安っぽい手切れ金と、漆黒の誓い
「——連日お伝えしております、巨大複合企業『桐里グループ』の工場で発生した大規模な爆発事故! ですがご安心ください。たまたま現場に居合わせたこの方が、被害を最小限に食い止めました!」
冷たい雨音が打ちつける葬儀場の控室に、ひどく不釣り合いな、甲高く華やかな女子アナウンサーの声が響いていた。
壁掛けのテレビ画面の中では、色とりどりのフラッシュを浴びて微笑む一人の少女が大写しになっている。
桐里ミチル。
大企業の令嬢にして、今最も世間の注目を集める魔法少女の一人だ。
「ミチルちゃんの迅速な救助活動により、重傷者はゼロ! まさに聖女! 私たちの誇りです!」
画面の中で、ミチルははにかむように目を伏せ、可憐な笑みを浮かべていた。
だが、喪服姿でパイプ椅子に座るユキ——当時十四歳——にとって、その歓声はひどく薄気味悪いものに聞こえた。
「……お姉ちゃん」
隣で肩を震わせる十三歳の妹、サヤが、ユキの袖をきつく握りしめる。その小さな手は氷のように冷たかった。
ユキは無言で妹の肩を抱き寄せ、部屋の正面に飾られた二つの遺影を見つめた。
父・タツノリと、母・ツバキ。
誇り高き「忍び」であり、誰よりも優しかった両親。
二人の亡骸はここにはない。潜入調査中の桐里グループのビルで起きた不自然な爆発に巻き込まれ、跡形もなく燃え尽きてしまったからだ。
——ガラリ。
無遠慮に控室の引き戸が開き、黒いスーツを着た中年の男が入ってきた。政府の、公安部の人間だ。
男はテレビの電源を無造作に消すと、感情の読めない冷たい目で姉妹を見下ろし、**「公安の、田中だ」と短く名乗ってから、分厚い茶封筒をテーブルに放り投げた。
「……葬儀の最中に済まないね。だが、これで君たちとの関係は終わりだ」
「終わり……?」
「ああ。君たちの両親は任務に失敗し、自らのミスで爆発事故を起こして死んだ。プロの忍びとしてはあるまじき大失態だ。本来なら遺族である君たちに支払う金などないが、これまでの功績に免じて見舞金を用意した」
男の言葉に、ユキはギリッと奥歯を強く噛み締めた。
嘘だ。
あの一流の忍びである両親が、自らのミスで爆発を起こすなど絶対にあり得ない。
それに、タイミングが良すぎる。両親が死んだまさにその場所で、あの「聖女」が英雄として持て囃されているのだ。わざわざ公安の人間が直接金を持ってきたことも不自然だ。まるで、何か都合の悪い事実を金で塞ごうとしているかのように。
「以後の政府からの関与は一切ない。この金で、身の丈に合った場所で静かに生きることだ」
男はそれだけを言い残し、線香の一本も上げずに部屋を出て行った。
後に残されたのは、ひんやりとした静寂と、テーブルの上の茶封筒だけ。
それは、両親の命と誇りに対する、あまりにも安っぽい「手切れ金」だった。
「お父さんとお母さんが……失敗なんか、するはずないのに……!」
サヤが堪えきれずに嗚咽を漏らす。
ユキは茶封筒を手に取ると、その端がクシャリと潰れるほど強く握りしめた。
悲しみは、とうに限界を超えていた。
代わりに胸の奥底から湧き上がってきたのは、ドロドロとした黒い泥のような、熱く、それでいてひどく冷たい感情だった。
真実は闇の中だ。だが、ユキの直感が告げている。
嘘で塗り固められた正義を振りかざす魔法少女。
何かを隠蔽する大企業。
そして、すべてを「事故」として処理し、しがない裏方に泥を塗った政府。
(絶対に、許さない……! 必ず裏を暴いてやる)
真っ暗なテレビ画面に反射する自分自身の瞳に、ユキは誓った。
ただ泣き寝入りなどしない。私たちは、忍びの子だ。
相手がどれほど光り輝く世界の主役であろうと、影から必ずその首を掻き切ってみせる。
「サヤ、泣かないで」
ユキは妹の涙を指で拭い、静かに、だがはっきりとした声で言った。
「力をつけよう。お父さんとお母さんが教えてくれた術を、私たちが極めるの。……そしていつか必ず、本当のことを暴いて、あいつら全員を引きずり下ろしてやる」
雨音は、いつしか激しさを増していた。
十四歳の少女の心に宿った漆黒の炎は、冷たい雨に打たれるほどに、その熱を増して静かに燃え上がり始めていた。




