第八十七話 帝国の瞳と冒険者の宿
──天才錬金術師は常識を知らない
国境の街グランゲート。
共和国と帝国を結ぶ巨大交易都市は、今日も多くの人々で賑わっていた。
商人たちの呼び声。
鍛冶屋の金属音。
馬車の車輪が石畳を転がる音。
様々な音が混ざり合い、一つの大きな活気となって街を包んでいる。
そんな中。
アルマは屋台の前で固まっていた。
「わぁ……」
目の前には串焼き。
肉まん。
焼き菓子。
果物飴。
そして見たこともない帝国風の料理。
キラキラと目を輝かせる。
フィーネは嫌な予感しかしなかった。
「お主……」
アルマが振り返る。
「なに?」
「財布は大丈夫か?」
アルマは自信満々だった。
「大丈夫!」
その返事が一番信用できない。
ルナが苦笑する。
「アルマお姉ちゃん、お金の管理苦手だから……」
シエルも頷く。
「素材を見ると全部買いそうになるし」
アルマは首を傾げた。
「だって必要かもしれないじゃん」
「その“かもしれない”で破産するのじゃ」
フィーネが即答した。
その頃。
高台にある建物。
銀髪の少女は窓辺からアルマたちを観察していた。
赤い瞳が細められる。
「ふぅん」
資料によれば。
国家級錬金術師。
古代呪核浄化。
神獣との契約者。
全属性適性の可能性。
どれも信じ難い情報だった。
しかし今見えるのは。
串焼きを見てはしゃいでいる少女。
どう見ても普通だった。
むしろ少し抜けている。
「本当にあれ?」
少女は疑問を抱く。
だが帝国の情報網が間違うことは少ない。
だからこそ興味が湧いていた。
「もう少し観察してみようかな」
そう呟いて姿を消した。
一方。
アルマたちは宿探しを始めていた。
グランゲートは大都市だけあって宿も多い。
豪華な高級宿。
商人向けの宿。
冒険者向けの安宿。
様々だった。
アルマは一軒の宿を指差す。
「ここ!」
フィーネが見上げる。
看板には大きく書かれていた。
《金翼亭》
「ほう」
シエルが感心する。
「結構立派」
ルナも頷く。
「綺麗そう」
中へ入る。
受付には恰幅の良い女性がいた。
「いらっしゃい!」
元気な声だった。
女性はアルマたちを見る。
そして少し驚く。
珍しい組み合わせだからだ。
赤髪の少女。
銀髪の少女。
黒髪の少女。
そしてフェニックス。
さらに頭の上にはスライム。
なかなか見ない。
「宿泊かい?」
アルマが元気よく答える。
「うん!」
「何人?」
アルマは数える。
「私!」
「ルナちゃん!」
「シエルちゃん!」
「フィーネ!」
「ミル!」
女性が笑う。
「スライムも数えるんだね」
ミルがぷるっと震える。
「……仲間」
女性は少し驚いた。
そして微笑む。
「そうかい」
「じゃあ仲間だね」
ミルは嬉しそうだった。
結局。
二部屋借りることになった。
アルマとルナ。
シエルとミル。
フィーネは好きにする。
そんな形になった。
だが。
問題が一つ。
部屋へ入った直後。
アルマが窓際で何かを始めた。
ルナが首を傾げる。
「何してるの?」
アルマは鞄をひっくり返した。
大量の素材が出てくる。
鉱石。
薬草。
魔石。
木の実。
謎の骨。
見たこともない花。
ルナが固まる。
「いつ集めたの?」
「旅の途中!」
「こんなに?」
「うん!」
フィーネが頭を抱えた。
「お主は移動中も採取しておったからな」
アルマは嬉しそうだった。
「せっかくだし作ろうかな!」
シエルが嫌な予感を覚える。
「何を?」
「まだ決めてない!」
それが一番怖い。
そして案の定だった。
一時間後。
宿の裏庭。
アルマは簡易錬金陣を描いていた。
周囲には素材の山。
ルナとシエルは見守る。
フィーネは警戒する。
ミルはわくわくしている。
「いくよー!」
光が溢れる。
素材が浮く。
魔力が流れる。
そして。
ドォォォォン!!
爆発した。
宿全体が揺れる。
窓が震える。
宿泊客が飛び出してくる。
「敵襲か!?」
「魔物か!?」
「何事だ!?」
アルマは煤だらけだった。
「失敗した」
フィーネが即答する。
「見れば分かる」
ルナが苦笑する。
シエルは慣れ始めていた。
「今回は何を作ろうとしたの?」
アルマは真顔だった。
「万能調味料」
沈黙。
フィーネが聞き返す。
「何?」
「万能調味料」
「何故爆発する」
「わかんない」
フィーネは空を見上げた。
神よ。
そう言いたくなった。
その頃。
宿の屋根の上。
誰かが座っていた。
銀髪。
赤い瞳。
昼間の少女である。
彼女は爆発音を聞いていた。
そして。
宿の裏庭を見る。
アルマが謝っている。
宿の女将が呆れている。
ルナたちが片付けている。
少女はしばらく見つめた後。
小さく吹き出した。
「ふふっ」
資料では怪物のような存在。
だが実際は。
変な錬金術師だった。
しかし。
だからこそ分からない。
何故こんな少女が世界級の力を持つのか。
少女は立ち上がる。
「面白い」
風が吹く。
赤い瞳が細められる。
「少し近付いてみようかな」
そう呟きながら姿を消した。
そしてアルマは。
爆発した万能調味料らしき物体を見つめていた。
「惜しかったなぁ」
「どこがじゃ」
フィーネのツッコミが響く。
帝国の影が近付いていることなど知らず。
天才錬金術師の騒がしい一日は、まだまだ終わりそうになかった。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




