第七十三話 空を裂く黒き門
──天才錬金術師は常識を知らない
王都ソリティアの空。
そこに浮かぶ巨大な黒い裂け目。
空そのものが引き裂かれたかのような光景だった。
ゴゴゴゴゴゴ……
重苦しい音が響く。
王城の窓から見えるそれを見て、誰もが言葉を失っていた。
「なんだ……あれは」
騎士の一人が呟く。
レオニス王も険しい表情で空を見上げた。
エルド賢者の額には汗が浮かんでいる。
「ありえん……」
「知っておるのか?」
フィーネが問う。
エルドはゆっくり頷いた。
「古文書でしか見たことがない」
「災厄門……」
その名が発せられた瞬間。
王の間の空気がさらに重くなる。
「災厄門じゃと?」
フィーネの表情も変わった。
「知ってるの?」
アルマが尋ねる。
フィーネは珍しく真剣な顔だった。
「数千年前の記録にのみ存在する災害じゃ」
「異界とこの世界を繋ぐ門」
「本来なら開くことなどありえん」
ルナが不安そうに空を見た。
「異界……」
シエルも眉をひそめる。
「嫌な感じがする」
その時だった。
空の裂け目が大きく脈動する。
ドクン。
まるで心臓の鼓動。
次の瞬間。
バキバキバキッ!!
空間に亀裂が走った。
王都中から悲鳴が上がる。
「きゃあああ!」
「なんだ!?」
「空が!」
衛兵たちが慌てて走り回る。
レオニスが叫んだ。
「避難命令を出せ!」
「はっ!」
兵士たちが駆け出していく。
フィーネは窓際へ向かった。
その瞳に炎が宿る。
「まずいの」
「そんなに?」
アルマが尋ねる。
フィーネは頷いた。
「かなりな」
「我が完全な力を持っていた頃なら問題なかった」
「じゃが今は違う」
アルマが少しだけ表情を曇らせる。
フィーネには呪いがある。
以前から何度かその話は聞いていた。
だが詳細までは聞いていない。
エルドが杖を握る。
「王よ」
「なんだ」
「王都防衛結界を起動します」
「許可する」
エルドの杖が輝いた。
魔法陣が王都全体へ広がる。
巨大な半透明の膜が空を覆う。
市民たちから歓声が上がった。
「結界だ!」
「助かった!」
「賢者様だ!」
だが。
フィーネは眉をひそめる。
「足りぬ」
「何?」
エルドが振り返る。
その瞬間だった。
ズドォォォォォォン!!!
黒い裂け目から巨大な何かが落下した。
結界へ直撃。
王都全体が揺れる。
窓ガラスが砕ける。
悲鳴。
轟音。
衝撃。
アルマたちも思わず身構えた。
「うわぁ!?」
ルナがシエルにしがみつく。
結界の上。
そこには。
巨大な黒い腕があった。
人間の腕ではない。
鱗に覆われた異形の腕。
まるで山ほどもある大きさだった。
エルドの顔から血の気が引く。
「馬鹿な……」
「結界を片手で……」
巨大な腕は結界を掴んでいた。
ミシミシミシ……
嫌な音が響く。
そして。
パリンッ。
王都最強の結界が砕け散った。
沈黙。
誰も動けなかった。
「嘘だろ……」
騎士団長が呟く。
フィーネが舌打ちする。
「予想以上じゃな」
アルマは空を見上げていた。
巨大な腕。
黒い裂け目。
その奥。
何かがいる。
「……」
じっと見つめる。
そして。
「変だ」
「何がじゃ」
フィーネが聞く。
アルマは答えた。
「苦しそう」
「なに?」
「向こうにいる何か」
「すごく苦しそう」
その言葉にフィーネは目を見開いた。
アルマには見えている。
普通の者には見えないものが。
エルドも驚いていた。
「まさか……」
アルマはさらに目を細める。
「あれ」
「呪われてる」
全員が凍り付いた。
「なんじゃと?」
フィーネが尋ねる。
アルマは空を指差した。
「呪核」
「すっごく大きい」
「たぶん今までで一番大きい」
レオニスが息を呑む。
エルドも絶句する。
国を滅ぼす規模。
そう言われた巨大呪災。
だが実態は違った。
巨大な何かが呪われている。
アルマにはそう見えていた。
その時。
黒い裂け目がさらに広がる。
そして。
ゆっくりと。
巨大な頭部が姿を現した。
角。
漆黒の鱗。
黄金の瞳。
まるで大陸そのものが動いているかのような巨大さ。
王都中から悲鳴が響く。
「ドラゴン!?」
「そんな馬鹿な!」
「でかすぎる!」
騎士たちは震えていた。
シエルも固まる。
ルナは顔を青くしていた。
だが。
フィーネだけはその姿を見て確信する。
「古代竜……」
その声には驚愕が混じっていた。
「しかも最上位種じゃ」
アルマは呆然と空を見上げる。
巨大な竜。
その瞳から。
黒い涙のようなものが流れていた。
「……助けて」
小さな声。
誰にも聞こえないほどの声。
だが。
アルマだけには聞こえた。
「え?」
竜の瞳がアルマを見る。
その瞬間。
アルマの脳裏に大量の映像が流れ込んだ。
黒いローブの者たち。
巨大な呪核。
封印。
鎖。
悲鳴。
そして。
一人の男。
仮面の男だった。
「お前か……」
アルマの瞳が揺れる。
フィーネが気づく。
「アルマ?」
アルマは空を見上げたまま呟いた。
「フィーネ」
「なんだ」
「助けられる」
フィーネは静かに目を閉じる。
そして。
ゆっくり頷いた。
「そう言うと思った」
王都の上空。
異界から現れた古代竜。
国を滅ぼす災厄。
その脅威を前にして。
天才錬金術師の少女は。
ただ一つのことを考えていた。
――どうやって助けようか。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




