第八十四話 旅立ちの準備と眠れる影
──天才錬金術師は常識を知らない
王都ソリティアの朝は、戦いの後とは思えないほど穏やかだった。
あれほど空を覆っていた呪いは嘘のように消え去り、澄んだ光が街を包んでいる。
だがその静けさの裏で、人々は確かに理解していた。
世界の均衡が一度、大きく揺れたことを。
そしてその揺れを止めた存在が、目の前の少女だということを。
王城の広間。
レオニス王は玉座ではなく、正面に立っていた。
その手には一枚の厚い羊皮紙。
それは形式的な勲章や称号ではなく、王としての正式な感謝状だった。
「アルマ殿」
王の声はいつもより静かだった。
「我が国は、そなたに救われた」
アルマは首を傾げる。
「そんな大げさなことしたっけ?」
フィーネが即座に横から言う。
「したわ」
「めちゃくちゃにな」
ルナが小さく頷く。
「うん……世界規模だったよね」
シエルも苦笑する。
「普通は国家滅びてる案件だった」
アルマは納得していない顔だった。
「でも、助けただけだよ?」
その言葉に王はわずかに笑った。
「その“だけ”ができる者は世界にほとんどいない」
そして感謝状を差し出す。
そこにはこう記されていた。
“王国ソリティア特別保護対象兼、国家級錬金術師認定”
アルマはじっとそれを見ている。
「長いね」
フィーネがため息をつく。
「そこか」
ルナは少し嬉しそうにしている。
「すごいこと書いてあるよ?」
シエルも頷く。
「これ、歴史に残るやつ」
アルマはようやく笑った。
「じゃあ受け取る!」
王は静かに頷く。
「そしてもう一つ」
広間の空気が変わる。
王の目が真剣になる。
「帝国だ」
フィーネの表情が鋭くなる。
「やはり来るか」
王は続ける。
「ヴァルゼリオン帝国」
その名前が出た瞬間、空気が少し重くなる。
「彼らは既に動いている」
「今回の呪い騒動にも関与していた可能性が高い」
アルマは首を傾げる。
「また出てきたね、その帝国」
フィーネが腕を組む。
「面倒な連中じゃ」
ルナが不安そうに言う。
「行くの?」
シエルも同じ目を向ける。
「危険じゃない?」
アルマは少し考えてから言った。
「でも、行かないとわからないよ?」
フィーネはため息をついた。
「その考え方をやめよと言うておるのじゃがな」
王は静かに頷いた。
「帝国は外からの干渉を嫌う」
「しかし同時に、強者を好む」
「アルマ殿の存在は、確実に知られるだろう」
アルマは少し嬉しそうにする。
「有名になれるの?」
フィーネが即座に止める。
「そういう方向の有名はやめよ」
そのやりとりに場の空気が少し和らぐ。
だがフィーネだけは小さく呟いた。
「嫌な予感しかしないのじゃがな」
そして数日後。
アルマたちは旅支度を整えていた。
ルナは荷物を背負い直し、シエルは装備を確認している。
フィーネは空を見上げていた。
「帝国か……」
アルマは元気に準備している。
「楽しそう!」
「何がじゃ」
「新しいところ!」
フィーネは頭を抱える。
その時だった。
「アルマお姉ちゃん!」
ルナが声を上げる。
「ミルちゃんは?」
その言葉で空気が止まる。
アルマが固まる。
「……あ」
シエルも固まる。
「忘れてた?」
アルマは視線を泳がせる。
「えっと……」
フィーネがゆっくり振り向く。
「お主……またか」
数日前。
戦いの混乱。
空間の崩壊。
その中で。
メタモルスライム──ミルははぐれていた。
誰にも気づかれず。
誰にも拾われず。
そして。
王都の外れ。
草原の小さな窪地。
ぽよん。
小さなスライムが丸まっていた。
ミルはそのまま。
静かに寝ていた。
「……すぴー……」
世界を救った戦いのすぐそばで。
平和すぎる昼寝だった。
一方その頃。
アルマたちは必死に探していた。
「ミルー!!」
「どこー!?」
フィーネが呟く。
「普通に連れて帰れ」
ルナが草むらをかき分ける。
「ミルちゃんー!」
シエルも周囲を確認する。
「小さいから見逃してる可能性ある」
アルマは空を見上げる。
「ミルー!」
その声が草原に響いた。
そして。
ぽよん。
草むらが動く。
「……ん……?」
眠たそうな声。
ゆっくりと。
苔色のスライムが顔を出す。
ミルだった。
「……アルマ……?」
アルマの顔が一気に明るくなる。
「ミル!!」
ミルはゆっくりと体を伸ばす。
そして。
ぽよん、と跳ねてアルマの腕に飛び込んだ。
「……ただいま……」
アルマはぎゅっと抱きしめる。
「おかえり!」
ルナが涙ぐむ。
「よかったぁ……」
シエルも安心したように笑う。
フィーネは小さく息を吐いた。
「ようやく全員揃ったか」
アルマはミルを撫でながら言う。
「これで帝国に行けるね!」
フィーネが即座に反応する。
「嫌な予感しかしないのじゃが」
だがアルマは笑っていた。
空は青い。
新しい旅の始まり。
そして帝国という新たな舞台へ。
天才錬金術師は、また常識を壊しながら歩き出す。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




