決戦①――国家の罠、そして毒を以て毒を制す
感知の魔法少女・桐里ミチルとの死闘から、三か月あまりの月日が流れていた。
地下深くにある私たちのアジトには、ようやく穏やかな時間が戻りつつあった。レイカの炎で焼かれた私の左腕の火傷も、ミチルのボディガードたちに砕かれた肋骨も、療養したおかげで、今では痛みを伴うことなく動かせるまでに回復していた。
この三か月間、表の世界は驚くほど静かだった。
ミチルという最高峰の魔法少女が姿を消し、遺体が発見されたというのに、警察もメディアも一切その事実を報道しなかった。私たちはこの不気味な静寂を、「徳頭サトミチの油断」だと推測していた。
『ミチルが死んだことで、忍びの復讐は完遂した。黒幕である自分の存在にはまだ気づかれていない』
政府の中枢にいる徳頭はそう誤解し、事態を穏便に揉み消そうとしているのだろうと。私たちはその慢心を逆手に取り、時間をかけて万全の暗殺計画を練り上げていたのだ。
だが、私たちが相手にしていたのは、一人の悪徳政治家などではなかった。
『国家』という、巨大で冷酷なシステムそのものだったのだ。
「――やられたっ!!」
アジトの静寂を切り裂くような、ユカリさんの悲鳴に近い叫び声が響いた。
「ユカリさん!? どうしたの!?」
私がベッドから跳ね起き、サヤとアカネも驚いてモニターの前へと駆け寄る。三台の大型モニターにはすべて、地上波の緊急ニュース番組が映し出されていた。
『――繰り返しお伝えします。失踪中であった魔法少女・桐里ミチルさんと赤園レイカさんの行方が判明しました。警察の発表によりますと、お二人は何者かによって無残に殺害されており……容疑者として、同じく魔法少女である水島アカネ容疑者を全国に指名手配しました』
ニュースキャスターの緊迫した声が、薄暗いアジトに響き渡る。
画面には、感情の抜け落ちた氷のような瞳でこちらを見つめる、アカネの公式プロフィール写真が大きく映し出されていた。
「なっ……!?」
私が息を呑んだ直後、画面はさらに切り替わった。
『さらに警察は、水島容疑者の逃走を幇助し、殺害に加担したと思われる二人の協力者を公表しました。極めて危険なテロリストである可能性が高く、発見次第、ただちに通報を……』
そこに映し出されたのは、どこかの監視カメラに映った映像を利用したのだろう、私たち姉妹の買い物中の写真だった。
解像度を極限まで引き上げられ、目元に黒い目線処理こそ入っているものの、私とサヤの輪郭、髪型、背格好までがはっきりと全国の電波に乗せられていた。
「はぁっ!? ちょっと、こんな目線だけじゃ殆ど身バレしてるじゃないの!」
サヤがモニターを指差し憤慨する。
その隣で、指名手配の主犯格とされたアカネは、いつものように感情の読めないアイスブルーの瞳をモニターに向けたまま、ぽつりと呟いた。
「……半分あってる」
「ツッコんでる場合じゃないでしょ!!」
サヤが頭を抱えて叫ぶ中、ユカリさんは両手で自身の髪をぐしゃぐしゃとかきむしった。
「ダメよ、これじゃ……! 徳頭は私たちが自分に牙を剥くことにとっくに気づいていたのよ! 自分に火の粉が降りかかる前に、魔法少女同士の内ゲバとテロリストの仕業にでっち上げて、私たちを表舞台に引きずり出したんだわ! このままじゃ、事前に考えていた計画の殆どが役に立たないわよ!」
ユカリさんの言う通りだった。
私たちがこの三か月間で練り上げていた作戦は、すべて『私たちが世間に認知されていないこと』を大前提としていた。
だが、顔が割れ、指名手配犯となった今、アカネを堂々と潜入させることも、私たちが外を歩くことすらも不可能になってしまったのだ。
「……すぐに別の計画に移すか、世間から風化するまで何年も待つか……どちらも一長一短ね」
