第八十話 呪核の少女
──天才錬金術師は常識を知らない
空の果て。
雲海の上。
巨大な古代竜と超巨大呪核の戦場。
その中心で。
眠っていた少女がゆっくりと目を開いた。
真紅の瞳。
銀色の長い髪。
黒いドレス。
まるで絵本に出てくる人形のような姿だった。
だが。
その周囲には世界を覆うほどの呪いが渦巻いている。
少女はアルマを見つめていた。
『やっと……見つけてくれた』
小さな声。
しかしその瞬間。
巨大呪核全体が震えた。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
今まで暴走していた呪いが急激に変化していく。
フィーネが警戒する。
「下がれアルマ」
「え?」
「様子がおかしい」
ルナもシエルも身構える。
しかし。
少女からは敵意を感じなかった。
むしろ。
長い長い孤独の果てに。
ようやく誰かを見つけたような。
そんな感情が伝わってくる。
『助けて……』
少女が呟く。
『ずっと……待っていたの……』
アルマは少女を見つめた。
「苦しかった?」
その一言だった。
フィーネが思わず顔を覆う。
「また始まったの」
シエルも苦笑する。
「アルマらしい」
ルナも頷く。
普通なら警戒する。
相手は超巨大呪核の核。
世界規模の災厄の中心だ。
だがアルマは違った。
まず心配する。
それがアルマだった。
少女の瞳が揺れる。
『苦しかった……』
『寂しかった……』
『怖かった……』
その瞬間。
周囲の呪いが反応した。
空間が歪む。
黒い霧が広がる。
少女の感情に呪いが共鳴しているのだ。
フィーネの表情が険しくなる。
「まずいな」
「感情そのものが呪いを生み出しておる」
アルマは首を傾げた。
「じゃあ」
「安心したら止まるのかな?」
フィーネが絶句した。
「発想がおかしい」
だが。
アルマは真剣だった。
ゆっくりと前へ歩く。
巨大呪核の亀裂。
そこから見える少女へ向かって。
フィーネが止めようとする。
「待て!」
「危険じゃ!」
アルマは振り返る。
「大丈夫」
「どこがじゃ」
「なんとなく」
「そのなんとなくが怖いのじゃ!」
しかし。
アルマは進む。
一歩。
また一歩。
呪いの中心へ。
すると。
黒い霧がアルマに触れる。
普通なら即座に精神を侵食する呪い。
だが。
アルマの身体に触れた瞬間。
さらさらと光へ変わった。
少女が驚く。
『……え?』
アルマ自身も驚く。
「あれ?」
フィーネは頭を抱えた。
「今度は何じゃ」
アルマが不思議そうに言う。
「勝手に浄化された」
「勝手に浄化されるな」
フィーネのツッコミが飛ぶ。
ルナが小さく笑った。
シエルも吹き出している。
緊張感が続かない。
それがアルマたちだった。
やがて。
アルマは少女の前まで辿り着いた。
近くで見ると。
少女は本当に小さかった。
ルナより少し年上くらい。
そんな姿。
だが。
その身体には無数の黒い鎖が巻き付いていた。
呪いの鎖。
世界中の負の感情が形になったようなものだった。
アルマが目を丸くする。
「痛そう」
『……』
少女は黙る。
長い間。
誰もそんなことを言わなかったのだろう。
皆。
災厄として見た。
怪物として見た。
呪いとして見た。
だが。
アルマだけは違った。
少女自身を見ていた。
『怖く……ないの?』
「何が?」
『わたし……』
『みんなに嫌われた』
『みんなを傷つけた』
『だから……』
少女の声が震える。
『怪物なんだよ?』
静寂。
アルマは少し考えた。
そして。
笑った。
「でも」
「泣いてるじゃん」
少女の瞳が見開かれる。
『……』
「怪物ならそんな顔しないと思う」
アルマはそう言った。
その瞬間だった。
パキッ。
小さな音。
少女の身体を縛る黒い鎖の一本が砕けた。
フィーネが目を見開く。
「なに!?」
続いて。
パキッ。
パキッ。
パキパキパキッ!!
次々と鎖が砕け始める。
少女も驚いていた。
『どうして……』
フィーネは理解した。
「呪いの核はあの娘自身ではない」
ルナが振り返る。
「え?」
「長年積み重なった負の感情じゃ」
「自分を怪物だと思い込まされ続けた結果なのだろう」
シエルも気付く。
「つまり……」
「本人も被害者?」
フィーネは頷いた。
「そういうことじゃ」
その時。
古代竜が静かに呟く。
『やっと……』
『気付いたか……』
全員が空を見上げる。
古代竜は悲しそうな目をしていた。
『あの子は……』
『元々は世界を守る存在だった』
「なに?」
フィーネの瞳が揺れる。
古代竜は続けた。
『世界の呪いを受け止める器』
『災厄を封じる守護者』
『だが……』
『耐えきれなかった』
世界中の呪い。
憎しみ。
悲しみ。
絶望。
それらを一人で受け止め続けた。
結果。
少女自身が呪いになってしまった。
ルナが涙ぐむ。
「そんなの……」
シエルも表情を曇らせる。
「辛すぎるよ」
少女は俯いた。
『だから……』
『もう終わりにしてほしかった』
『消えたかった』
『でも』
ゆっくりとアルマを見る。
『助けてって……』
『思っちゃった……』
アルマは即答した。
「うん」
「助ける」
少女の瞳から涙が零れる。
その瞬間。
最後の鎖が砕け散った。
そして。
超巨大呪核全体に無数の亀裂が走る。
バキバキバキバキバキィィィィッ!!
空が震える。
世界が震える。
呪核が崩壊を始めたのだ。
フィーネの表情が変わる。
「来るぞ!」
古代竜も叫ぶ。
『気を付けろ!!』
崩壊する呪核の中心。
そこから現れたのは。
今まで感じたこともないほど巨大な黒い影だった。
少女から剥がれ落ちた。
純粋な呪いの集合体。
世界中の負の感情が凝縮された怪物。
それが咆哮を上げる。
世界を震わせるほどの叫びだった。
そしてアルマは。
その怪物を見上げながら。
ぽつりと呟いた。
「うわぁ」
「今度はすごく大きい……」
本当の元凶との戦いが、今始まろうとしていた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




