第七十四話 古代竜の涙
──天才錬金術師は常識を知らない
王都ソリティアの空。
異界の裂け目から現れた古代竜。
その巨大な姿は王都全域から見えていた。
誰もが恐怖している。
騎士たちは武器を構え。
魔術師たちは震え。
市民たちは逃げ惑う。
だが。
アルマだけは違った。
「助けなきゃ」
その一言だった。
王レオニスが思わず叫ぶ。
「待て!」
アルマが振り返る。
「ん?」
「待てではない!」
王は頭を抱えた。
「あれが見えているだろう!」
「見えてるよ?」
「国を滅ぼしかねない存在だぞ!?」
アルマは首を傾げた。
「でも苦しそう」
王の言葉が止まる。
エルドも何も言えなくなった。
フィーネは苦笑する。
「だから言ったであろう」
「こやつはそういうやつじゃ」
ルナも頷いた。
「アルマお姉ちゃんだし」
シエルも苦笑する。
「うん」
レオニスは遠い目になった。
「なぜお前たちは納得しているのだ……」
その時。
空が再び震えた。
ゴオオオオオオオッ!!
古代竜が苦しそうに咆哮する。
その声だけで城の壁が震えた。
王都中の人々が耳を塞ぐ。
だが。
その咆哮の中に。
アルマは確かに聞いた。
「……たすけ……て……」
「!」
アルマの瞳が大きく開く。
フィーネが気付いた。
「聞こえたか」
「うん」
アルマは頷く。
「助けてって」
フィーネは静かに空を見上げた。
「やはりな」
エルドが驚く。
「聞こえたのか?」
「聞こえぬのか?」
フィーネが逆に聞く。
「聞こえるわけがなかろう!」
「普通はそうじゃな」
フィーネは当然のように言った。
エルドが頭を抱えた。
アルマ基準の会話に慣れていないのである。
その時だった。
古代竜の身体から大量の黒い霧が噴き出した。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
巨大な鼓動。
まるで心臓が脈打つような音。
そして。
竜の胸元。
鱗の隙間から。
巨大な黒い結晶が姿を見せた。
王の間が凍り付く。
「まさか……」
エルドの声が震える。
「呪核……」
それは今までのものとは比較にならなかった。
山より大きい。
城より大きい。
巨大な黒い結晶。
そこから無数の呪いが溢れ出している。
アルマも驚いていた。
「大きい……」
ルナが青ざめる。
「今までで一番?」
「うん」
アルマは真剣な顔になる。
「すごく大きい」
フィーネも目を細める。
「なるほどな」
「これほどの呪核なら古代竜すら支配できるか」
シエルが呟く。
「誰がこんなことを……」
アルマの脳裏に仮面の男が浮かぶ。
あの男。
間違いなく関係している。
その時だった。
空の裂け目の向こう。
何かが動いた。
フィーネの顔色が変わる。
「っ!」
「どうした?」
王が尋ねる。
フィーネは険しい顔をしていた。
「まだおる」
「何がだ」
「向こう側に」
全員が空を見る。
裂け目の奥。
暗闇しか見えない。
だが。
フィーネには見えていた。
黄金色の瞳。
巨大な影。
そして。
さらにもう一つ。
「古代竜が……もう一体」
静寂。
誰も言葉を発せなかった。
「は?」
レオニスが固まる。
エルドも凍り付いた。
「もう一体……?」
「うむ」
フィーネは頷く。
「しかもこちらを見ておる」
王都中が騒然となる。
一体でも災厄。
それが二体。
誰も勝てるとは思えなかった。
だが。
アルマは違う場所を見ていた。
「違う」
「何がじゃ?」
フィーネが聞く。
アルマは空を見つめる。
「敵じゃない」
「む?」
「向こうの竜さん」
「泣いてる」
フィーネの目が細くなる。
確かに。
よく見ると。
裂け目の奥の瞳には悲しみがあった。
怒りではない。
憎しみでもない。
悲しみだった。
そして。
次の瞬間。
裂け目の向こうから声が響く。
『人の子よ』
王都全体に響く巨大な声。
誰もが空を見上げた。
『その者を……』
『救えるのか』
アルマは驚かなかった。
まるで最初から聞こえることが分かっていたかのように。
「うん」
即答だった。
『……』
沈黙。
そして。
裂け目の向こうの古代竜は目を閉じる。
『ならば頼む』
『我が友を』
『救ってくれ』
その言葉と共に。
呪われた古代竜が再び苦しみ始めた。
黒い呪いが暴走する。
空間が歪む。
王都の空気が震える。
ドォォォォォン!!
巨大な腕が振り下ろされた。
城へ向かって。
「来るぞ!」
騎士団長が叫ぶ。
魔術師たちが魔法陣を展開する。
フィーネが炎を纏う。
ルナが雷を纏う。
シエルも武器を構える。
だが。
アルマだけは。
静かに一歩前へ出た。
その瞳には恐怖がない。
見えているのは敵ではない。
苦しむ命。
救いを求める存在。
ただそれだけだった。
「大丈夫」
アルマは空を見上げる。
「今助けるから」
そして。
天才錬金術師の少女は。
王都全体を震撼させる巨大な呪核へ向かって。
初めの一歩を踏み出した。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