私はギリッと奥歯を噛み締め、深刻な顔で呟いた。
国家権力による全国規模の指名手配。ここから数年間、地下に潜って生活することは不可能ではないが、それでは両親の無念を晴らす機会を永遠に失うかもしれない。
「わたし! そんなに待てないよ!!」
サヤが血走った目で私に掴みかかった。
「お父さんとお母さんを殺した奴が、今ものうのうとテレビで笑ってるんだよ!? 数年も待つなんて絶対に嫌だ!!」
「分かってる!!」
私は思わず、サヤの声を叩き伏せるように大声を張り上げてしまった。
静まり返るアジト。私はハッとして、自分の手を見た。焦っていたのだ。相手の底知れない権力の大きさと、自分たちの甘い想定が招いた最悪の事態に。
「……ねぇ、もうやめにしない?」
ふいに、ユカリさんが震える声で呟いた。
私とサヤが振り返ると、ユカリさんはモニターに背を向け、両手で顔を覆いながらポロポロと涙を流していた。
「しばらく、外国で静かに過ごせないかな……? 逃走ルートの確保はなんとかするわ。お金だってある。……私は、これ以上皆が傷つくのを見てられないわ」
その言葉に、胸が締め付けられた。
ユカリさんは私たちを実の妹のように慈しんでくれている。先日のミチルとの戦いで、私とサヤが血みどろになって帰還した時の恐怖が、彼女の心を限界まで追い詰めていたのだ。
場は、重苦しい静寂に包まれた。
その後、どうにか現状を打破しようと、アカネ以外が思いつきで様々なアイデアを言い合った。だが、どれも現実的とは思えず、ただ焦りだけが空回りしていく。
「……頭を冷やそう。一旦解散」
私の提案に誰も反対することなく、重い足取りでそれぞれのスペースへと散っていった。
***
私は一人、簡易ベッドに腰掛けて膝を抱えていた。
指名手配。テロリスト。相手は国。
(どうすればいい……お父さん、お母さん)
自分の無力さに打ちひしがれていると、ふいに隣のマットレスが静かに沈んだ。
顔を上げると、伏し目がちのアカネが、私の隣にちょこんと座っていた。
「……ごめんなさい。私のせいで」
アカネのボソボソとした声には、確かな罪悪感が滲んでいた。
アカネも協力すると聞かなかったため、忍びの技術が必要な闇に紛れて行動する作戦は使えなかった。
そのため、アカネという絶大な氷の魔法少女を陽動として目立たせ、その隙に私とサヤが闇に紛れて徳頭の寝首を掻く、あるいは動く必要がない待ち伏せるといった作戦ばかりだった。
現在の状況では、公安の田中を筆頭に、一般の警察、はたまた軍隊まで動かして徹底的に自衛するだろう徳頭を暗殺するのには適していなかった。
「違うよ、アカネさん」
私は首を横に振り、精一杯の笑顔を作った。だが、その頬は自分でもわかるほど引きつり、ぎこちないものになっていた。
「相手は国だからしょうがないよ。私も想定が甘かった。それに……犯行がバレて追い詰められるなんて、私たちが忍びとして失格なだけだよ」
忍びは影。知られず、語られず、仕事を遂行してこそ一流だ。
両親が命を賭して守り抜いたその掟を、私は守れなかった。
相変わらず氷のように無表情だが、この三か月間、共に暮らし、不器用ながらも心を交わしてきた私には分かる。彼女の瞳の奥には今、静かで、けれど決して砕けない氷のような決意が宿っているのだ。
私は、不安げに揺れるアカネの瞳を真っ直ぐに見つめ返し、静かに告げた。
「決着の時が来たの。……一緒に戦ってくれる?」
アカネは私の目を真っ直ぐに見て、強く頷いた。
魔法少女という作られたシステムから脱却し、初めて自分の意志で「戦う」ことを選んだ彼女の、強い決意の表れだった。
その時だった。
「も~うっ!!」
ドサッ! という音と共に、天井裏の通気口から黒い影が降ってきた。サヤだ。
