第九十六話 蒼き友と不死鳥の記憶
──天才錬金術師は常識を知らない
雷鳴の森。
長い戦いの末。
災害級魔獣と恐れられた蒼雷獣ギガルドは、本来の姿を取り戻していた。
巨大だった身体は一回り小さくなり、凶暴さも消えている。
蒼い毛並み。
穏やかな瞳。
そして額には小さな蒼色の紋様。
アルマの手に頭を預けるその姿は、もはや恐ろしい魔獣ではなく、一匹の大きな獣そのものだった。
「ふわぁ~」
アルマは目を輝かせる。
「かわいい~♪」
グルル……
ギガルドも嬉しそうに喉を鳴らした。
ルナが微笑む。
「本当に優しい子になったね」
シエルも笑顔になる。
「最初に会った時とは全然違う!」
ミルもアルマの隣にちょこんと座る。
「……ふわふわ」
「……触る」
小さな手で毛を撫でる。
ギガルドは嫌がることもなく目を細めた。
「……気持ちいい」
「……やわらかい」
すると。
ギガルドが鼻先をミルの頭に近づける。
くんくん。
「……?」
ミルも首を傾げる。
「……?」
次の瞬間。
ぺろ。
「……!」
ミルの頭を舐めた。
「……ぬわっ」
そのまま転ぶ。
ぷにっ。
少女の姿が崩れ、スライム状態になって地面を転がった。
ルナが笑い出した。
「ふふっ!」
シエルも吹き出す。
「ミルちゃん転んだ!」
アルマが慌てる。
「ミルちゃん大丈夫!?」
ぷるぷる。
スライム状態のミルが起き上がる。
「……むぅ」
「……びっくりした」
フィーネが笑う。
「くくく」
「なんとも平和になったものじゃ」
その時だった。
フィーネの笑顔が少し消える。
彼女は空を見上げていた。
黒雲は消えている。
だが。
あの“目”が現れた空間。
あの異様な感覚。
それが頭から離れなかった。
「……」
アルマが気付く。
「フィーネ?」
「どうしたの?」
フィーネは小さく首を振る。
「いや」
「少し昔を思い出しただけじゃ」
ルナが不思議そうにする。
「昔?」
フィーネは珍しく静かだった。
「うむ」
「遥か昔じゃ」
「まだ我が若かった頃……」
シエルが驚く。
「フィーネって若い頃あったの!?」
フィーネの額に青筋が浮かぶ。
「当たり前じゃ!」
「今も若い!」
アルマが頷く。
「うん!」
「フィーネきれいだもん!」
フィーネが一瞬固まる。
「うむ」
「……もっと言ってよいぞ」
エリシアが苦笑した。
「単純ね」
フィーネは咳払いする。
「ごほん」
「昔、世界には今より多くの災厄があった」
「神獣」
「魔王」
「邪竜」
「そして……神すら」
ルナたちが真剣になる。
「神?」
フィーネは頷く。
「全てが善なる存在ではない」
「狂う者もおる」
「壊れる者もおる」
「そして」
「世界を見続けることしかできなくなった者もおる」
エリシアが目を細めた。
「まさか……」
フィーネは空を見る。
「わからぬ」
「だがあれは、生き物ではない」
「もっと別の存在じゃ」
アルマが聞く。
「寂しそうだった?」
フィーネは驚く。
「……そうじゃな」
「そんな感じがした」
アルマは少し笑う。
「じゃあ、また会ったらお話ししよう」
全員。
「「「え?」」」
アルマは当然のように言う。
「だって、お話してなさそうだったもん」
フィーネが頭を抱える。
「お主は本当に……」
「神にまで話しかける気か」
ミルも頷く。
「……寂しいの」
「……だめ」
「……お話する」
シエルが笑う。
「ミルちゃんもアルマお姉ちゃんみたい」
「……似た」
エリシアは呆れたようにため息を吐く。
「このパーティー、全員おかしい」
ルナは苦笑する。
「一人だけじゃないもんね」
その時。
グゥゥゥ……
アルマのお腹が鳴った。
「あ」
静寂。
そして。
「お腹すいた!」
フィーネが呆れる。
「緊張感というものはないのか」
シエルのお腹も鳴る。
「わ、私も……」
ルナも恥ずかしそうに俯く。
「実は……」
ミルも小さく手を上げた。
「……お腹」
「……ぺこぺこ」
エリシアまで顔を逸らす。
「……私も」
フィーネはため息をついた。
「やれやれ」
「帰るか」
「今日は休息じゃ」
「賛成!」
アルマが元気よく手を上げた。
すると。
グルル。
ギガルドも鳴いた。
アルマが笑う。
「ギガルドさんも?」
グルル♪
「ふふっ」
「みんな一緒だね」
夕日が森を赤く染める。
長い戦い。
苦しみ。
そして救い。
それらを乗り越えた一行は、穏やかな帰路につく。
しかし。
彼女たちが去った後。
誰もいなくなった森。
上空。
遥か高み。
世界の狭間。
閉じていたはずの巨大な“目”が、わずかに開いた。
ギギ……
そして。
誰にも聞こえない声が漏れる。
『……会話』
『……初めて』
『……名前……』
『…………』
『アル……マ……?』
その声はあまりにも小さい。
風に溶け。
世界の彼方へ消えていく。
そして。
深い深い闇の底。
何者かが、その声を聞いていた。
「目覚めたか」
仮面の男。
かつて呪いをばら撒いていた存在。
その口元が歪む。
「面白い」
「実に面白い」
「やはりお前は異物だよ」
「アルマ」
「世界を救うのか」
「それとも……」
「世界そのものを変えてしまうのか」
彼の瞳には。
期待にも似た狂気が宿っていた。
そして新たな運命は。
静かに動き始めていた。
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次回もお楽しみに




