第八十二話 創世の輝き
──天才錬金術師は常識を知らない
空の果て。
雲海の上。
世界中の負の感情が集まった巨大な怪物が咆哮を上げていた。
その姿はもはや生き物ではない。
憎しみ。
悲しみ。
絶望。
恐怖。
孤独。
あらゆる負の感情が混ざり合った災厄そのものだった。
だが。
アルマはその怪物を見つめていた。
怖がることもなく。
怯えることもなく。
ただ。
悲しそうな顔で。
「大丈夫だよ」
そう言った。
その瞬間。
アルマの身体から溢れ出していた光がさらに強くなる。
キラキラと輝く光の粒。
それはまるで夜空に散らばる星々のようだった。
ルナが目を見開く。
「綺麗……」
シエルも呆然と呟く。
「なんなの……この力……」
フィーネですら言葉を失っていた。
長い時を生きてきた。
神獣と呼ばれた存在。
不死鳥フィーネ。
そんな彼女ですら見たことがない。
いや。
神話の記憶の中にしか存在しない力だった。
「まさか……」
フィーネが震える声を漏らす。
「本当に創世の力なのか……」
アルマ本人は全く分かっていなかった。
「創世ってなに?」
今さらである。
フィーネが頭を抱えた。
「そこで聞くか普通」
ルナが苦笑する。
「アルマお姉ちゃんだもん」
シエルも頷く。
「アルマだからね」
もう慣れていた。
その頃。
巨大な怪物は苦しそうに唸っていた。
『ナゼダ』
『ナゼ』
『コワクナイ』
『ニクマナイ』
無数の口が叫ぶ。
アルマは答える。
「だって」
「怒ってるんじゃなくて」
「苦しいんでしょう?」
怪物の身体が震えた。
『……』
「寂しかったんでしょう?」
『……』
「ずっと一人だったんでしょう?」
その言葉は。
怪物の奥深くに届いた。
何千年。
何万年。
積み重なった負の感情。
誰にも理解されなかった想い。
それらが少しずつ揺らぎ始める。
だが。
次の瞬間だった。
『チガウ!!』
怪物が絶叫する。
空間が砕ける。
黒い津波が襲い掛かる。
世界そのものを飲み込むほどの呪い。
フィーネが前へ出る。
「来るぞ!」
黄金の炎が広がる。
ルナの雷。
シエルの光。
三人が全力で防御する。
しかし。
押し切れない。
怪物があまりにも巨大すぎる。
ドォォォォォォォォォォォン!!
激突。
衝撃。
空が揺れる。
雲が吹き飛ぶ。
王都からも見えるほどの爆発だった。
レオニス王たちは空を見上げていた。
「まるで神話だな」
エルドが青ざめる。
「神話の方がまだ現実味があります」
誰も否定できなかった。
その時。
黒い津波の中心へ。
アルマが歩き出した。
フィーネが叫ぶ。
「待て!」
だが。
アルマは止まらない。
一歩。
また一歩。
呪いの中へ入っていく。
普通なら一瞬で精神が壊れる。
魂が侵食される。
しかし。
アルマの周囲では呪いが光へ変わっていた。
まるで雪が溶けるように。
黒が金へ。
絶望が希望へ。
変わっていく。
怪物が震える。
『アア……』
『アアア……』
アルマは右手を伸ばした。
「終わりにしよう」
怪物が見つめる。
無数の瞳。
無数の顔。
その全てがアルマを見ていた。
「もう苦しまなくていいよ」
静寂。
その瞬間だった。
怪物の中心。
最も深い場所。
そこから小さな光が現れる。
一つ。
二つ。
三つ。
無数の光。
それは魂だった。
今まで呪いの中に囚われていた者たち。
古代の戦士。
魔術師。
獣人。
竜族。
数え切れない命。
彼らが現れる。
そして。
アルマを見た。
一人の老人が微笑む。
「ありがとう」
一人の女性が涙を流す。
「やっと……」
子供が笑う。
「おうちに帰れる」
次々と光が空へ昇っていく。
ルナが涙ぐむ。
シエルも目を潤ませる。
フィーネは静かに見守っていた。
怪物の身体が崩れていく。
黒い霧が消えていく。
しかし。
完全には終わらない。
怪物の中心。
最後に残った巨大な核。
そこから声が響く。
『ワタシハ……』
『ワタシハ……』
『ナンダ?』
アルマは答えた。
「あなたは」
少し考える。
そして。
笑顔で言った。
「頑張った人」
全員が固まった。
フィーネも固まった。
ルナも固まった。
シエルも固まった。
怪物も固まった。
「え?」
フィーネが思わず声を漏らす。
アルマは続ける。
「だって」
「ずっと世界中の苦しいものを抱えてたんでしょう?」
「なら頑張ったじゃん」
怪物が震える。
『ガンバッタ……?』
「うん」
『ワタシガ……?』
「うん」
静寂。
そして。
怪物の瞳から。
大粒の涙が零れ落ちた。
世界中の負の感情が集まった存在。
その怪物が。
初めて泣いた。
『アア……』
『ソウカ……』
『ワタシハ……』
『ガンバッタノカ……』
その瞬間。
怪物の身体が光に包まれる。
黒い霧が消える。
憎しみが消える。
絶望が消える。
全てが優しい光へ変わっていく。
空が晴れる。
雲が消える。
青空が広がる。
そして。
怪物は最後に微笑んだ。
『アリガトウ』
その言葉を残して。
光となって消えていった。
静寂。
長かった戦いが終わった。
巨大呪核も消えた。
呪いも消えた。
古代竜の身体を覆っていた黒い侵食も消えていく。
黄金の瞳が戻る。
古代竜はゆっくりと翼を広げた。
その姿は神々しかった。
少女も涙を流している。
『終わった……』
長い長い苦しみ。
ようやく解放されたのだ。
だが。
その時。
フィーネの表情が変わった。
「……む?」
アルマも気付く。
「ん?」
空のさらに上。
世界の裂け目。
そこが僅かに揺れていた。
そして。
裂け目の奥から。
何かの視線を感じる。
それは今までの敵とは違う。
圧倒的。
異質。
まるで世界の外側から覗いているような存在。
フィーネの顔が険しくなる。
「まさか……」
遠く離れた場所。
仮面の男も空を見上げていた。
そして。
低く呟く。
「始まったか」
裂け目の向こうで。
何かが目を開いた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