サヤは完璧な受け身で着地すると、腰に手を当てて私たちをツンと睨みつけた。
「お姉ちゃん! 勝手に二人だけの世界に入って、私をのけ者にしないでよ! それと、アカネ!」
サヤはアカネをビシッと指差し、プイッと顔を横に向けた。
「あんたの氷がないと困るんだからね! こき使うから、私の言うことをきくのよ……それと、頼りにしてるんだから」
普段絶対に言わないような、不器用すぎるツンデレの極み。アカネを慰めるつもりなのだろうが、その耳は真っ赤に染まっていた。
アカネはパチパチと瞬きをし、ほんの少しだけ口角を上げて「……うん」と頷いた。
コンコン。
開いたままのドア枠を叩く音がして、私たちが振り返ると、そこには目を真っ赤に腫らしながらも、不敵な笑みを浮かべたユカリさんが立っていた。
「復讐を何年も延期にするなんて、……やっぱり待ってくれないのよね?」
ユカリさんは手元のレポート用紙をパラパラと弾いた。
「なら、状況がこれ以上悪化する前に動くわよ。国が相手だろうがなんだろうが、私たちを舐めたからには痛い目にあってもらうわ」
そう言って、ユカリさんは私たち三人に、急ピッチでまとめ上げた作戦のレポート用紙を配った。
その一行目に書かれた強襲ポイントを見た瞬間、私とサヤは信じられないものを見るように目を丸くした。
***
「まさかユカリがあんな大胆な作戦を考えるなんて、予想できなかったわ」
薄暗く、冷たい水音が反響する下水道。常人離れした忍びの跳躍で駆け抜けながら、サヤが楽しそうに笑った。
「そうね」
私も微笑み、サヤと並走しながら地下の淀んだ空気を切り裂いていく。
「アカネ! あんたが作戦の要なんだから、今の内に休んでいなさい!」
サヤが背中越しに叫ぶ。
「……了解」
サヤの背中には、真っ黒なローブで身を隠したアカネが背負わされていた。
隠密行動や高速移動ができないアカネを、忍びの限界を超えた脚力で直接『運搬』する。それが私たちの出した答えだった。
サヤの細い体のどこにそんな力があるのか、彼女はアカネを背負ったまま、下水道を軽々と跳躍していた。
(……おんぶされて走るなんて。これって、すっごく青春……!)
アカネの表面上は無機質な声の「了解」とは裏腹に、彼女の内心は、初めて味わうジェットコースターのような疾走感と、仲間と背中を合わせているという高揚感で、歓喜の悲鳴を上げていた。
目的地は政治の中枢であり、絶対的な権力の象徴――国会議事堂。
今回のユカリさんの作戦は、まさに『毒を以て毒を制す』ものだった。
真昼間の、しかも本会議中の国会議事堂に正面から強襲をかける。
徳頭サトミチは、私たちが指名手配されたことで夜陰に乗じて暗殺に来ると警戒しているはず。
だが私たちは『白昼堂々』に乗り込む。
議事堂内にはマスコミのカメラが多数入り、何百人もの国会議員という「守るべき人質」がいる。
そのため、徳頭は軍隊の重火器や広範囲を破壊する兵器を使うことができず、戦力も要人の保護にばらつかざるを得ない。
卑怯な隠蔽工作も、マスコミの目の前では不可能になるのだ。
私とサヤはすでに顔バレしている。メディアに晒されることへの恐怖はとうに捨てていた。
「――目標の議事堂敷地内、地下からの搬入口まであと五百メートル! 出口が見えるわ!」
インカムからユカリさんのナビゲートが響く。
「サヤ、アカネさん。相手は国の中枢、そして両親の本当の仇よ。どんな理不尽な力が待っているか分からない」
私は両手に愛用のクナイを固く握りしめ、出口から吹き込んでくる風に黒髪を揺らしながら、真剣な顔で二人に告げた。
「……最後の戦いよ!」
白昼の太陽の下、国会議事堂という巨大な権力の城へ向けて、マンホールから地上へと飛び出した二人の忍びと一人の氷姫は、決死の覚悟でその足を踏み入れた。




