第八十一話 世界の呪い
──天才錬金術師は常識を知らない
空が震えた。
雲が裂けた。
超巨大呪核が崩壊する中心から現れた黒い影は、あまりにも巨大だった。
山より大きい。
城より大きい。
いや。
古代竜と並んでもなお巨大に見えるほどだった。
それは決まった形を持たない。
人の顔。
獣の顔。
竜の顔。
魔物の顔。
無数の顔が浮かび上がり、消え、また現れる。
まるで世界中の負の感情を無理やり集めたような存在。
ドォォォォォォォォォォォン!!
咆哮。
それだけで空間が歪む。
王都ソリティア。
地上にいた人々も異変を感じていた。
誰もが空を見上げる。
黒い雲。
禍々しい気配。
肌を刺すような圧力。
冒険者たちは青ざめた。
魔術師たちは膝をつく。
本能が理解していた。
あれは生物ではない。
災害そのものだと。
ソリティア城。
レオニス王も空を見つめていた。
「これは……」
エルドの額から汗が流れる。
「冗談でしょう……」
王も同感だった。
だが。
その空のさらに上。
アルマたちはその怪物を正面から見上げていた。
ルナが震える。
「大きい……」
シエルも顔を引きつらせる。
「今までで一番大きい……」
フィーネは目を細めた。
「ふむ」
意外にも落ち着いていた。
アルマが首を傾げる。
「フィーネ?」
「なんじゃ」
「倒せそう?」
フィーネは少し考えた。
そして。
「無理じゃな」
即答だった。
ルナが固まる。
シエルも固まる。
アルマも固まる。
「え?」
フィーネが説明する。
「アレは生き物ではない」
「呪いそのものじゃ」
「普通の攻撃は意味がない」
「焼いても戻る」
「斬っても戻る」
「壊しても戻る」
アルマが目を丸くする。
「スライムみたい」
「規模が違う」
フィーネが即座に否定した。
だが。
アルマは巨大な怪物をじっと見ていた。
怪物は少女から剥がれ落ちた呪い。
つまり。
あの少女自身ではない。
ならば。
助ける方法はある。
アルマはそう考えていた。
その時だった。
怪物の無数の口が一斉に開く。
『ニクイ』
『ニクイ』
『ニクイ』
『ニクイ』
『ニクイ』
何万。
何十万。
数え切れない声。
世界を覆う憎悪。
ルナが耳を塞ぐ。
シエルも顔をしかめる。
フィーネは炎を纏った。
「精神汚染じゃ」
「聞くな」
だが。
アルマだけは聞いていた。
『クルシイ』
『サミシイ』
『タスケテ』
『シニタイ』
『ニクイ』
『コワイ』
様々な感情。
憎しみだけではない。
悲しみ。
絶望。
孤独。
苦痛。
それらが全て混ざっていた。
アルマはぽつりと呟く。
「怒ってるんじゃない」
フィーネが見る。
「なんじゃと?」
「泣いてる」
静寂。
怪物が一瞬だけ動きを止めた。
まるで。
言葉を理解したかのように。
少女も驚いていた。
『……』
アルマは続ける。
「ずっと苦しかったんだね」
その瞬間。
怪物が絶叫した。
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
空間が砕ける。
黒い津波。
呪いの奔流。
全てを飲み込む災厄。
フィーネが前へ出る。
「下がれ!」
黄金の炎。
不死鳥の翼が広がる。
轟炎が呪いと激突する。
ドォォォォォォォォォォン!!
衝撃波。
雲が吹き飛ぶ。
しかし。
押し返せない。
呪いの量が多すぎる。
フィーネの顔が険しくなる。
「くっ……!」
ルナも魔法を放つ。
「雷よ!」
無数の雷撃。
シエルも剣を振るう。
光の斬撃。
だが。
怪物は止まらない。
傷ついても。
壊れても。
すぐに再生する。
まるで終わりがない。
フィーネが叫ぶ。
「アルマ!」
「分解できるか!」
アルマは怪物を見つめる。
そして。
静かに首を横に振った。
「できる」
全員が安心しかけた。
しかし。
アルマは続ける。
「でも」
「分解したらだめ」
フィーネが目を見開く。
「何?」
「だって」
アルマは悲しそうな顔をした。
「この子も被害者だもん」
怪物が震えた。
巨大な身体が。
まるで動揺したように。
アルマは一歩前へ出る。
フィーネが止めようとする。
「待て!」
「危険じゃ!」
しかし。
アルマは止まらない。
怪物へ向かって歩く。
巨大な呪いの嵐。
普通なら一瞬で消し飛ぶ。
だが。
アルマが歩くたびに。
呪いが光へ変わっていく。
怪物が戸惑う。
『ナゼ』
『ニゲナイ』
『ナゼ』
アルマは答えた。
「助けるから」
『……』
「君も」
『……』
「終わらせてあげる」
怪物の動きが止まる。
空が静まる。
誰もが息を呑む。
その瞬間。
アルマの身体から膨大な魔力が溢れ始めた。
フィーネが目を見開く。
「これは……」
今までとは違う。
錬金術でもない。
魔法でもない。
もっと根源的な何か。
世界そのものに近い力。
遠く。
どこか。
世界の外側。
仮面の男もその気配を感じていた。
「まさか……」
思わず立ち上がる。
「その力を使うのか」
空の上。
アルマの周囲に光が集まる。
金色の粒子。
無数の光。
まるで星空そのもの。
そして。
眠りから解放された銀髪の少女が震えながら呟いた。
『それは……』
『創世の力……』
フィーネが振り返る。
「創世?」
少女は涙を流していた。
『世界を創った神々の力……』
『どうして人間が……』
アルマ本人だけが分かっていなかった。
「?」
首を傾げている。
だが。
その力は確かに目覚めようとしていた。
世界中の呪い。
悲しみ。
絶望。
その全てを終わらせるために。
天才錬金術師アルマの本当の力が。
今。
解放されようとしていた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




