても追撃は不可能になる。国家権力の中枢にいる男だ。一度取り逃がせば、次こそは軍隊並みの護衛を固め、二度とあいつの首に刃を届かせることはできなくなるだろう。今日、ここですべての決着をつけなければならない。
「お姉ちゃん!」
サヤが、私に向けて鋭く叫んだ。
「行って!! 徳頭の首は、お姉ちゃんが絶対に獲って!」
私は、サヤとアカネの顔を交互に見た。
四人の魔女たちが水と砂と鉄の魔法を練り上げ、いつこちらへ解き放ってもおかしくない臨戦態勢を取っている。
その絶望的な嵐の前に立ちはだかる二人の少女。
妹をこんな地獄に置いていくことなど、私にはできない。両親を失ったあの夜から、サヤのことだけは絶対に守り抜くと誓って生きてきたのだから。
だが、二人を振り返った私の目に映ったのは、微塵の恐怖も抱いていない、覚悟に満ちた戦士の顔だった。
二人とも、真剣な眼差しの中に、私に対する絶対的な信頼と、勝利を確信する『薄い笑み』すら浮かべていたのだ。
アカネの瞳には、かつての無機質な氷ではなく、両親の仇を討つという熱い炎が燃えている。そしてサヤは、そんなアカネを背中で守るように、しっかりと忍者刀を構えていた。
(……この子たちは、強い)
私が守るだけのか弱い存在などではなかった。共に戦い、背中を預け合える、誇り高き忍びであり、魔法少女なのだ。
私は、ギリッと唇から血が滲むほど強く噛み締めた。
信じるしかない。いや、信じている。この二人は、絶対に死なない。
「……お願いッ!!」
私は踵を返し、床を強く蹴り上げた。
目標は、部屋の奥にある非常階段への重厚な扉。魔女たちの猛攻がサヤとアカネの二人に集中したその一瞬の死角を突き、私は全速力で駆け抜けた。
「逃がすか!」
田中が舌打ちと共に懐へ手を伸ばし、黒光りする拳銃を抜こうとする。
だが、その銃口が私へ向くよりも早く。
「よそ見してんじゃないわよ!」
サヤの怒声と共に放たれた一筋の閃光――クナイが、田中の手首を掠め、弾き飛ばされた銃が床を滑っていく。
それと同時に、田中を守ろうとした魔女たちが魔法を放とうと動いた瞬間。
「……凍れ」
アカネの静かだが絶対的な宣告と共に、部屋の温度が一気に急降下した。絶対零度の吹雪が荒れ狂い、魔女たちの視界と、放とうとしていた水や砂の動きを物理的に完全に封じ込める。
二人が作り出してくれた、完璧な道。
私は一切の追撃を受けることなく、呆気ないほど簡単にスイートルームの奥の扉に到達することに成功した。
「サヤ! アカネさん!!」
非常階段への重い鉄扉に手をかけながら、私は顔だけを部屋に向けて、喉が張り裂けんばかりの声で叫んだ。
「徳頭の首は任せて! だから……絶対に、生きて追いついてきて!!」
私は部屋の惨状から目を逸らし、重い鉄扉を開け、屋上へと続く最後の階段へ足を踏み入れた。
バタンッ! と背後で分厚い扉が閉まり、激しい戦闘の音がくぐもったものに変わる。
返事を待つ時間はなかった。
私は後ろ髪を引かれる思いと、溢れそうになる涙をグッと呑み込んだ。
(お父さん、お母さん。どうか二人を……サヤとアカネさんを護って!)
心の中で両親へ祈りを捧げながら、私は螺旋階段を一段飛ばしで駆け上がる。
一段登るごとに、肺が焼け付くように熱くなり、心臓が警鐘のように早鐘を打つ。だが、疲労よりも、体中を駆け巡る怒りとアドレナリンのほうが勝っていた。
私たちの人生を狂わせた元凶。システムを作り出し、魔法少女たちを兵器として使い捨て、両親をゴミのように殺した男。
(徳頭サトミチ……お前だけは、絶対に生かしてはおけない!)
手にしたクナイの柄を、指が白くなるほど強く握りしめる。
私は、屋上のヘリポートを目指して、最後の階段を駆け上がった。
いつもより短いですが切りどころがここしか無く……。
続きは夜に投稿予定です。




