第九十三話 雷の向こうの視線
──天才錬金術師は常識を知らない
黒雷が天を貫いた瞬間。
世界が一瞬だけ“静止”したように感じられた。
雷鳴の森。
蒼雷獣ギガルドの咆哮。
黒い呪いの暴走。
そして天へと伸びる黒雷の柱。
そのすべてが一点へと収束していく。
空。
黒雲のさらに上。
そこに“何か”がいた。
誰も正体を知らない。
だが。
確かに“視線”だけは存在した。
それは獣のようでもあり。
人のようでもあり。
あるいはもっと別の“概念”のようでもあった。
フィーネの表情が一瞬で変わる。
「……上か」
ルナが震える。
「なに……今の……」
シエルも空を見上げたまま動けない。
「何も見えないのに……」
エリシアの赤い瞳が鋭く細まる。
「嫌な感じがする」
ミルは小さく震えていた。
「……怖い」
アルマは違った。
ただ空を見ていた。
「見えないね」
その一言が逆に異様だった。
普通なら恐怖する。
だがアルマは“そこにいるのに見えないもの”を、ただ観察していた。
フィーネが低く呟く。
「アルマ」
「今は見るな」
アルマは首を傾げる。
「なんで?」
「危険じゃ」
その時だった。
空が歪んだ。
黒雲が裂ける。
まるで誰かが指で空を開いたかのように。
そして。
そこに“目”が現れた。
巨大。
あまりにも巨大。
空そのものに浮かぶような赤黒い瞳。
ギギギギギ……
耳鳴りのような音が森に響く。
ルナが膝をつきかける。
「っ……魔力が……重い……」
シエルも歯を食いしばる。
「何これ……圧が……」
エリシアですら一歩下がった。
「帝国の資料にもない……」
フィーネが舌打ちする。
「やはりな」
「これは“呪いの本体”ではない」
アルマが振り返る。
「本体じゃないの?」
フィーネは頷く。
「ギガルドに仕込まれたものは“鍵”じゃ」
「何かを呼ぶためのな」
その瞬間。
ギガルドが再び苦しみ始める。
グォォォォォォ!!
黒雷がさらに暴走する。
角が増える。
背中が裂ける。
まるで何かが“中から出ようとしている”ように。
ルナが叫ぶ。
「このままだとギガルドが壊れる!」
シエルも焦る。
「止めないと!」
エリシアも剣を構える。
「どうやって……!」
フィーネは空を睨む。
「呪いを断つしかない」
「だが……上の“目”が邪魔じゃ」
アルマは空を見ていた。
そして。
ぽつりと言う。
「じゃあ、あれも助ける?」
全員が固まる。
「「「は?」」」
フィーネが即答する。
「何を言うとる」
「空のあれは敵かもしれんのじゃぞ」
アルマは首を傾げる。
「でも困ってるかもしれないよ?」
その発想に。
エリシアが思わず言う。
「……意味がわからない」
だがアルマは本気だった。
「ギガルドさんも苦しんでる」
「上の目も見てるだけじゃ苦しいかもしれない」
ミルが小さく言う。
「……さみしい?」
アルマは頷く。
「うん」
その瞬間。
フィーネは頭を抱えた。
「お主というやつは……」
だが。
止める言葉は続かなかった。
なぜなら。
空の“目”が動いたからだ。
ギロリ。
視線がギガルドへ向く。
次の瞬間。
黒雷が逆流した。
ギガルドの身体が大きく痙攣する。
グォォォォォ!!
ルナが叫ぶ。
「逆流してる!」
シエルが驚く。
「呪いが中で暴れてる!」
エリシアが気付く。
「外からじゃない……中だ!」
フィーネが頷く。
「そうじゃ」
「ギガルドは“器”にされとる」
アルマは静かに見ていた。
そして。
「なら」
「出してあげればいい?」
フィーネが振り向く。
「どうやってじゃ」
アルマは一歩前へ出た。
「錬成する」
その言葉と同時に。
地面に魔法陣が浮かぶ。
ルナが驚く。
「ここで!?」
シエルが叫ぶ。
「危ない!」
だがアルマは止まらない。
「大丈夫」
「壊すんじゃなくて」
「分けるだけ」
その瞬間。
魔力が変質する。
今までの錬成とは違う。
“分解”に近い構造。
エリシアが息を呑む。
「これは……」
フィーネが目を細める。
「アルマ……お主……」
ギガルドが暴れる。
黒雷が周囲を焼く。
だが。
アルマはその中心へ向かって歩き出す。
ミルが後ろから追う。
「……ミルも」
ルナも立ち上がる。
「一緒に行く!」
シエルも剣を握る。
「当然!」
エリシアもため息をつく。
「本当に……無茶ばかりだ」
そして。
全員がギガルドへ向かう。
その瞬間だった。
空の“目”が動く。
ギギギギギ……
まるで笑ったように歪む。
そして。
黒い雷が再び降り注ごうとした瞬間。
フィーネが翼を広げる。
「行かせはせん!」
黄金の炎が天へと伸びた。
黒雷と炎が衝突する。
轟音。
世界が揺れる。
ルナが叫ぶ。
「今しかない!」
アルマは頷く。
そして。
ギガルドの胸元へ手を伸ばした。
そこにある。
黒い結晶。
呪いの核。
その瞬間。
アルマの瞳がわずかに揺れた。
「……これ」
「さみしい」
誰も意味を理解できなかった。
だが。
その言葉と同時に。
錬成が始まった。
世界の“歪み”を分けるように。
黒雷と命を切り離すための。
前例のない錬金術が。
今。
始まろうとしていた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




